まるで美しき猫の分娩








眼を光らす怨み、眠る猫
僕に呪いは掛けられない
まともにじっと見つめてやろう
不幸、虐待、死も悪も
こっちに埋まればお相手するぞ

───G・ヌーヴォー









灯影のせいか、神楽の目は魔のような曇りが一際加わっている。
ちろちろと揺らめく炎のように、少女は微妙に変わっていた。
変わったというなら銀時もそうだが、神楽はさらに酷く綺麗になっていた。馬鹿のような小憎たらしい顔を、一皮下に隠しているとは思えないほど大人びてきた…。憎いほど艶を増した脚から先に、いつもの傍若無人な様子で玄関まで来たが、土方をちらと見ると、むっとしたように瞳を据えた。
何処かに、つい最近までにはなかった、濃い甘えの蜜がある。
その神楽の姿態に目をやった土方は、傷ついた獣を見るような、深い哀れみを感じると同時に、何処かわからぬ闇の世界へ、自分がこれまでにも幾度か見ていたはずの或る世界へ、惹き入れられようとする危なさを覚えた。
じっと、自分を視る神楽の目には、土方に対する、幾らかの罪の意識が奥深く潜んでいるようにも思える。土方が道徳を説いて、罰することのできる身分であるという事実に、子供ながらの理解と後ろめたさがあるのかもしれない。
悪戯に火遊びをやった子供が、思いがけない痛い傷を負った。そんな目でもある。だがもちろん許されると、信じている目だ。許されなくとも、一向に構わないと、知っている目だ。



愛しげな銀髪の男の掌が、酔っていてさえ息苦しげに、少女の頬を軽く撫でるのを見た時、土方は得体の知れない魔の癇癪に胸の奥が焼き尽くされたように感じた。


送り届けてやるなり玄関に倒れ伏し、神楽が来るのを今か今かと待っていた男は、現れた少女が持ってきた水のコップを嬉しそうに飲みほして、第三者の存在に驚く彼女になど物ともせず頬ずりをした。
頬と頬を触れ合わし、そうして嫌がらずにいる少女は、だが緩く悶えるように、密かに身をねじり、うっすらと唇をひらいた。
まるで、自分の頬の皮膚に、鋭敏な感覚が走ったとでもいうように、少女の稚い媚態を目にした土方は、衝撃を受けた。
そうしてじっとりと見上げてきた神楽の瞳に、また胸を衝かれる。
暗い玄関のオレンジ色の電灯が、鬱蒼と青い少女の瞳に、仄暗い蔭を反射していた。
銀髪の男がのそのそと神楽を抱き上げる。緩慢だが、酔っていたとは思えないしっかりとした足取りで、そのまま靴を脱ぎ、廊下にあがった。
その時、娘の中の肉の獣とでもいえばいいのか、獣の仔のような何かが、自分を見る土方を捉まえ──確実に捉まえている銀髪の男に対する歓びさえも、強かに噛みしめたように──幽かに微笑った気がしたのだ。
抱っこされた状態でも、神楽は土方をじっと見ていた。
この娘は、自分からは絶対に目を逸らさない。肉食動物が餌になる獲物から目を逸らすことをしないように、けれど草食動物のような警戒もある。それに銀髪の男は気づいているのか、へらへらと嗤って振り返ったが、少女を抱く腕にはぎゅっと力が入ったのはわかった。これは自分のモノだと、見せびらかすような態度でいながら、誰にも奪われないよう必死で玩具を抱きしめる少年のようでもあった。男は慇懃に土方に礼を言った。
土方は神楽から一切目を逸らすことができず、頷くだけだった。
頭の中では先ほどした男との会話がゆっくりと廻っていた。



『………うーあ゛ー、久しぶりに飲むと酒がまわるなぁ、多串くん』
『うぜー、絡むな酔っぱらい』
『依頼人にぜひにって誘われてさぁ、断れなかったのよ。 はぁー…』
『……禁酒でもしてたのか?』
『 早く帰ってやらねーと、パンパンさせてくれないしさぁ…』
『…………は?』


神楽ちゃん、寝ないで待っててくれっかなー…。


直後、うえっと盛大によろけた銀髪が、地面にダイブしかけたのを咄嗟の反射神経で掴んでしまった。
よもや見せびらかしたかったわけではあるまい、とはさすがにもう言えないほど、あからさまだった。
だが、土方の中の不毛で不穏なものを、この男が敏感に嗅ぎ取っていたというなら、話は早い。
少女とのいくつかの遭遇や、ふとしたやり取りすべてを、この男が目にしていたとは思えないが、何かしら土方に対して思うところはかなりあったのだろう。
一言も発せず、ようよう踵を返した土方の視界の隅に、世にも奇妙な美しい獣の仔が、くったりと飼主の腕の中で、またくねった媚態のようなものを押しつけているのがわかった。
少女の中の肉食獣は、痺れるような幸福の中に、手も、脚も、思うさま伸ばして寝そべり、体をくねらせて、男の中から溢れ出る愛情の蜜を、咽喉を鳴らして呑みこんでいる。
この娘は、肉食獣の持つ魔を、自分の目の底に潜めて、銀髪の男に見入っている。
男はそんな神楽の様子に、愛情に耐え得ぬばかりに見えた。


一層酷くなる二人の様子を見てしまい、だが土方は、憐みよりも怒りのほうが大きく支配している自分に辟易とする。
そこに苦しみまで覚えてしまっている自分が、実は誰よりも滑稽なのではないかと、そう至らずにはをえないのだ。
この息苦しさは一体何なのだと。土方は隊服のスカーフをいつの間にか握り締めていた自分に気づいて、夜道をひたすら歩いた。










fin


more
02/06 20:33
[銀魂]




・・・・


-エムブロ-