リリー・シック







【鉄砲ゆり。茎の高さ約六十センチ。鱗茎は直径五センチほどの球形で、淡黄色。長い、とがった葉を茎に着生。初夏、茎の頂にらっぱ状の大花を開く。純白で、香気が高い。観賞用。】
















しばらくはずっと続いていた悼みがようやくやわらいできたようだ。
処女貫通の際に限らず、抱きあうたびに続いた切ない“傷み”に、ようやく自分も慣れてきたといえばいいのか…。
果敢なアタックは時として銀時の股間にも僅かな憐みを伴い、それ以上に神楽の痛みが想像できず躊躇わせてきた。
本来ならクッションの役割を果たすはずの少女の恥骨の隆起や、その肉付きが不完全だからか、やたらと激しい突き込みは出来ず、逝きづまる奥行きの浅さに猟奇的な衝動さえ付きまとう。
ふと気づくと、自分の正気を今さら詰問してしまいたくなったくらいだ。
それでなくとも神楽の肩先や二の腕のあまりの繊さ、それでいて赤子のような奇妙な肉付き。皮膚など、絹やら天鵞絨やらの比ではない、なめした山羊の皮よりもしなやかな……

(これは何処にもない、特殊なものだ)

と毎晩、銀時が感嘆せずにはいられない、不思議な膚の手触りと凶暴な美しさをしている。
青い梅の実が中に入りこんでいるのではといじらしい、固い小高い乳房や、くびれつつそれなりに綺麗なラインを描いている、芸術的なトルソと、カモシカのような脚のラインが、まるで性別不能の何かを掻き抱いているのではないかと、神秘的で神々しい錯覚をすることだってあるのだ。
爛れた女の匂いしか嗅いでこなかった銀時の遊びの花園に、いきなり中性的な、しかし何よりも甘い蜜の、この世のものとも思えぬ妖精(ニンフ)が現れた感じだった。


いや、妖精というよりはむしろ、小さな悪魔、といったほうが正しいだろうか…。


軽い悪戯も含めて、仕草のひとつひとつが無駄に堂々と愛くるしく、ふてぶてしい。それも時にあけすけで毒々しくすらあるのに、どこにも下品な匂いはしない。
醜さを蔑み、そしてその本質をこよなく愛する悪魔のごとく、銀時が溺れた少女はどこまでもアモーラルで、イノセントだった。
不思議なことに、男は完全な美しい形より、少し隙のある、やわらかな姿かたちのほうを好むものだが、この人外の少女、この異端の生きものにいたっては、銀時の正しい美的センスなど全く当てにはならなかったようなものだ。もはや初めから、自分にとっての義務や道徳などはかなぐり捨てた末の、タブーだったのだから仕方ない。
神楽を官能的だというと、きっと何人かは笑うか、もしくは眼を背ける。だが、官能とは本来エレガントと表裏をなしている。
品を損なわない女が乱れるからエロチシズムを感じるのであって、下品な女が乱れても、ただ下品なだけである。
神楽のもつ生来の気高さ、ふてぶてしいトンチンカンな気品、それにくわえて個体そのものが持つ貴重なバックボーンが、さらにその印象を強くした。
ディティールの一つ一つをとれば、いずれもあり得そうもない異形の美が目立ちすぎる。
だがそれらを承知の上で見ても、この少女はどこかコケティッシュで、ファニーでもある。
容姿からくるものではない「魅力」、としかいいようがないのが悔しいが、いい加減だと思いながら、それがさほど邪魔にならない。
最大の理由は、今こうして銀時の腕の中にいるという経過が、とてつもなく奇跡じみているからだ。もとの仕掛けが紙一重なのだから、それから生じる事件が一向に現実味がなくても、苦にはならなかった。
ただ、実際、あらゆる駄々をこね、そうして、駄々っ子のもつ不逞な安定感というものが、天下のスケールにおいて、神楽のもたらす多くのものに一貫して開花しているだけの話である。
なにか芸術的な安定感をそなえた、奇怪な見事さを構成している感じでもある。
銀時はこれでも神楽を最初に見た日から、神楽の持つ不逞な、といってもいいような、ふてぶてしい可哀らしさを受けとっている。
それが不思議に自分の意志を弱め、自分を絡めとるのを強く意識した。


邪魔者、敵、ライバルといえるような存在の出現も、銀時を留まれなくさせたといえた。


サディスト vs サディスト
甘党銀髪天パ vs マヨラー黒髪V字
万事屋 vs 真選組

と、他にもect。


ことあるごとに腐れ縁を意識するようになってからは、いつも銀時の袖にくっつくようにして立ち、あるいは立たせ、自分の胸や二の腕、肩、たまに腋の下などにも頬や頭を押しつけてくる神楽を見て、そうさせている自分の存在に、優越感に、酔い痴れずにはいられなかった。
まるで首に鈴をつけたような状態で日々監視して、とくに男たちが自分たちの周りにわらわらといる時は、片時も神楽を離すことを嫌がった。


