麗しのサブリナ







神楽は元来おしゃべりなタチではないのだ。物怖じせず、人見知りもあまりしないことから、親しい者たちの前でも毒舌のオンパレードだが、五月蝿くは感じない。
むしろ、まあるい頬が黙っていると、むっつりむくれているようにも見える少女だった。大きな瞳がじぃぃーっ、と逸らされることなく大人たちに挑んでくるので、正直うろたえることのほうが多い。まっすぐに見つめられると、毒な視線だった。
毎日一緒にいる銀時がそう思うのだから、たまに会う知り合いや、町で行き交う見知らぬ他人の男など、いったいどんな気分がするんだろうと考えたことがある。
……そう、だから目の前のこの男も、悪しからずそうなんだろうと気の毒には思うけれど。


「何うろたえてんの、マヨ方くん」


だからといって見なかったフリはできない。
おもむろに立ち上がった男の背中を睨む。


「逃げるほどのことですか」
「っ…あぁ!?」


案の定、つっかかってくるからバカなんだバーカ。
キョトン、としている神楽を自分の袖に慕わせて、銀時もよっこらせと立ち上がる。


「………」
「………」


お気に入りの甘味屋での軒先。
久しく会っていなかった天敵と鉢合わせたが最後、こうなることはわかっていた。
向かい合って睨み合うと、ああ、ホントむかつくなコイツ───とお互い思っていることがヒシヒシと伝わってくる。
神楽に思いのほか、その変態嗜好を理解されてるコイツが非常におもしろくない。
だいたい、団子にマヨをぶっかける前に、じっと見つめられたからソレをやめるなど、オメーのマヨへの愛はその程度だったんですか!
たとえば非難ごうごうに見つめられでもしたら、この男のことだ、迷わず大量にぶっかけて、それこそ嫌味なかぎり無視しただろう。それが小娘の理解あるまなざしに見つめられただけで──、こうも堕ちるもんなのか?
挙句の果てに、あせって落としたマヨまで拾ってもらい、銀時を挟んだ長椅子の向こうからニュっと小さな手を突き出されて…


『……味見してみるか?』


ハアァァァァァァ!?


オイオイオイ、いい加減にしろよテメー。この前、ウチの仔それで吐いちゃったからねッ!
しかもそれには首を振った神楽が、けれどまだマヨで汚れていない団子を指さすものだから、一瞬首をかしげた男は数秒後、無意識に、自然と、一本与える行為に走り───「は…ッ!?」、と自らの甘さに気づいて狼狽えるというアホさ加減。それも、銀時の目の前で……。
だいたい神楽は、何も喋らずに黙って行動に移すこともある奴なので、その不足の初動に、固まってしまうことも少なくないのはわかる。わかる、け、ど、も。…。
こうまで他人に向けての神楽の不思議な引力を、目の当たりにすると、銀時だってもうどうしてやろうと思うわけだ。
たとえば、銀時にするような簡単な欲求、何かを取って欲しい時などは、ニュっと小さな手を神楽は突きだす。アレ取ってヨ、こっち貸せヨ、そんなこと言わなくても欲しいものの方に手を伸ばせばわかるから、黙ってニュっと手をだす。すると、その小さな手のひらの上に、誰もが目的のモノを乗せてくれるのだと疑いもしいない。銀時に至っては、それこそもう 『あ・うん』 の呼吸である。
けど、かといって決めつけているわけでもなくて、乗せてくれなければないで自分で取るか、またそれのある方へ腰を伸ばして、ますますびろーんと手を差しだし、あげくに、坐っていたソファからひっくりかえってしまうこともあった。
基本、怠けものに出来ているのだ。
こういう奴なんだよ。ほんとしょーがない仔なの。 
不逞な娘だが、不遇には慣れていて、最後まで人に頼らない不動さもある。ただこの場合、やっぱり面倒くさいからと、一人ぼっちの時でも歩いて取りに行かず、腰を伸ばし、手を伸ばし、あげくにずるずる床を這い、掴んだとたん、寝転んだままというやり方だった。
しかも何が悪かったのか、男は女と子供に甘いもんだ、と思いこんでるふざけた誤解がある。男はケダモノだと教えはしたが、自分に不利になるようなことは一切言ったつもりはないのに…、神楽はまさしくそう思いこんでいる。
だから、男が手のひらの上へ欲しいものを乗っけてくれても、当たり前に思って、めったにありがうなどとは言わない。…まぁ、愛想よくしたり、媚を売ることもないので、その点、すがすがしいまでに自己中心的だ。
だが間違っても不親切なのではなく、反対に相手が神楽になにかを取って欲しいのだと分かると、届く範囲なら黙ってニュっと突きだしてくれる。(──さっきこの男のマヨを拾ってやったように)。そのかわり大抵、迂闊で自分優先だから、相手が何を欲しがっているか、見当ハズレも甚だしかったりするのだ。 
ただし、何度もいうが、根は親切なので、ダンボールに住んでいるジイさんにまでその態度は変わらない。神楽は全く他意なく、男であれ、女であれ、接しているのだとわかる。だから、これを徒っぽい性癖だとは銀時も思えず、けれど、どこかしらこちらの反応を引き起こされる誘引も含んでいるので、生来持ちえた本能的な悪癖だと銀時などは考えてるわけだ。


(……そう、俺には運命的に、こんな小悪魔がひっついてるってわけ。)













「……ねェ、マヨ方くん。 ウチの仔、あんま餌付けしないでくんない?」


蔓延る所有欲は悪意に変えて。
まだきっと…、たぶん、ぜったい、踏みとどまってくれるだろう男に、釘を刺した。
これ以上、転げ落ちないでほしい。










fin

逃げるほどのことですか。


more
02/14 17:49
[銀魂]




・・・・


-エムブロ-