野獣主義 -3-





「げっ マヨかヨ!? お前こんな所で油売って何してるアルカァァ!そんな暇ねーダロォが!」


開口一番、小娘の怒号がとどろいた。


「っ、オメーが勝手に行動すっからだろォォォ!? オメーらの所為でこっちの指揮系統は乱れまくりだっつーのッ!なんで大人しくしとけねーんだテメーは!!」
「お前等がトロいからヨ。おかげでウチ吹っ飛ばされたんだゾ。今日から住むとこどうしたらいいネッ。宿無し文無しだヨチクショー!どうしてくれんだアアン!?」
「知るかァァァァ!! 文無しなのはテメーの上司のせいだろコラァ!!」
「あっ、そうネ、銀ちゃんどこ行ったか知らないアルか?」
「知るかッ!!」


……とまぁこんな感じでいつにも増して罵詈雑言が飛び交ったわけだが。
発見したからには仕方なく、つかず離れず小さな凶暴な背中を見守りつつ俺としては組んで行動していたわけで、運良く最後の大ネズミが潜んでいそうなところを追いつめた。───そしたら、ビンゴ。


「どうするネ? とりあえず殺ッとくアルか? それとも連行して、ゴリラんとこに連れてく?」


ムカつくからここで腕のニ、三本ぐらいへし折ってお前のせいにしておいてもいいケド? …などとその毒の唇から物騒きわまりないことをほざく。


「……の前に吐くことがあんなら、急いでもらわねーとよ。近藤さんとこに連れてくのはその後だ」


きったねぇ用水路の壁に背をついて座り込んで、両手を上げた中途半端なロン毛の男に、二人して刀と愛銃を向けながら、顔は見合わせずに会話をする。


「わかったネ、じゃあとりあえず指からいっとくカ」
「……ちょっと黙っとけお前は。 ──オイ、どうなんだテメェ、まだどっかにハッパ仕掛けてんのか?」
「喋るとでも思ってんのかい、ロリコン兄ちゃん」


確かに俺よりは幾つか歳上だろう。さすがにイイ面構えのテロリストは、唇の端を引きつらせ、侮蔑の笑みを浮かべた。…いや、俺もこの状況はどうかと思うけど。仔娘連れてるだけでその解釈おかしくね?


「喋ってもらわねーと痛い目みるぜ。仕掛けてねーならさっさと吐きやがれ」
「そうそう、これでもコイツの結構マジなお願いアルゼ。喋った方が身の為アルゼ。な、相棒」
「誰が相棒だ」


この妙に緊張感の無い空気のせいだろう、冷たい銃口に見つめられても男は怯まない。というか、自分を殺せるわけがないとわかっているんだろう。何故か警官を差し置いてしゃしゃり出てくる仔供の戯言だ。舐めてかかっているのは一目瞭然。
つっても…確かに、こいつからは目先のことを含めても、色々聞き出さなきゃならん情報がある。絶対に殺すな、とのお達しが出ている。そういう気配も相手には伝わるもんだ。


「どうしやすか、室井さん」
「どうするかなー…って誰が室井だッ!」


いちいちゴッコ遊びしてる暇はねーんだよこっちはよォォ!


「ここで協力的態度を見せるなら、『銃殺刑』 は免れるアルヨ?」


常套句、意外に正当派ぶりたいお年頃らしい。非常に合理的な申し出というか、脅迫だ。


「……ま、上で死者が出ようもんならテメーにはどの道何もねーけどな」


だが、俺たちのそんな提案に素直に乗るような相手ではなかった。こんな掃き溜めに、思わず変な気分になりそーな美少女が (顔だけはいいからなコイツ) 銃口向けて狙っているというのが、またイイ感じのシチュエーションだったのか、下卑た笑いを浮かべ、


「近藤って言ったな。てめえらあのマヨラーの手下か。──噂には聞いたことがある。真選組の“鬼のマヨラー”の配下には、凄腕の天才美少女剣士がついているってな。あんたのことか」


………。


「……アニキ、こいつ激しくツッコミどころ満載な奴アルな。ぶっとばすカ?」
「……ああ……いや待て!」


すぐさま愛傘を振り上げようとした神楽を押さえ、土方は自分の持つ刀の刃を男にカチリと向けた。
…ほんと、情報のリークするべき根幹部分が激しく間違ってる。こんなテロリストいるか? つーかお前ほんとにテロリストの実行犯? 敵の情報ぐらい正確に掴んどけやッ。…いや、それとも「マヨラー」は替え歌みたいなもんなのか。知ってて今バカにされてるってか?


