まだ稚い。それに処女だ。


そう思っていた。それでいて、手軽には人に覗かせない(事実覗かせたことはない)、沖田の胸の中の熱いものを苦もなく吸い上げて後ろを向いてしまった娘だ。
こんなことは今までに無かったことだった。
あの頬を捉まえて、烈しいキスをしてやりたいなんて──。呼吸も出来ないようにしてやりたい。あの透き通るような無関心な目が、あの娘自身は知らないでいて沖田にすべてを強要させる。あの赤子のような唇が、沖田の腹の底からサディスティックなものを掻きたてる。
もとよりそういう性癖でもあるが、それにしても自分の中にこんな、性的逸脱のような感傷が、古い愛の膿のような不治の病害が、隠れていようとは思ってもみなかった。
あの妙に鮮やかなふてぶてしい青い目と、可哀らしい唇とが、沖田の中からサディストの尖った爪を、唸る鞭をどうしても誘い出す。
沖田は枕に顎を載せると、下唇を強く噛み、光る目を壁に据えて、そのまま長いこと動かなかった。動けなかった。


神楽がとうとう、あの男、あの保護者にむしゃぶりつかれて全てを略奪されたのは解っていた。
いずれそうなるとは知っていたが、いささか手が早すぎる。
まあ、四六時中いっしょにいてよくここまで我慢した方だとは思うが、それにしたって、あからさまなほど自分の匂いをマーキングしまくるのはどうか。必死過ぎて片腹痛くなった。
神楽の肉体が熟してくる一方で、沖田の体はあまりに嫉妬するので、その疲労で衰えるわけではないが、いよいよ衰えていく感があるのが自分でもわかって切ないのだ。
あの男でもあるまいに、二十歳手前にして、肉体が三十路近い肉のたるみ方をしてきた気がするほど、自分でもその醜悪さに、本当にイライラした。
このまま年老いていけば、細かな斑点のようなものまで殖えてくるに違いない。その衰えた肉体のなかに沖田は、男盛りをいくらか過ぎた男のような、生な、執拗な嫉妬をこれからも貯蔵していく…。
きっと一生、治りはしないと思っている。


あの男の、銀時の、主として夜毎、神楽を寵愛しているだろう──その妄想に囚われる時に起こす自分の嫉妬が、内向した挙句、俄かに突破口を求めて爆発して、今日の接触になったようだった。
ある時期から沖田は、なるべく傍観者でいて、銀時を憐み、蔑んでいくしか自分には道が無いと思っていた。
そうすることで、いくらかの喰いかけの餌の、そのおこぼれをかすめ盗っていたような自分に、神楽はあまりにも堂々と、王者のように艶やかにそこに存在した。
久しぶりに口をきいた神楽は、相変わらずふてぶてしく、けれどぬめり輝くような艶を増していた。
沖田にはどこか、一匹の非常にいかがわしい神獣の毛艶を思わせた。
艶やかに伸びた髪が(いつの間にこんなに…)、髪飾りに入りきらなくなったのか、今日は下のほうで纏めて両サイドに垂らすようにしていたが、それがまんま獣のたてがみや尻尾のようにも見えた。
男の愛など知らなくていいのに、知ってしまったという、いささか無自覚な自信が強くなったような、柔らかい蜜のような獰猛さが増した邪気は、そこに立っているだけで、沖田を苦しいまでに絡め捕って離さなかった。
それは、ほとんど自分に “裸” を見せつけるような神楽の厭がらせでもあった。
初めから選ばれはしないと解っていたし、神楽のあまりの自分への無関心と嫌悪に、略奪する勇気もなくなったが。打たれ弱いSだと自覚はしている。
神楽のような娘を愛するために必要な、銀時のような渾身の愛情と執念、それが自分には欠けていると思っていた。


