失った恋のさらし首 -2-







「それで──……銀ちゃん、なんて?」


テーブルの下できゅっと両手を強く握り締め、神楽は顔をあげた。
唇を噛みしめていなければ今にも泣き出してしまいそうな自分を、そうやって励まし続ける。


土曜の午後。アイボリーと木目調のインテリアで整えられたファミリーレストランの店内は、女性客やカップルのにぎやかなお喋りで充満していた。
神楽も目の前の男と二人連れだ。傍目には、美男美女のカップルに見えるだろう。
トレードマークのチャイナドレスは、上等な錦糸で織られたラベンダー色。左胸から腹の辺りに色味を抑えた花喰鳥の可憐な刺繍が入っている。胸のあたりが小さくドロップカットされ、袖が浅い露出度の高いタイプだが、その美しいプロポーションを余すところなく伝える豪奢で贅沢な造りは、彼女に非常に良く似合っていた。刺繍入りの靴は小さな足を偲びやかにおさめる黒。腿を動かすたびにシャンパンゴールドのタイツに包まれた美脚が艶やかに光る。
両サイドをお団子で纏めたスタイルだけが、彼女のいまだ幼い年齢と、童顔のアンバランスな魅力を際立たせている。
ただ、その背中の真中を越す程にまで伸びた桃色の髪は、──入りきらないお団子から垂らしてはいる──ほっそりとした肩や淋しげな表情をやわらかく縁取り、光の加減によって微妙な色合いを織りなす青い瞳も、長い薄紅色の睫毛のせいか、どこか人恋しそうな影を帯びていた。
月日は、幼くも強烈な生命力に満ちた少女をガラリと変えていた。


二年前、無邪気に土方の前髪を引っぱりふざけて見せたあのあどけなさを、いまそこに見つけることは難しい。
『鬼の副長』などといった肩書きを持つ彼にも恐れず、生意気にも毒を吐き続けてくれた少女を、どんな歳月が磨いたのか。
彼女は、数日前再会をはたした男とは、違う意味での変貌を確かに遂げていた。
いま彼女を包むのは、全身から醸し出される、未完成な成熟だ。
彼女を一目見たならば、胸に刻まれるのはその愛らしさではなく、危ういまでの美しさ…。
めったに笑うことはなかったが、それでも昔から、たまに小さく笑う前に、小首を傾げるのが癖であったように思う。
それは愛らしい仕草で、見ているほうも思わず釣られて笑いたくなるようなものだった。
だが、いま小首をかしげて微笑む姿には匂うような華がある。彼女の意識とは関係なく、男の胸を蕩かすような蠱惑の色が滲む。
そのどこか影のある感じでさえ、いまの彼女の場合好ましい要素として取り込まれ、不思議な魅力にさらに磨きをかけているように思えた。
何がこれほどまでに少女を変えたのか……。
と、土方は心の中でつぶやいてみる。
答えはとうに知っていたが、それがあの少女をここまで作り変えてしまうのかと思って、見つめた。


───『 』とは、これほどに力のあるものだっただろうか…。


色恋に比重を置くなどもってのほかで、士道不覚悟だと、過激な日常を過ごす土方にとって、この少女の変貌には寂しいものすら感じてしまう。
年齢的に見ればまだまだ十分子供ではあるが、顔見知りの少女は大人になった。男に愛されるべき女になってしまった。
それを土方は寂しく思う。
あれは、たった二年前のことだったのだ…。
部下の総悟と無邪気に諍いをしていたのは、戯れに彩られた日常を自分にもたらしてくれたのは、たった二年前のことだった…。


「マヨ?」


呼ばれてハッと我に返った土方を、神楽は真剣に見つめていた。
向かい合って座る彼、土方も絵に描いたような色男である。他人には羨ましいくらいの二人かもしれない。
けれど今の土方はかなり困惑し、神楽に申し訳なさそうな顔を見せていた。


「───いや、それがなぁ……。 あの野郎、自分の居場所をお前には教えるなって……」


ほとんど無意識のうちに着物の懐から煙草を出し、それからここが禁煙席であったことに気づいたらしい。土方はさらにバツの悪そうな顔で煙草をポケットに戻し、コーヒーカップを手に取った。


「必要があれば、自分から連絡するからって……。あいつ、携帯とかも持ってねえみてーだし」
「そう……アルか」
「もう一度会ってみるから…」
「元気だったアルか?」
「…あ―…まぁ、な。 でもあいつ…髪は黒に染めてるしよ…、『坂田』じゃなくて『茨木』とかいう偽名まで使ってたしな」


この二年の間に、いや、そもそも二年前に銀時と神楽の間に何があったのか、土方は知らない。
それでも男の少し痩せた容貌から、以前にも増して生気を無くした瞳から、まるで身を隠すような暮らしぶりから、察して余りある事情があるのだとはうかがえる。


「……変装…してたアルか」


震えるか細い声が、土方の心をさらに重くする。


「いや…そこまでは見えなかったが…」


じっと彼を、その一挙一動、言葉の一語一句さえ聞き逃さないようにと突き刺すように見つめていた神楽の瞳が、膜を張ったようにじわりと潤んでいった。
あの男の、陽光のした──鈍く光る銀色を、思い出しているのだろうか、少女のガラス玉のような綺麗に澄みきった瞳に、窓から差し込む柔らかい光が滲んだようにたゆたう。儚くさえ見える表情のなか、瞳だけが濡れたような情熱を灯している。
土方の薄く開かれた唇に、彼女を映す漆黒の瞳に、何度も濡れた瑠璃色がせつなげに交錯する。
まるで…今にも叫び出してしまいそうな迸情を堪えるかのように、下唇がギュッと噛まれた。


「『茨木』って知ってるか?」


桜色の柔らかな美肉が、痛々しく窪む。


「知らないアル。 銀ちゃんは自分のことは何にも話さない人だったから…」
「……そうか」
「一年しか一緒にいなかったし…」


そう──もう三年も前なのだ。
カップの中で渦を巻くココアを見つめ、神楽は小さく吐息をつく。
初めて出会った時、神楽はまだ十三歳になったばかり、銀時は二十代半ばを越えたあたりだった。
あの当時のことを、神楽はまるで昨日の出来事のように、今も鮮明に思い出せる。だけど…



───銀ちゃんは、今ここにいない。



「マヨ。 銀ちゃんが働いてるとこ……教えて欲しいアル。私、行ってみたいネ」
「それは…、駄目だ。 あいつに頼まれてるし…。俺もよくわからねぇけど、あいつにも何か事情があるみたいだしよ。まだちょっと、オメーに会える状態じゃないんだろ」
「会わないアル。銀ちゃんには会わないで、ただ様子を見てくるだけだから───」


神楽は懸命に食い下がった。
けれど土方は静かに首を横に振る。


「俺がもう一回、あいつに会ってきてやる。ちゃんと話も聞いてくるから」


土方の声や表情は神楽を気遣って優しかったけれど、それ以上どんなに頼んでも神楽の願いは聞き届けられないと、言葉の外でははっきり告げていた。


「大丈夫だ…。 必ずあいつの方から連絡させるから。 今は待ってやれ、な」


神楽も黙ってうなずくしかなかった。








01/18 18:10
[銀魂]




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