スルタンの鷹と少女







のろのろと居間に戻ってきた神楽が、意味のない下目遣いを銀時にあてた。
和室の前で立ち止まった神楽の髪型に、銀時は一瞬目を細めて薄っすらと甘く微笑ったあと、布団をよいしょと持ち上げて窓に向かった。
どうやら干すらしい。押入れに直すとばかり思っていた神楽はぼんやり瞬きしたが、すぐに興味なさそうに、憂鬱な瞼を眠気でしぱしぱさせているので、銀時はニヤリと笑った。


「神楽ちゃんのせいで、お布団めちゃくちゃ汚れちゃったからな」


そう言って、いったん外に出て布団を干し終えると、すぐまた戻ってきた。神楽の顔がむっとしたまま少し銀時に向いている。
その多少強気な態度に、銀時は、ああそっかと納得した。おぼえてないのか、と。


「そうだよな、失神しちゃったもんなぁ」


薄紅色の自然に割れた前髪の下で、眉が吊り下がって、神楽の青い瞳が完全にふてくされた色に帯びていく。上目遣いになった目が、今度は憂愁でいっぱいに瞼を押し上げてこっちを見るので、銀時はそんな可哀らしい神楽の反応に口元がうずうずしたが、ニヤリとまた意地悪な笑い方をした。
丸めたシーツを拾って近づいていく。


「お漏らししたの、おぼえてないんだ? 神楽ちゃん」


一瞬わけがわからず、神楽は茫然として、意味がわかるとすぐさま反論してきた。


「してないアル」
「なにが」
「お漏らしなんか…してない」
「したよ」
「してないネ」
「したって。神楽ちゃん気持ちよくなりすぎて、オシッコ漏らしちゃったから」
「してない!お漏らしなんかしてないモン!」


羞恥と混乱に必死になる様子がまた可哀くて、銀時はしばらく遊んでやろうかと思ったが、じっとりと見開いている瞳が今にも泣き出しそうになっているので、頭を撫でてやりたくなって手を伸ばした。
だがそれを神楽が嫌がって、後ずさって逃げようとするので、咄嗟に腰を捕らえて襖に押しつけた。


ガタン…!


思ったより大きな音が響いて、銀時は神楽に覆いかぶさったみたいに立っていた。
か細い腰に巻き付けるようにした片腕で、ぐるりと抱いて、下半身を押しつけている。
手から落ちたシーツには、黄色い大きなシミがばっちり出来ているが、さすがにそれを広げて見せつけるような意地悪はしない。
台所からは味噌汁のいい匂いが漂ってくる。さっき出勤してきた新八が、お寝坊な自分たちのために朝食を作ってくれているのだ。
神楽がちらりと台所を気にしたので、銀時は神楽の視線を欲しがるようにして膝を折って、その顔を覗きこんだ。
そろそろ新八が来るからと起こされ、先ほど銀時に赤ん坊のように抱っこされて脱衣所に連れて行かれた神楽だが、銀時が甲斐甲斐しく神楽の世話を焼こうとしても、いらない、あっち行って、もういいから、のつれない拒否っぷりで、洗面所から追い出されてしまった。
最初はシャワーでも浴びるかと、当然いっしょに入って洗ってやろうと調子にのった銀時も、神楽がタオルで拭くだけでいいと銀時に触られるのを嫌がるので、仕方なくこっちに戻ってきた。粗相したことを覚えてないにしても、真に朝からふてぶてしい神楽である。
だが、こういうことも、もっと躾ていかなくてはと、考えさせられた朝だった。
恋人、というよりすでに、銀時の中では幼な妻な神楽だが、せっかく一緒に暮らす恋人なのだから、もっと甘々なこともいっぱいしたい。なのに、基本ドライな神楽は銀時を平然と嫌がったりする。
暑苦しすぎるスキンシップが苦手なのか、外でキスしただけでもこの前むっとしていた。
今も銀時を見上げる神楽の目は、どうやっても、どうにもならないほど拗ねた目になっている。
そこには確かに羞恥心もあるが、不逞な愛の癇癪がむくむくと育ってきている。
しかもその目は、拗ねるのが当然の権利だとしている目だった。自分は銀時に、どれほど我侭をしてもいいのだ。と、無意識の中でそう信じきっている、何者かがそう信じさせている、そんな目である。
神楽のこうした目は、銀時を愛情に耐え得ぬ熱い気持ちにさせ、酷く煽るが、
このまま我儘いっぱいの王様のような神楽“も”常に溺愛していくのは、少しセーブできればなと、昨晩などは考えさせられた。(できればだが…)
ありのままの神楽を死ぬほど愛しているが、躾のできる範囲は教育(調教)していきたいとも思っているのだ。
銀時は神楽の顔の横に片肘をついて、磔にするように更にぐっと身体を押しつけた。


