千の享楽も一つの苦悩に値しない







かぶき町には白い鬼がいる。
箆棒に強い夜叉のごとき白い鬼が。
その白い鬼には目に入れても痛くない寵姫がいる。
それはそれは美しい、この世のものとは思えない狂い咲く桜のような愛くるしいお姫さまが。












思わずぎょっとするような仔どもだった。
色んな意味で。


はじめに思ったのは、目立つヤツだなって。
黙っていればいわゆるお人形のような。人外ばなれした、鮮やかな容姿をしていた。
貧乏くさいなどと貶してみせたが、事実、神楽は美しい少女だった。
自分を飾るたしなみすら知らないようなガキだったが、しかし男の視線を引き寄せた。
昼日中出歩くときどうして自分がジロジロ見られるのかと、不快な顔をした神楽に一度だけ聞かれたことがあった。
それはあれだ、お前のピンク頭だとか真っ赤なチャイナドレスだとか、とにかく珍しい色だし派手だしで目に付くんだろ。ガンたれてるようなもんだよ。だから変に構ってやったりするんじゃねーぞ。男ならイチに無視、ニに無視、サンに無視だ。ジジイも駄目だ、わかったな。


「でもイチャモンつけてきたらどうするネ?」
「うん?」
「いまヒマ? とか聞かれるアル。私がヒマなのとイチャモンつけるのとどう関係がアルネ」

「…──だから、そーいう時こそ無視すんだよ。じろじろ見られようが言いがかりつけられようが、無視しろ。わかったな」


神楽は銀時の出鱈目な口車に素直にうんとうなずいて、そして今もそれを忠実に守って疑問にも思っていないようだ。
よくあのヤクザの元で無事でいられたよなぁ、とあらぬ考えが過ぎったこともある。

貪欲かと思えば無欲に、狡猾かと思えば無垢に、両極端な価値の中を自在に泳ぎまわっているような印象を受ける。
どれほど汚れきっても神楽はイノセントだった。とでも表現したくなるような魂の無垢が、神楽には始終まとわりついていて、いくつになってもまったくいやになるほど少女は神々しく、時に銀時の汚さをうちのめした。
そういうアンビバレントな魅力も神楽の持つひとつの運命だなと、今はもう諦めの境地で認めている。
そう、銀時をうちのめすための運命だ。






だいたいにして…



こういう女の子を、娘にせよ身近に置くのは、これが最初で最後だわ。



と予感ではなく、真実そう理解しているのだ。
二十代後半で十三,四の娘の保護者的役割なぞをしてきたが、神楽のようなタイプの女はお目にかかったことがなかった。神楽のようなのは神楽が最初であり、最後であると、まるで深刻な事実を噛みしめるように銀時はうなだれる。
自分の前に神楽が現れたことはもちろん幸運なことだが、ある意味とても不幸なことではないのかとかなり早い時期で憔悴したことまである。
むしろ神楽が来てからというもの、銀時の悩みは神楽一色だった。
この先どんな女にせよ、自分の傍に女ができるということはないだろうという気が着々と銀時の中には育っていって、もはやそれは確信ではなく事実だ。悲しいことに今までも特定の女を作ったことはないが、神楽がいるかぎり、それは絶望的だった。
というかそれは神楽というものが、銀時の胸の中で、女が占めるはずの場所いっぱいに存在しているからだ。
神楽でなければ無理だということが、絶望的なのだ。
神楽一人の存在が、男が何人もの女に求めて、それでも完全には与えられないもの全てを満たしてるみたいに、自分という男を途方もなくいい気にさせて、途方もなく怖がらせる。
一人娘というものは父親の最後の愛人だというが、だが自分の場合は、神楽とは実の親子ではないし、神楽が最初で最後の恋人だといっても間違いはなさそうで、とにかくこの思考にうわぁとなった。
男の冷静さを持ってしても、銀時はその抗いがたい欲望の先を遮断できなかった。