「私のことを知ってるとは大したものネ。 『十六連射のグラさん』 とは私のことヨ」


っおいィィィ! 何勝手に話すすめてんだテメェェ!余計ややこしくなるじゃねーかっ!! 面白がるのも大概にしとけや!!


「なにっ 天才美少女剣士じゃないのか」


オメーもいい加減にしろっ!


「美少女だけど剣士じゃないアル」
「〜〜〜っチャイナッ! ちょっと黙っとけってお前はッ!」
「うっせーぞ、下っ端が」
「オイぃぃッ!!下っ端っつーのは俺か!?俺のことか!?」
「…えー…おにいさん、マジでコイツのこと知らないアルカー?」
「知るか」
「〜〜〜っ〜〜っっっ」


情けないことにこの時の俺は容赦なく刀を振り下ろそうとしたところを後ろから爆弾娘に止められていた。そしてコソッと耳打ちされる。


『…ここは私の部下ってことにするアルヨ』


ふざけんなっ!


「アニキぃ、落ち着けヨ。どーどー」
「っ〜〜〜…………チッ」
「なんだ、真選組の奴らってのはー…血気盛んで若いねぇ。お嬢ちゃんいくつだ?」


神楽は男の問いには答えなかった。


「将来有望じゃねーか。──俺が立候補してやろーか?」


卑俗な嘲笑にも、眉一つ動かさない。でも、そういうのが却ってこの手のタイプをそそっちまうってことも有るもんで。


「おいおい、口には気を付けろよアンタ。この爆弾娘怒らすと怖ぇからな」


一応、本心で忠告してやった。


「お前らこそ爆弾テロばっかりに気を取られて、足元すくわれんなよ? 俺たちの計画の目的は、一つと限らないんだぜ」
「どういうことだ?」


神楽の引き金にかかる指が少し動いたのを横目に、問い詰める。


「おっと、撃つなよお嬢ちゃん。俺を殺しちゃマズイんだろ? この口に喋らせたいことが山ほどあるんだろうからな」
「爆弾テロ以外に、別の計画があるとでも言うのか?」
「アニキ、こいつのホラじゃないアルか?」
「ハッハッハ、無能な番犬の親玉の、某ゴリラの命(タマ)を獲る、とかなあ」


野郎が、ハッタリにしても物騒なことを口走った。
──その時もまだ、仔娘は表情を変えてはいなかった。


「……今日押さえた拠点じゃなく、別働隊がいるのか?」
「さぁな。そんな計画これまで何度となく練られてる。いざ実行に移すのに、さほど判断は要しないさ」
「答えるネ」
「嫌だね。だいたいさっきの爆破も、俺ァもうちょっと威力大きめで設定してたんだけどよ、思ったよりパッとしなかったなぁ。二階の奴等が生き残ったって話じゃねーか。今度からは我慢せず派手にいくと思うぜ」
「下らねえお喋りはいいアル」
「答えろ! 爆発物を仕掛けたのかどうか。近藤さんを狙った計画ってのは何だ!」
「ハッ! さっきの住人殺しときゃよかったか? まだ一般市民に被害出てねーからお前ら余裕でいられるんだろ」

「……答えろヨ、おっさん」


その声は冷静だが、張りがあり、厳しい圧力に満ちていた。カマシじゃない。本気だ。…でも、つーか…だから何でお前がでしゃばってくんの!?
だが、ヤツにはその違いが分からなかったらしい。


「特殊警察てなァ良いご身分だねぇ。こんなガキの女も連れて。ゆくゆくはご奉仕でもさせるつもりか?
お嬢ちゃん、セクハラされたら訴えなよ? でないと超過勤務もいい所だ」


オイお前、言葉に気を……付けろ、と言う前に一瞬、一応、神楽の顔を見やって───
そこで、俺は凍りついた。


仔娘は、男に銃口を向けたまま……実に艶然とした笑みを浮かべた。
そりゃもう、今まで俺が見たことない程に凄絶な、ぞっとするほど艶めかしい。

普段、ふてぶてしい厚顔な居直りで、まったくオヤジか? ってぐらい“女”を意識させないクソ餓鬼のコイツが、愛傘を差し向けたまま、こんな“女”の顔を見せるなんて。
俺だけでなく、目の前のテロリストも、その笑みに意識を奪われ、惚けたのが分かる。
だが次の瞬間、チャイナドレスを翻したブーツが鋭く男の横っ面を蹴り上げた。もう、そりゃぁ固い固いゴム底でだ…。
ヤツは口の中が切れたか歯が折れたか、「ぎゃッ!」 と情けない声を上げて倒れ込んで、血反吐をボタボタ吐いた。
神楽の突然の暴挙に、俺は唯々たまげる。


