絹を傷つける虎を待つ






神楽のもつそれは少し魔的なものを思わせた。
透きとおるような白い肌はあまり熱を感じさせず、白磁の陶器の玲瓏さを垣間見せる。
人形のように整った容貌が、いつも少しだけ少女のまぶしさに拒絶的な美貌を加味していた。
彼女の明るさも、おおらかさも、毒舌も、じゃじゃ馬も、
内包するその奥で得体の知れない何かぞくりとするものが這い上がってくる瞬間がある。
それは、鮮烈な宝石のような青い瞳に見つめられた瞬間だったり、その綺麗な瞳を満遍なく縁取る長い睫毛がふわりと陰をおとす瞬間だったり、赤ん坊のような桜色の唇がうっとりと夢みるように綻ぶ瞬間だったりする。



少し紅潮したふてぶてしい頬が愛らしい…。
銀時は、神楽のぞっとするほど白眉な肌に、薔薇の花弁を混ぜたような頬を見た瞬間、眩暈を起こしそうになった。


当たり前だが…やはり温かいのだ。
そして、いっきに愛くるしさが増す。
そんな──自分にうろたえる。


なめらかな頬に触れたくなる癖は、そろそろ終いにしなければならないのかもしれない。
好奇心に駆られてつい簡単に触ってしまいがちだったあの頃とは、もう何かが違うのだ。
吸いつくような肌に、柔らかいぷっくりとした小さな薄桃色の唇をついガン見してしまって、銀時はじわりと汗をかいた。
嫌な気分ではないが、妙な気分だった。
神楽が不快に思っていなければいいとただただ怯えている。
──どうしてこうなった…。
無自覚な魔のようなものに日々さらされてきたが、気持ちを確かめる勇気もないのに先を望むなど、あってはならないことだった。
まして保護者気どりの自分には。
だが、神楽の傍にいると何かに縛られている自分を銀時は常に感じる。
無視できないほどの重みを感じる。
神楽の梃でも動かない、魔のようなものが自分は可愛くてしょうがない──。
まだ子供で、何も知らない、世間知らずな娘なのだ。それは一目でわかる。だが不思議なものを持っていて、それが出逢ったころから銀時をけしかける。
不遜な顔をしている時でも、可哀らしい。憎めない…。


あて気のない、可哀らしいふてぶてしさに今は媚びなど微塵もない。意識したものでさえない。
神楽自身はただただ純粋な好意と、新しく買ってもらった傘に──嬉しさを押し隠すような照れ。
よっぽど嬉しいのか、油断するとふにゃりと笑ってしまいそうになるのが悔しくて、無理にポーカーフェイスを続けてぷるぷる顎がふるえるその表情は、昔から少しむくれたような怒った顔になってしまう。まったくわかりやすくていけない。
その裏に悪気を張りつけた無関心を、動揺を、いっそ自分に見せつけるようにしてくれればいいのに。
そうしたら……




マシュマロのような薔薇色の頬をぐにんと引き伸ばして。
銀時は少しだけ宥めるようにして手のひらで神楽の頬を愛撫した。
みずみずしい極上の手触り…。
透き通るような瑠璃色の瞳を上瞼にひきつけた神楽の目は、きょとんとしていて、小動物のように酷く愛くるしいが、底に魔を想わせるものも隠れている。
普段は見せないが仲間を守るときにも発揮されるその片鱗は、きっと肉食獣のような王者の冷酷さを併せ持つのだ。


許されている。信頼されている。


それだって自分に注がれる愛情への貪婪である。
いつか肉を食むように、銀時の愛情を喰いたがるかもしれない。
血を味わう獣のように、愛を味わうかもしれない。
少なくとも拒絶されてはいない。



そうだ、拒絶はされなかった。












fin

きみとぼくは、血を味わった獣のように、いつか愛を味わう。



08/13 01:23
[銀魂]




・・・・


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