朝は蝶の脚へ銀貨を吊るす







お前はぼくのものにならねばならぬ
ぼくが望むなら刑車のうえで死ぬまでに

──ジョン・キーツ












淡い、裾長のパジャマの体がむっくりと、寝返りを打った。


つい昨日まで、予感のようなもので籠っていた神楽の体が、明らかに蜜をひそめてくねっている──、ように見える。
獅子や虎の仔が気持ちのいい藁床で、牙を剥き出しにしながら手足をあぐあぐ噛んで、ごろんごろんしているような様子はよくしていたが。
獰猛なようで、どこか、蜜のような、甘いくねりがある。
それは昨日銀時が、死んだように裸の体を──絶えた神楽の上に、密かに飽かず眺めたものだ。残酷を怖れて、何度か燃え上がるものを抑えた銀時は、その苦痛の中で神楽の不思議な変化を見ていた。
神楽はこの日は終日、毛布か布団の中にいた。食事も銀時が小さなお盆で運んでやった。新八には風邪だと言ったが、事実、翌日の朝になって少し寒気がしたのだ。
神楽は新八も、銀時も、自分に対して彼らなりの深い理解と、労わりとを持っていて、昨日の出来事があった前より以上に、献身して甘やかすようにしてくれているのを分かっていた。
だが、新八の心の中に、昨日の出来事を過ちが起きたとして欺いているのが少し不愉快だった。
過ちが起きたとすることには、神楽が稚くて莫迦な娘だったということになるのだ。それを神楽は漠然と、感じとっている。


神楽は銀時に害を受けたとは思っていない。
何故かわからないが、悪いことだと、思えないのだ。経験してみると尚更だった。
まだイケナイことだとは知ってるが、悪くはない。正悪の問題じゃない。パピーに知られたらきっと怒られるが、自分は悪くない。ということは、銀時もたぶんめちゃくちゃ悪いわけじゃない。正しいわけではないが。そう思っている。
何か言えば、聞きかじっただけのマセた言葉を意味もわからず使ったりする神楽だが、神楽はどこかで、自分というものを信じている。その信じられる自分というものの中に、銀時への信頼も在るが、神楽は自分の中の獣の存在をちゃんと知っているのだ。自分の絶大な力を知っているからこそ、なのかもしれない。今はまだ頼りない、無意識のような信じ方ではあるが、自分というものを何処かで信じていた。それは或いは、信じることの過剰であるかも知れなかったが、神楽はそんなように真っ直ぐに育っていた。
銀時をケダモノだとするなら、神楽は銀時と同じような獣(けだもの)の野放図な娘なのだと言えるだろう。
精神が半分まだ幼い神楽は、自分より周囲の人間のほうが怖い。新八などは、絶対服従であるから問題はないのだ。



翌日も、神楽はまだ完全にむくむくごろごろしていた。
外に出ない神楽のおかげで定春が拗ねていたが、銀時はそんな神楽に酷く満足しているようだった。
初夜の次の日で、要は昨日の夜も、銀時に当然のように可哀がられたわけだが、神楽はむくれても もうそこまで抵抗しなかった。暑苦しいのが溜まりすぎたら上に乗っかる銀時を半泣きで押しのけるようにしたが、初夜ほどの凶悪な衝撃はもうなくて、内心ほっとした。
痛みに強いといっても、股の間が裂けるなど考えたこともなかったのだ。これを毎回されると思うと憂鬱だったが、銀時があまりに必死なので、途中から抵抗もやめて(というか抵抗すらできなくなって)黙ってまさぐられていた。
二度目のとき、銀時が全身を、足の先から指の先まで、当然また股の間も、背中も、耳の中までベロンベロンにねぶりまわしてしゃぶられたので、それがイヤで少し本気で泣いたが、銀時は神楽の涙まで舐め尽くしてしまったから、最後は絆されるような行為になった。
銀時が普段聞かないような声で、まるで赤子に言い聞かせるような、甘ったるい声で、神楽が可愛いと、好きだと、愛してると、腰をうねらせながら何度も言うのが意外だった。真剣に言葉を教えるように言うので、神楽はうんうんと頷かずにはいられなかった。
男に全身全霊で愛されるとは、こういう事なのかと、神楽はぼんやりと思っていた。
銀時に愛されることは当然ではないが、まさに、やはり、当然なのだと思わざるを得なかった。
そんなふうに抱かれた夜を繰り返したせいか、いささか銀時に対して、くすぐったい気持ちがつよい。
妙な気分で、神楽はなんだか、そわそわもじもじしながらシーツの上をむっつりころがった。
今日もまた触られるのかなと思うと、胸の奥が、くちゅりと、懶さを滴らせたみたいになる。