そんなある日。神楽が大きな定春へ、奴らのうちの一人に抱えて乗せてもらっている光景を見てしまった銀時は、(どうやら猛暑にやられて具合が悪くなったらしいが)、丁度そこへ迎えに来た自分に安堵し寄りつこうとして、男の手を押しのけ、黒服の傍をよろよろとすり抜けた神楽を見据える、その男の鼻頭の皺に、突如、石が崩壊したかのような、厳格で熱狂的な面ちを見た気がしたのだ。
あの男には妙に鬼気迫るような色気がある。あの鴉の濡れ羽のようにいかにも黒々とした髪は、真夏のぎらぎらした日ざしの中で行われる、葬儀の喪服を連想させ、男が登場するだけで、そこに不吉な、犯罪の臭いが嗅ぎ取れることもあった。自分たちの日常にあまり居てほしくない、遭遇したくない、非日常な一面を濃厚に併せ持っている。
男は何かのエロチスムの幹部党員といってもいいような厳格で熱狂的な面ちで、神楽の稚い抵抗を見据え、銀時にたどり着くまでの様子をぼんやりと丁寧に見守っていた。
──以前、この男の部下が、神楽に不意に異常な欲望を漲らせ、兇暴な目で神楽を射すくめた事件があったが、コイツこそ危険じゃねーの、と銀時はその時、予感のようなものを抱いたのである。
何故このような気分に陥らねばならないのかと思いながら、あまりといえばあまりに赤裸々な瞬間のようなものを垣間見た銀時は、強烈な憎悪と眩暈をおぼえた。
自分だけの秘密にしておきたかったものが暴かれたのだ。
しかも男が一生懸命に抑えて表面には出すことのなかった、神楽への暗い関心と情念のようなもの、その二つも強烈に銀時の不安を煽り、生命の危機さえも予感させた。
男のふくらんだ鼻の穴のぶざまに不細工な様は、銀時の何のなぐさめにもならなかった。


銀時に近づいてきた神楽は、見るからにぐったりと青白く、汗で蒸されていて、そのくせ妙なミルク色の霧が周囲を掠めるのを感じた。
乳くささのなかに混濁する、微量だが、重い、アロマのようなもの…。
アイツはこれに気付いたのか?
固まったように動けず、神楽の後姿を追っていた。


銀時はそれまで、人間の体からは嗅いだことのない、神楽だけの、秘かな香りともいえる匂いを嗅ぎとり、大切に感じ取ってきた。妙にミルク色の稚気がふてぶてしい神楽の、神楽だけの特別な、幽かな酒精や花の蜜といった気配だ。
野生の百合の茎をぽっきりと手折ったときに嗅ぎつけるような、清新な、しかしどこかそれだけではない、甘く、物憂いような、しかも汗が大量に混じると、ミルク色のリキュールから作った──花のカクテルさえ思わせる、神楽の肉、蜜の香(にお)いだった。
その細い肉の腕をつかむとき、だから銀時はたまに揉みしだいてやりたくなるのだ。百合の茎をぽっきり折るみたいに、神楽の四肢をどうにかしてやりたい気分によく襲われた。
のちに隅から隅まで検分した結果、まさに百合の花びらのような魔の皮膚からくゆる、透明な皮脂の成分のようなものだと位置づけたが、あの瞬間、いやきっと最初の瞬間から、もはや神楽を自分のものにしなくてはならないという生涯の決意が銀時には湧いた。
その決意はいくつかの事件から幾日も経たないうちに固まったのだ。
もうこれ以上野放しにしてはおけないといった、ある種、凶悪犯罪者に対するような正義の鉄槌の仕打ちだった。



いま、やわらぐ過去の痛みと記憶のなかの香りから、さらに濃く変化した情後の篭ったような鉄砲ゆりに浸されて、銀時は神楽が自分の腕に鼻先をくっつけるようにしてむすっとし、胸板に頬を押しつけるのを、息苦しいような縛られる重みで見つめていた。
泣いて赤くなった眦がとろんと伏せっている。
ピンク色の睫毛が、異様にかわいい。
自分は、この不思議な娘の虜なのだ。
その皮膚で隈なく蔽われた神楽の体全体を、他の男に奪われまいとしている、神楽の体の哀れな番人となり果てた男だった。
自分でもわかっていた。


どうしようもなく、なにもかもが上等だと思えてしまうこんな瞬間。
引き裂かれるように溺れながら、ミルク色の霧にたちこめる香りをぞんぶんに吸い込んだ。




(ゆりの病人)












fin





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01/15 00:16
[銀魂]




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