銀時の知るかぎり神楽は、出逢ったころから実は誰よりも大人だった。まだ十四歳のころからそうだった。
男女の機微やそういった事情を知ることが大人なのではない。一人で生き抜く力があること。誰にも頼らず一人で立って、立ち上がる力があること。神楽にはすでにそれが備わっていて、そうできるだけの力と強さがあった。
そんな達観した少女が少しずつではあるが、銀時たちと過ごすうちに、早くして脱した子供時代の自分を取り戻すように、銀時のもとで羽を伸ばしていった最初の一年間。
時おり普通の十四歳よりもいささか幼く見えた少女は、十五歳になる頃にはいつしか、それらとも釣りあいを取るように落ち着いていった。
アンバランスさを内に秘めながらも、大人ぶった嗜好や客観性がその身体の成長とあいまって、それでいて男の破滅願望を煽るような小悪魔ぶりや無垢を天然で発揮するもんだから、同年代以上に大人の男たちを虜にさせた。
属にいうおっさんキラーというやつだ。
中にはタチの悪い犯罪者や、イケ好かない金持ちなどの変態もいて、婚約したいなどと殺したくなることをのたまう奴まで出てきて、銀時の苦労は後を絶たない。
一般的な少女美を求める者たちを満足させるような、ある種のそういった類のものであればまだよかったと思う。
甘ったるい清潔な繊細さ、ガラス細工のような脆さ。だがそういうものが神楽に全く無いわけではなく、それらも時に秘めながら、もっと危険極まるものを振りまくのが神楽の厄介な魅力だった。
神楽からは、相変わらずふてぶてしいほどの居直りや、野放図な怠慢さ、ドライで皮肉な視線、毒舌、終わることを知らない冗談、悪ふざけ、……そんなものが悪魔のように漂っていた。
でもそういうものさえとてつもなく美しく見えてしまうような、そんな怪奇な個性を神楽は自分のものにしていた。
そして十五歳も半ばを過ぎるころには、男の精神を一目で破壊しかねない身体つきまで徐々に携えるようになって、正直参った。


相変わらず、銀時に対しての盲目といえるほどの信頼も顕在だった。
なぜか銀時の言うことは鵜呑みにして、それを信じたまま神楽は大きくなってしまった。


そういう特権要素をこれでもかと掌中に納めた女を可愛がることに馴れてしまうとだ、もうこれが自分のモノだと疑わずにはいられなくなるというか、ぶっちゃけ神楽が自分以外の男を許すと考えただけで吐き気がするレベルだった。
銀時は二十数年の人生を振り返っても、どんな女の場合にも、神楽に寄りかかられる時のような、甘い歓びを覚えたことがない。下目使いに神楽を見やる銀時の目にもはや隠しようのない甘いものが宿り、殆ど恍惚として、その手は神楽の肩を掴み、抱き寄せるようにして道を歩きもした。
どう考えても立派な牽制である。
そしてそういう銀時に文句も言わず、あの神楽が鬱陶しがらずされるがままでひっついてるのだから、周囲がもう先に認めているようなものだ。


まだ十六にもならない少女だが、神楽は銀時の許嫁同然だった。
いやむしろ幼妻、若い奥さん同然だった。


神楽がこれについてどう考えているのかはわからないが、憎からず思ってくれていたら銀時は天にも昇る気持ちである。
お願いだからここまで骨抜きにしたオッサンを捨てないでくれよ、ちゃんと貰ってくれよ、とまさに告白もしていないのに結婚を控えた恋人気取りである。
少女は稚いが、もうずっと以前から自分をどこかへつれて行かせる、自分を抑えられなくするものを常に持っていた。
銀時は、自分の胸の中に折りに触れ持ち上がってくる苦しいもの、切ない塊が、恐ろしいものだと知っていた。育ててはいけないものだとちゃんと解っていた。その苦しい塊は、いつ何時恐ろしい欲望に変わるかも知れないものだからだ。
自分の中の切ない塊を、どうやってでも抑えなくてはならないと思っていた。
けれどどうやっても無理だった。
神楽が自分をじっと見上げるような時、銀時は胸の中に持ち上がってくる、熱い塊のようなものを抑えてきた。
胸の中に熱い息を吐き、艶やかな神楽の髪を苦しげにそっと撫でてきた。
自分は神楽が可愛くてならないのだ。
神楽以外考えられないのだ。
この気持ちをどうにか汲んでくださいと。
だから銀時は今日も祈るようにして神楽の肩に腕をまわし、覗き込むように少女の瞳を熱く見つめる。












fin
千の享楽も一つの苦悩に値しない



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08/09 01:38
[銀魂]




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