猫を抱いて象と泳ぐ







銀時のぼこぼこした腹筋に、その乾いた汗の筋を意識して、神楽はゆっくりと指先を遊ばせていた。
銀時は銀時で神楽を腕まくらし、その仔猫のようなやわらかい毛並みや、小さな耳朶…、肩から腕にかけての可哀らしい肉づきをいじっている。ときどき額や旋毛にくちづけては、頬ずりもしてくる。
やはり銀時が積極的に、有無をいわさず、足をしっかり絡めあわせてくるので、神楽は黙ってそうされていた。
解くことなど考えもしない蜜の戯れは、どこか獣同士の親密な毛づくろいを連想させる。
獣の仔のような神楽のむっとした無邪気さもあるのかもしれない。
こんな場面ですらどこかで性差を超えていて、その想像がおかしくて、銀時はくつりと笑った。


餌も満足に与えず、朝も昼もぶっ通しで愛玩してしまったが、自失から目覚めた神楽はまだ腹をすかせたと訴える様子はない。
さすがに晩ごはんはしっかり作ってやらなければ。好物も二、三品用意してやらなければいけない。じゃないと、夜の分はさせてくれそうにない気がする…。
まだヤル気なのか、と言われればそれまでだが、銀時にすれば、夜の分はいつもの分であって、譲る気はなかった。
神楽がめずらしく事後に自分から甘える空気なのも嬉しくて、腹のあたりで遊ぶくすぐったい指をそのままにしてるが、こんな稚い愛撫でさえ、「もう一回しよ」 と言ってしまいそうな自分がいるのだ。
とにかく可愛くてたまらなくて、胸の奥もアソコも疼いてくる。
次に新八が休む日も、こういう日常を繰り返していこう。銀時は短絡的にそんな思いに耽って歓んでいるが、神楽はもう少し、いや若干かなりさめてドライだった。 しかし、疲れきった身体では起き上がるのも億劫で、先ほどの真っ赤に染まった地獄のような光景を思い返していた。


最後は意識する体勢じゃなかったにしろ─…。でも、最中のうねるような銀時の腹筋や、むっちりとした胸板の出っぱり、腕の筋肉のたわみや、喉仏の動き…。神楽は数十分前に触れることもできず切なくなった銀時の身体の部位を、手でゆっくりと確認していった。無邪気さとはまた違った、どこかでいつくしんでみようと──そうしている自分もいる。
こうして裸になってみれば良くわかる。
男と女のつくりの極めてドラマチックな違いが。
何もかも硬い男の筋肉やスジ、骨格、髪、そして髭──やわらかいところといえば、唇と(それさえササクレていることもある)、いま太ももに当たっている、ふにゃふにゃした感触のアレ…。肌にしたって神楽のそれとは比べものにならないくらい、硬い気がするのだ。
頬などやわらかそうにも見えるし、じっさい肌理は男にしては綺麗だが、やっぱりざらついている。
時おり短い髭が生えだす顎など、実にさわり心地がよくない。
それでも、自分の体を覆い、抱きしめ、包みこむのは、これ以上ないくらい適していると思った。


あまり大っぴらには言えないことだが、神楽は何となく銀時以外の男に昔から嫌悪感があった。“男”と意識する生きもの全般にいえるのであって、決して個人を対象にしているわけではないが、神楽は自分を厭な眼で見てくる“男”が、とくに苦手だった。いや、苦手というよりムカつくしおもしろくないのだ。訳のわからない厭なものを出すな、気味が悪い、成敗してくれるわ、といったふてぶてしい悪感情も出てきてとにかく、銀時に素直に訴えるまでは色々あったりもしたが、最初から銀時だけはどうしても嫌だとは思えなかった。
もちろんすべてが良いとも思えないし、全面的には御免被る。今ではちょっと待って、いったん深呼吸しようよ、どぅどぅ、待て、お座り、定春ゴー、銀ちゃんメっ、待たれよ! と神楽がセーブをかけなければどうにもならないとか、かなり面倒でもあるし、どうしてこうなった、と思わないでもない。
けれど、こういうことをするのは、銀時に懇願されずとも、他の人とは嫌だなぁと思っている。
銀時はよく、「こういうこと神楽ちゃんにしていいのは、銀さんだけだからな。俺だけだからな。」、そんなふうに言い聞かせてくるが、何度も言わなくてもそんなことは神楽にもわかっている。まだ拙いお子様だが、神楽は莫迦ではないのだ。
こういうことは、一対一がベストなのであり、自分が嫌だと思う相手とは出来ないものなのだ。
暑苦しい銀時が多少苦手なときもあるが、銀時のこの体は、嫌いじゃないと思った。ある意味、動物的な嗅覚で、自分に適したオスを見極めてきたのか──神楽はそう思っている。


しばらくそんな神楽と銀時は、時にはそれが人体であり、肋骨の階段であることも忘れて、楽器と遊ぶように指先で骨と凹みをつついたり、子どもと同じく撫でたりして遊んでいた。
銀時にいたっては、華奢なくせに赤ん坊のような肉づきのいい神楽の、ひどく愛くるしい骨格を上から下、下から上と、そんなものをぼんやり眺めていても、一日じゅう飽かず暮らしていられる瞳で、今日もまた神楽を愛でているのだった。


「暑いけど、やっぱり向き合ってるのがいいヨ……」

「……ん?」


くるくるとした銀髪をひっぱって、神楽がむっつりしたように耳元でいう。


「最初のときみたいのがいいネ」
「……あ、その話ね。えー、さっきの嫌だった?」
「さっきのも、さっきのもさっきのも嫌アル」
「さっきのさっきのって………あー…騎乗位な」
「黄色定規?」
「……神楽ちゃんが上になるやつ」
「…… あー…」
「上になってキャンキャン鳴いてただろ」
「むっ、そんな犬みたいな声出してないヨ」
「出してた、出してた。可愛かったなぁ」
「はぐらかすなヨ」
「……つーか何、お誘い?」
「違う。だからっ、ぎゅっとできるほうが好きアル」
「──うはっ…、熱烈な告白」


しかもめずらしい。何これ、超かわいい。銀時がぎゅううっとぬいぐるみのように神楽を抱きしめてくるので、神楽はぐるるるっと腕の中で暴れた。


「だから茶化すなヨ!」
「別にいいじゃねぇか」
「良くないアル。こういうのは誠実第一ネ」
「あ、そー。じゃ、どんな抱きかたしたって変わんねえってことじゃん」
「……?」
「誠実第一なんだろ?」
「そうヨ」

「誠実第一」

「っ〜〜〜嘘つけヨ このォォォ!」


しゃべっていたらだんだん腹が減ってきて、神楽は一瞬キレかけたが、そろそろご飯をくれと銀時に訴えた。
だがその銀時の返答が、「あ、餌の時間がきたか」と、無意識に微笑ったものだったので。今度こそ、毛づくろいの時間は断ち切ってやった。










fin



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02/15 20:31
[銀魂]




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