「覚えてないんなら仕方ねーよな。 じゃあ、夜になったら思い出させてやるよ」


朝からスイッチが入ったようになった銀時に、神楽が小動物みたいに竦むのを感じた。
だがそれは一瞬で、また嫌がって逃げようとするので、銀時の中のケダモノがうぞりと舌舐めずりする。


「今日もビショビショになるまでしてやるからな」


じっとりと押しつけた銀時の股間に、神楽が毛羽立って悶えている。
お腹の辺りで感じとった硬い違和感に総毛立っているのだ。


「今日も、お漏らしするまでするぞ」











「あれ…? もしかしてまだ寝てるんですか?」


居間にお盆を持って入ってきた新八に、神楽がビクリとした。
和室の内側の襖の陰にいるふたりは、まだ銀時の鎖骨の下あたりまでしか身長のない神楽が、がっちりとガタイのいいケダモノにすっぽり隠されてしまっている。ひどく愉しそうに笑う獣に、神楽はまたきゅっと泣きそうな目で睨んでいたが、今度こそ閉じ込めた檻の中で、銀時はピンク色の毛並みをなでなでした。新八に返事しながら、白いおでこにもくちづける。


「いい天気だから、布団干してた」


銀時ののんびりとした返事に、新八は「そうですか」と納得して台所に戻ってゆく。神楽も手伝っているのだと思ったらしい。


「新八が怖ぇーの?」


ほっと息をする神楽のハーフアップにした頭に、銀時はいとしげに唇を寄せてささやいた。
この頃神楽は、少しだけ伸びた前髪を自然に割って、可愛らしい白いおでこを見せていたりする日もある。肩までだった後ろ髪も、肩甲冑の下まで長くしているが、お妙の発案か何かで、こめかみ付近の髪を後ろで緩く結んだり、サイドで小さなお団子を作ったりして、幅広のリボンや花飾りなどで留めたりすることも増えた。前から見ると、今日は黒いリボンが菱形に両脇に出ていて、仏蘭西人形のように豪奢で可憐だ。この髪型を、銀時はことのほか気に入っていて、神楽の髪に日中よけいに触りたがった。はじめて見たのはまだ十四歳のボブの頃だったが、その時も、一緒に出かけた公園で、紫陽花のそばにうずくまる神楽を見守っていた銀時は、激しい恋情に胸が絞めつけられた。


「……こわくないネ、新八なんか」


もう離してほしそうに、神楽がぽつりと言う。


「ふーん」
「…何ネ」
「じゃあ、銀さんがこわいの?」
「……こわくない」
「ほんとか?」
「…うん」


突っぱねるようにしていた小さな両手が、獅子の仔の開いていた爪で、銀時の着流しの袂をきゅっと掴んできた。
朝から危うくケダモノ全開になりかけた銀時は、この可哀らしい神楽の仕草に、きゅんと胸がやられた。最後に、頬とくちびるにしっかりとキスするだけで、神楽を開放してやった。
途端、逃げるようにして和室を出ていく。薄紅色の髪に映える黒いリボンが、その背でひらひらと揺れていた。


これを──、ふたたび夜に捕まえる悦びはひとしおだと想った。
ケダモノを刺激された銀時は、すでに今夜の計画を立て始めている。
日中の充填の時間も、こうして銀時は神楽に埋め尽くされていく。
夜まで我慢しなければならないのが多少つらいところなのだ。










fin


02/09 23:37
[銀魂]




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-エムブロ-