青髭、わがロリータ







紺碧から瑠璃、空色から蒼、紫丹から菫へと、時間と感情によって不思議と色を変える大きなあの瞳は、見ひらくときに瞼をゆっくり羽ばたくような感じがある。押し上げるようなといってもいい。
くっきりとした二重は、人形のようにぱっちりした印象だ。
その奥に嵌る宝石が、また飄々としているのに真っ直ぐに透きとおり、どこまでも深みを感じるからかもしれない。
透明なものほど深みを増すように、ある種の透き通るような純度。無垢な重み。
その大きな目をじっと開いて神楽はよく人を見ているが、まだものを考える力もないはずの小さなこどもだった頃から、神楽の目は、何か迫るようなものを出していた。
それは神楽を太い、油断のならないモンスターのようにも見せる。


きっと、男をたまらない気分にさせる。
そういう女になる。
たぶんもう少ししたらどんな男も神楽には逆らえなくなるだろう。
そういう予感が銀時にはひしひしと感じられる。
狂おしいほど男をたまらない気分にさせる。
そういう女に神楽はなる。


とはいえ神楽は、見ていて不安になるほど大胆な、無邪気な、今は十四歳の少女である。何かをじっと見るのをやめて、好物の酢昆布やテレビに魅入ったり、ぼんやりどこかを見ているときの神楽の目は、やはり罪のない、天使にそっくりの目であった。
──美しい迷宮のラピスラズリ。 銀時にとってもそれは、今のところ大抵は、神楽の愛くるしさをこれでもかと植え付けるにすぎない。掻きたてられるのは、殉教じみた庇護欲と、正体不明の膨大な愛情と、押さえつける甘い感情と、少しの欲望と悪魔のささやき。
暑苦しいほどに苦しくなるとき、銀時は一度でさえ神楽の瞳を直視することはできなかった。
神楽の目は時に、見られている大人にとって鏡のような作用をもたらす。
なんとなく気になるものを出していると思う者もいれば、その瞳の純度にあきらかに後ろめたさを抱く者、卑しさを触発され恐れる者、恍惚を覚える者、乞食になる者、愛しさに微笑む者、それぞれだ。


自分の得られない他のすべての物と同じように、銀時は稀にしかものを所有したいと思うことはなかった。
けれども、神楽ばかりは例外だった。
どうしようもなかった。
銀時は神楽を気に入っている。胸が痛むほどに神楽を気に入っていた。
神楽の何ひとつ、その視線の意味ひとつ、所作ひとつすら、本来なら捕りこぼしたくなかった。
その顔の美しさは、そこいらのアイドルなど遠く及びもしないだろう。少女は後姿さえ美しく、何よりも禍(うるおい)の深い淵で足どりすら軽かった。
神楽は恐るべき不動をもつことができる少女でもあった。瞳の威力ばかりではない、少女の堂々とじっくりとした動きの中にもまた、ひとの心を動揺させるその無造作にゆだねた肉体の中に、自制された、切迫した何かがあるのだ。
その所作は幼かったが、品格すらあった。
そう、神楽のふてぶてしさには奇妙なふうにトンチンカンな気品すらあったのだ。
銀時の胸には、ともかく一つの魂が奇妙な姿で住みついてしまっている。
神楽の瞳にじっと捕えられ、その瞳を掬うように覗き見るうちに、ほとんど無意識のうちに顔を両手で押さえ、指のあいだで締めつけ、激しく、そのぷっくりとした綺麗な薄桃色のくちびるを、自分のくちびるに押しつけたいという欲望は日に日に増してゆく。まさに悪魔のささやきだった。
だが神楽がその胸にだきしめている品格の灯は、その卑小なる彼の現身(うつしみ)と交錯せず、神楽はたぶんその現身の卑しさを自覚してはいないのだ。今の銀時は神楽の胸の灯ごとだきしめて、ともかく思いつめて生きている。
なぜなら、無防備な少女の美しさすら、彼には氷のように冷たかったからだ。


たぶんどうしようもなかった。
そう、どうしようもなかった。
銀時にとって神楽はすでにそういう存在なのだ。












fin

なぜなら、遠ざかってゆく少女の美しさすら彼には氷のように冷たかったから。


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08/12 01:23
[銀魂]




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