「ッな、何すんだテメェェ!! 不当な暴力は……っ!!」


正気を取り戻すなり、男がもっともらしく法的権利を主張しようと口を開いた瞬間、閉塞感のある細長い空間に、銃声が2つ響いた。


「チャイナ!」


弾丸は地べたに這いつくばった男の頬をかすり、そこに細い血の筋が伝う。


「おっ……俺を殺すわけには、いかない……はずだ……っ」


地面に転がったまま起きることは出来ないが、男が自分の不安を押し殺して問いかけるように、引きつった薄笑いを浮かべて言った。そうだ。絶対に殺すなと言われている。
殺しちゃヤバイんだよ!わかってるよな!?
俺は男の状態を確認しながら、この暴挙をぶちかましたおっそろしー仔娘の顔を伺う。
そして、息を呑む。
もうあの艶めかしい笑みは、跡形もなく消えていた。
その代わりに、ひどく冷たい、男を見下ろす目があった。


「───勘違いしてるみたいアルが。 口さえきければ……五体満足である必要なんて、何処にもないのヨ。 『殺すな』 つっても私には関係ないしナ」


どんな惨たらしい仕打ちも躊躇うことはないと思われる、冷酷な夜兎の眼差し。
神楽はうつぶせになった男の肩口に、またブーツの先を引っかけると、ヤツの体を思いきりひっくり返した。男は先ほどの蹴りの感触がまだ鮮明に残るからか、ブーツが触れただけで短い悲鳴をあげた。その声を更に押し潰すように、仔娘が男の喉元に足をかける。


「悪いけど私、チンピラ警察って名の税金ドロボーは嫌いなんだよね。コイツとおんなじ仲間なんてちゃんちゃらおかしいアル。 土下座して謝ってもらおうカ」


……おい、お前が否定しなかったんだよな?


「でも、一応選ばせてあげるヨ。何処からが良いか」


ぐっと力が入れられると、気道が圧迫され、男の喉から踏みつぶされたカエルのような声が漏れた。
……ヤバイだろ。色んなイミで。

これまで何度も修羅場を踏んできたが、こんな、側にいるだけでも肌が切られそうな殺気を隠しもしない女は、見たことがない。いや、殺気とか、そんなものですらない。これは……既に“魔物”だ。そんな、危険な目だ。毛穴が開いて、ビリビリする。


「手? 足? 右左、どっちからがいいアルか? それとも……それ以外でも良いケド」


右手は男の顔に銃口を向けていたが、いつの間にか左手に、何故か出刃包丁が握られていた。
……こいつ、普段からまさか、武器の五つや六つは裸にするまで出てくるんじゃねーのか。さすが傭兵部族・夜兎。
と、変なところで感心していたら、その左手の刃物が、男の下半身に向けられた。


「───オトコ、やめるカ?」


ヤバイだろ。ヤバイですこの仔。つーか俺は変態か…そうか……そうなのか……。いやだってマジで何でか、何でか知らねーが腰から背中にかけてがゾクゾクした。 俺は決して、そういう趣味の男ではないはずだ……。

容赦なきブーツの蹴りにより歪んだ男の唇の端からは、泡立った血の色が混じる涎が零れ、眼球は飛び出しそうなほど見開かれたまま不規則に泳いでいた。そして、喉を潰されそうな体勢のまま、ひゅーひゅーと、風穴を吹き抜ける寂しい風のような絶え絶えの呼吸。
その無様な男を見下ろす残酷な獣の瞳はあくまで冷たく、美しい。


ああ、何で……こうなった……?


