ある絶望的なぶざまな努力







視界が白く曇るほどだった。
一瞬自分がどこにいるのかもわからなくなるほど慣れ親しんだ行為のなかで、銀八は我にかえった。
ベッドの足のところに坐りこんでいた裸身は、今も身に染みついた動作を繰りかえしている。


緩慢に、じっくりと、平静に…


まるで呼吸を止めることのないように。
銀八はなかば、ふたたび、その性質とは半分かけ離れた放心の形相でライターを鳴らし、すっかりすり減ってしまった愛用の銘柄から、また一本それをつかみ出して火に近づけた。
吐きだされた白煙はまたたく間に───濃度を増した空中に溶けこんでゆく。
痺れた足を伸ばすために少し体勢を動かしただけで、空気の流れがわかるほどだった。
気をとりなおして坐りなおした。


別段、“理由” が確かなのでもなく、また絶望しているわけでもない。
ふだん少女といる時は抑えている煙草の量を、無視してみたい気分だったのだ。気を鎮めるために吸っていた。
何より、自分の内側になにかしら不動で、苦しく、取りかえしのつかない感情があることに気づき始めている。
銀八には漠然とながらそれらの考えが、自分には似合わず、場違いで、卑しく、ほとんど無意味でさえあると思いたかった。…どれほど正当な “理由”になるにしろ、だ。


銀八は苦々しい自分への嘲笑と、軽蔑の入りまじった気持ちで待っている。
神楽がバスルームから出てきて、一瞬、白くけむった室内に眼を見開いたが、いつものように通りしなに彼の頭に片手をのせて、悪戯した。
小さな手にクシャリと銀色のくせ毛をからませたり、前髪をひっぱたりするスキンシップをよく彼女はする。
この服従と同時に──権力のしるしでもあるような、教え子の愛くるしい仕草に対して、教師である銀八は身を退く動きはいっさい示さなかった。
くしゃくしゃに乱れたままのベッドに、ポンっ…とのっかった神楽の様子に、自分の口内が急にねばっこくなったように感じた。
この仔どもにはムクムクとした不死身なところと、どこか脆弱なところがある。頼りないところがあるのだ。
そして彼がかつて、手にかけたいかなる獲物よりも美しく、愚かだった。
はじめて手にかけたときも、銀八はこの仔と寝るのが酷くおそろしくて、けれど酷くこの仔が欲しくて、まるで自殺するような気持ちだった……。


けむたそうに何度か咳払いし、それでもあくびをしながらくつろぐ少女は身を横たえている。
煙を吹かしつづける銀八にも気にせず、マイペースに汚れた枕の触りごこちを確かめている。


「なぁ…」


銀八は訊ねかけ、自分の声が幼児のように頼りなげで不安なのを感じた。
ちょっとした沈黙があり、ベッドから身を乗りだした神楽が、銀八に首をかしげてくる。
この薄く膜がはったような息苦しさの中で、神楽は無垢、倦怠、そして不逞の魅力を充分に証明するために、そこにいるようにみえた。むしろ銀八のなかの子供っぽく弱い飢えた存在が、自分のほうに手をのばしてくるのを待っているのだ。


「なんアルか?」


掠れた声がようやくまたひとつ咳き込んで、銀八はベッドに自分の体を投げ出した。
銀八は決して不当にこの獲物を手に入れたわけじゃない。
少女は相変わらず美しく、まだバラ色に蒸されたままだった。そしてその青みがかったトパーズの瞳──光のバランスで今は灰色がかったスミレ色に見える瞳───白煙にまみれてはっきりとは判らない、その幼い女の眼は、じっと銀八にそそがれている。
薄く丸い肩に肩がふれると、銀八はごく自然な動作で顔を動かし、小さな唇に自分を重ねた。すると怯えた幼児は消え失せ、二十も半ばを超えた男が取ってかわる。約一箱分の煙草をたらふく吸い込んだその体は、この自分の接吻けを受ける女生徒の人生から、どうしたらある一つの名の───見知らぬ、もしくは知ってる───有害な男を探しだし、消すことができるだろうかと、細心に入念に思いめぐらしていた。
考えてみると、奇妙なことに違いない。
銀八は数時間前の愛撫のなかと同じように、無謀に神楽の肩口なぞって、撫でてみた。
斜めにこちらを見る眼の、その無邪気さと、そのふてぶてしい凶暴性。
濁った空気をふるわす自分の手が、あまりにもぶざまな様子に銀八は、疲れ果てた肺からゆっくりとゆっくりと呼吸を繰りかえした。


いまも神楽の肩口に目に付く、その、彼が従けた覚えのないひとつのしるし。
青から、はちみつ色に、変色しかけている、その、不様なしるし。
どう考えてみても、どう繰りかえしてみても、思い出せなかった、その、しるし────。


銀八は何も言わずにうなずき、少女の上に屈みこんで小さな肩に顔をうずめた。
生涯ではじめて、彼は途方もない愛情を通そうと試みたのだ。




その理由を知ろうとも思えず











fin
ある絶望的なぶざまな努力



more
02/05 00:11
[銀魂]




・・・・


-エムブロ-