いま、神楽の赤子のような唇はうっすらと弛み、脚の間が少し開いている。だが女の脚の間が開いていることの卑しさは少しもない。それは神楽が放心した状態を示しているからでもある。
神楽は自分の口にした、決して褒められない、真心を挫くようないやしい毒をふくんだ言葉さえ、銀時が咎めないで抑圧された愛の目で自分を視ているのを、知った。気づいてしまった。
今もそうなのだ。銀時はずっと傍にいて、神楽の様子を間近で、掬い入れるように見守りながら、何かを堪えるような眼をして瞳の奥が甘く微笑っている。
もう殆ど見ることのなくなった銀時の、遠くから、変わらずに、静かに自分を温め、愛撫している愛情、それは遠い過去の中に入ってしまったのだ。
昼の間、銀時は自分というもの全体を投げかけるようにして愛情を傾けているが、夜に入ると別な、恐ろしい顔を現わし、神楽を苦しめようとしているかのように見える。


いつしか夕飯前の六時頃まで、神楽はうつらうつらと疲れて睡っていた。
ざわざわとする街の夜の気配に目を開いた時、銀時が隣で頭を撫でてくれていたことに気付いた。


「どうした」


銀時の、何もかも解っていて、神楽というもの全体を包みこむような、甘やかしの(頬に幽かな蔭ができる)微笑いを見ると、二日前にあった生まれて初めての残酷な出来事も、新八の訳のわからない不愉快も、神楽の憂いはみな、けだるく、甘い、その目の中に吸い込まれていくようである。たとえ事の張本人でも、神楽にとって銀時はやはり絶対だった。
そんな銀時は、新八の神楽を見たときの目の中の動揺と自分への批判と、神楽の新八に対する何らかの不機嫌を感じ取っていたが、おおよそ察している。
神楽にはかなりの衝撃を与えたことが、銀時にとっては当然起きるかも知れない、と思っていたことで、起きたのである。
唯これほど早く、大きな形で手にするとは予想していなかったのだ。神楽の誕生日に鏡をプレゼントしたが、少しずつ馴らすようにこの部屋で一緒に寝て、男である銀時を更に植え付けていこうと、それからだと思っていた。あわよくばまあ、アレだが。そう遠くない間には頂こうとは思っていたが。一緒に寝て何もせずにいられるなどそう長くは続かないし、そんな拷問は真っ平である。


大きな目で自分を見る神楽に、平常の事情のあふれる目で応えて、銀時はやさしくくちづけようとした。
こういうのも慣れさせていくつもりだ。銀時自身も経験のない甘い感情だが、何を憚ることなく、神楽には自分を投げだすことができた。
ふと、燈の下に、神楽の可哀らしい唇につけられた、紅紫をした鬱血の痕を思い出した。いま考えれば、自分はキスがへたなのだなと思わざるをえない失敗で、気恥ずかしい思い出として銀時を甘く縛っている。処女としての異常な体験をした神楽が、大きな目をして、自分を子供のように見入るのを見つめながら、照れたように笑ってしまった。


「かぐら」


銀時は神楽の額に、ゆっくりと掌をあてた。


「熱はないな、よかった」


愛しげな銀時の掌が、胸の下まで剥いでいた掛布を引き上げてやり、神楽の頬を軽く撫でた時、神楽は自分の頬の皮膚に、これまでにない鋭敏な感覚を覚えて、ぐるる、とつい獣の仔のような唸り声を出した。


「なに」


銀時が面白そうにいささか驚いているが、神楽はむっつり困った顔で唇を尖らせた。
そわ、ふわ、ぞわ、ちり、とした電流のようなそうでないような感覚をうまく伝えることはできなかった。
その時、神楽の中の肉食獣は、新たに擒にした銀時を捉まえた、確実に捉まえた歓びを覚えたようだが、神楽に自覚はない。
褐色の壁に囲まれた銀時と神楽の寝室は、銀時がいつからか見ている、或るひとつの世界になっていた。二人だけの、甘い蜜の入った壺のような世界である。神楽は銀時の世界を、どこかで捉えているだけである。










fin



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01/01 21:24
[銀魂]




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-エムブロ-