だが、


こんなにもまだ、苦しい…──。
沖田も神楽がはっきりした故意で、見せ付けているのではないことは解っているが、半ば無心でやっていることが、沖田にとっては、故意でするよりも香気(毒気)が強く、怖ろしい刺戟だった。
銀時の中てつけるような厭らしさは神楽にはない。
ただ、銀時の、果てはふたりの将来の、どろどろに幸福な人生を約束しているような、蜜を塗ったような神楽のあの体が、沖田はただただ、憎らしくてならない。銀時への嫉妬のほうが強いと思っていたが、自分の全感情はあらゆる意味で、あの娘に向かってゆくのだと知った。
神楽が憎かった。自分に懐かなかった神楽が憎い。沖田を選ばなかった神楽が憎い。沖田に略奪させてくれなかった神楽が憎い──。
時にはふと、憎い中にやはり切ないものを感じることもある。憎みながら、惹かれるようなものを感じている。
これが愛憎というもので、誰かを愛するということなら、とんだ笑い種だと思う。
愛とは、全てを与え、包み込むことだと、沖田は知っている。
否、知っていた。
だが、沖田は生粋のサディストであり、道化師(ドン・ファン)的な性質を持っていない。また、銀時のような、マゾヒスティックで破滅的なプライドの無さも、あまり持ち合わせていない沖田は、ただ羨ましく、神楽が憎らしい感情のほうが大きかった。


神楽は銀時の愛情が、誰よりも自分に厚いということを知ってしまった。それがどれほど深いものかということを、本能的に掴んでいる。それだから、沖田の言葉から受けた刺戟はすぐに薄くなって、沖田のそのときの表情や、厭味な告げ方も物ともせず、傷つけられた不快は大きく残ることもなかった。
もうあの頃のように、神楽に不快を植え付けることもできないのだと、沖田は理解した。


稚さの中に魔を潜めた神楽に魅せられ、神楽との再会を待ちわびていた──あの頃の自分にはもう戻れない。


沖田のトンボ玉のように不気味に光る眼は、いつも神楽を追っていた。いつの日か、この罪深い小さな魔女を、『宗教裁判』にでもかけてやるつもりで、神楽をサディスティックに凝視していた。
あの青い眼に不快感とわずかな恐怖がこもる時、沖田はそれだけで、一種の満足感をあらわし、神楽から眼を離したが、銀時などはそうした瞬間すら無かったのだと知った。



その夜、沖田は愛用の呪術道具を布団のまわりに並べたて、腹ばいになって長らくじっと動けなかった。
十年か、或いはそれ以上になるかもしれない長いあいだ愛用してきた、というよりも、伴侶にしてきたといった方がいいような、数々の護摩やおどろおどろしい呪いの道具に囲まれた布団に寝そべり、神楽という娘の持っている魔について考えた。その魔を、今夜も必死で貪り食っている銀時を妄想して、沖田の眼はぞっとするような光を孕んだ。
きっと、あの蜜を塗ったような身体を、人に与えようという意志も、与えまいという意識もしないで、じっとあの青い目が見開いている。それがアイツの魔だ。
あの目が曲者なのだ。あの透き通っていながら深い青の、鮮烈な明暗がある、あの不思議な魔のような目が。
どうしてああいう目が出来たのか。どうして、あんな魔が実ったのか。どうして自分はあの魔モノと出会ったのか…。
今日も沖田は、神楽が公園で散歩に夢中になっているのを、遠くから見た瞬間、もう嗜虐的な情念の虜になっていた。神楽もどこかでそれを敏感に、厭なものとして感じとっていたようだった。鷹が舞い降りてくるのを、背中で感じとった仔兎のように動かずにじっとしていた神楽の肢体が、沖田に火を点けた。
それにあの唇。まるで、乳を欲しがる赤ん坊の唇だ。以前見た時よりも、ぷっくりと官能を宿している。……あの唇のためなら、あの唇を奪うためなら、あの唇を自分のものにしておくためなら、自分は何をするかわからない……駄目だ。どうも今日は、いや、あの魔に出逢った日から、自分は自分でなくなっている。
すべてが不思議だ。どうして。どうして、自分はこんなにも不甲斐ないサディストになってしまったのか…──。

爛々と孕む血のような眼と引き換えに、艶のない、粉をふいたような顔色の沖田は、やはり一回りも老けてしまったみたいに、ある種の疲れ果てた人のようなものを濃く滲み出していた。





慈しむ暇があるなら殺せ
(抱き締めてから殺す。二度と夢は見ない)










fin


01/26 17:08
[銀魂]




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