男の目に映るものは何だろうか。想像を絶する凶暴な目をした、美しい獣。血を求めるかのように、妖しい光を放つ出刃包丁───それが恐怖であっても、そこから目を離すことが出来ない。
たぶん俺はその時おかしくなっていたんだろう。獣の狂気に引き摺られていた。それは確かだ。
ああ、贅沢な最後だな、などと刹那に思ったなんて、誰にも言えやしない。墓にまで持っていく厭な秘密ができちまったなんて…。
大体あんな目で正面から見つめられたら、大抵の男は絶対に逆らえないはずだ。雄蟷螂みたいに、喰われちまってもイイと、叫んでしまうだろう。愚かな男たちの命を喰らうことで、獣の娘はどれだけ美しくなることか。
その為なら、この身を捧げても良い──喰われることで、一つになれる。
美獣の内で、その皮膚の下に満ちる肉となり、血となって体内を流れる…………いやいやいや、いかん、いかん。俺はマゾじゃねェェェェェ!!!
夢もへったくれもない、そんな危険な妄想。
濃厚な甘さの、猛毒のような欲望。


───いかん、まじでやめろォォォォォオオオオッ!!!
俺の好みは、こんなんじゃねーんだよ。もっとたおやかで、しとやかで。心の安らぎ! もしくはお互い了解して遊べる大人の女なんだよ! 頼むから鎮まれ、妙な気分んんん……っ!


けれど。


あの時ほど、アイツを美しいと思ったことはない。そして、恐ろしい“女”だと思ったことも。


神楽は警察の俺を差し置いて、テロリストに爆発物の仕掛け場所などを吐かせることに成功した。後は俺を無視して銀髪の飼い主の元に向かった。残された俺は、遂にイッちまった男を見下ろし、取りあえず応援が来るまで見張るだけ。
ちなみに、近藤さんに関する犯行についてはでまかせだった。


ある意味、死よりも深い恍惚の恐怖を見た男に、だが同情など無論なかった。
それくらい、あの時の獣は凄絶な美しさと、“死”に肉薄した、どうにもエロティックな香りを放っていた。
横で見てる健常者の俺ですら───
まあ、結局のところ、天国も地獄もそう大差ないわけで。
紙一重の世界なわけだ。


痛感するっきゃねーわな、あれじゃァよ…。


銀髪の気分もわかるってもんだ。


大体、男の暴言にキレたのか、あるいは銀髪が死んでたかもしれないというブラフにキレたのか。目的のためにはいとも簡単に酷薄になれる女の業の深さを、俺はその日、初めて見せられた気がした。もしかして“女”というのは、本質的に皆、ああいう存在なのか?
いや、全部がそういうわけではないだろう。───あの仔娘が特殊なんだ。きっとそうに違いない。


俺たちの世界では、婦警や女同心についてよく、「女であることを捨てて戦う」、なんて陳腐な文句を聞くことがある。だが、何ものにも縛られることのないアイツはそれこそ違うんだろう。
だからこそあんなにも、ドブ臭ェ薄汚れた掃き溜めにその身を置こうと、獣をみなぎらせた姿は美しく、たまらない官能をかきたてる。
だが……それに血迷ったら、間違いなく並みの男は、命を落とすことになる。
幼いということすらストッパーにならない。
幼くとも、あれは魔性だ。
おそらく本人も全く自覚していない、
ファム・ファタールの資質…か。
強ちあのテロリストの雑言は近い未来に実証されるだろう。


総悟がいなくて良かったと、心底思う。
あれじゃぁ……ヤバすぎだ。
俺だったから良かったものの、奴だったらその場でレイプでもしかねない。













ぶっとんだどころじゃない危険な香りのする幼い美獣と────たぶんそれを飼い馴らしている江戸一の、猛獣使い。



付け加えるとすれば、そんな感じか。あの二人は。
鼻の効く奴じゃないと、分からないだろうが。
どのみちプライベートじゃ付き合いきれねーよ、あんなヤバい仔娘。こうなってくると、あの銀髪も腹立たしいがただ者ではないってことだろ。
それまではどっちかというと仔娘の方が男の何もかもを許して受け入れているんだと思っていた。だが、もしかしたらそれは違うのかもしれない。
…あの、キレると何をしでかすか分からないヤバい猛獣を扱えるのは、それこそあの男しかいないのかもしれない。
……ま、本当のところどうなのかなんて、わからないんだが。


イイ女になると思うぜ。今でさえそうだが、きっと銀髪は骨抜きのメロメロのぐでんぐでんだろーな、将来も。
何たってあの獣じみた欲望が乱れるんだろうから、想像すると、ぶるってしまう。
───でも、ヤバすぎだ。どんなにイイ女でも、俺は命が惜しい。
だから、俺は俺で、無いもの強請りはやめにしようと思う。


あの仔娘とじゃ、危く三途の川を飛び越えかねねえ。
ひとときの夢でなく、永眠させられんのはいただけないだろ。






野獣派で野獣主義











fin



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02/13 07:22
[銀魂]




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-エムブロ-