「諦めねーから」
繰り返される呪いじみた宣誓布告、プラス、疑問詞を頭にいくつも並べる鈍い娘へと、いつものごとく笑いかける。
閉まった扉の中に残るのは、壁に凭れかかったまま死んだ魚の目で体裁を保とうとしている、真っ裸のままの俺…。
いや、ホント、涙ぐましいったらありゃしない。
どうして……どうしてこうも……俺 『だけ』 が必死なんだ。
はぁ…
ほんと、でも、自分の中で世界がひっくり返るってこと、
あるんだよなぁ……実際。
いやー、びっくり。
それではあなたはきれいな恋をしなさよ
「──ハイ、泣く子も黙る真選組24時ホットラインでーす」
時刻は夜の九時を回ったところ。ホントに24時間体制で江戸を護る気あんのかよと、十五回目でようやく出た電話に呆れれば。
「どちら様?」
「あ、オレオレ」
「どちら様、で す か?」
相手がわかった途端、堅っ苦しい態度に変えた上司面の男に、思わずむすっとした声を返す。
「声でわかるでしょーが副長さん」
「名乗らないのでしたら、不審者とみなし切らせていただきます」
男が構わず耳から離そうとした受話器の声が焦りの色に変わる。
「わかったわかった待て!万事屋だっ!万事屋金さんですゥゥ!!」
「………何か緊急の用件でもあんの?」
すでに不機嫌を隠そうともしないその声に、受話器を持ち直し、一呼吸。次にゆったりと声を響かせる。
「用がないと神楽ちゃんに電話しちゃいけないんですかー?」
開き直る時ほど、大して用はないのだが。
「いけませんよ」
ガチャン!
ツー…ツー…ツー…
「………。」
人が下手に出りゃァ〜〜〜……っ。
お前じゃなくて、神楽と話したいんだよ!用が無くても話したいんだっつーの!察しろよ!!いや、察してて邪魔してんだろーけど…。クソッ…ウゼーな、毎度のことながらっ!つーか、携帯かけても出ねーしィィィ!
怒りに任せてボタンを再度ブチブチ押して掛けなおす。
ジリ……ジリリリ……ジリリリ……
「───はい、泣く子も黙る真選組24時」
「俺だ」
「どちら様ですか?」
〜〜〜〜ッ!
握った受話器が思わずギシギシ音をたて、慌てて力を抜いた。
「万事屋の金さんですケド」
なるべく感情を表さないように言うと、
「あー? またアンタか。さっきも電話してきたよね。電話代と時間の無駄じゃねーの?」
「お前が無駄に切ったんだろーが!もういいから神楽と代われや!」
「神楽ちゃんはいま連ドラ見てるから無理だと思うよ〜」
「いいから言うだけ、
言ってみてくんないかなァァ」
エーとか、面倒臭ェーとか、ぶつぶつ文句を言いながらそれでも、『誰アルかー』 とようやくこっちに気づいたあの子に観念したのか(つか近くにいたのかよ!)、イケスカねぇ野郎は素直に俺の名を告げた。
〜〜〜この男はホント……っ。上司だか保護者ヅラした仲間だか知らないが、ぐちゃぐちゃ五月蠅いことを言うには言うが、けしてあの子から求める自由は奪おうとはしないのだ。神楽の選ぶ自由をどこまでも尊重しようとする。規則は実のところほとんどない。鉄の掟も神楽にはとことん甘い。奪うようなこともしないだろう。───その点は信頼できる。…たぶん。
でもだからこそ、逆に全てを奪おうと働きかける俺への態度は至極冷たい。解らないでもない偏ったその愛(理屈)に、苦く口許が揺れた。
「何アルか? 早いとこ済ませろヨナ。今ドラマ見てるのヨ。時間無駄にしたくないアル」
「……。」
言うことまで同じかよ…。
「……彼氏さまからの電話でしょーが」
「は?」
「…彼女の声、聞きたいとか思っちゃいけねぇの?」
「彼氏彼女って、連呼すんな。キモいアル」
淡々としたその声に早くもめげそうになる…。
「今更照れなくてもいーじゃん」
誰が照れてるネ、勘違いも甚だしいアル。そんな心の声が聞こえてきそうな沈黙に、テレビから一時たりとも視線を外さずイヤ〜な顔を持て余しているだろうあの子を想い浮べた。実際は保護者ヅラした男が面白がって、面倒臭そうに受話器を手放そうとする娘の頬をつついていたのだが。
「失礼するアル」
起伏の無い声が急速に遠ざかってゆく。
「ちょ、ちょっと待てって!! なんでそう切りたがるんだよ!!」
テレビ見ながらでも何でもいいから俺の話聞く努力しろよ、ちょっとは!
「…そんなに面白ェーの?」
一瞬、叩き切ってやろうかと黒電話に手が伸びただろうに、思い留まって答える気配。
「──すごく面白いネ!」
「そりゃぁ、良かったねぇ」
そうとしか言いようが無く。
毒づいた反応を返せば、チッ…と舌打ちをお見舞いされた。
───テメぇぇ…
“じゃあ電話切るわ” なんて言うとでも思ったか。三十路のオッサンの純情なめんじゃねーぞ!
こっちのあるかないかの良心を少し期待していたらしく、今度は 「はぁ…」 と可愛くない溜息が電波ごしに耳を穿つ。 …いくら俺でも堪える。
何かもう…、悲しいを通り越して疲れてきた。
「………かぐらー。 何か物足りなくね?」
「あ゛?」
「いや、お前に不満がある訳じゃ無いんだよ……これでも。。。」
案の定、俺の意は汲み取られず。
「何の話ヨ?」
「あれだ」
「アレ?」
「そう、アレ 」
「……。」
何が言いたいのかさっぱりわからんアル。面倒臭いのが頂点に達したんだろう、そう言ったが最後とうとう電話を切られた。
ツー…ツー…ツー…
虚しい効果音に、目頭をそっと覆った。
さすがに泣きはしなかったが、果てしなく涙が出てもおかしくない状況だ。
代わりに乾いた嗤いが溢れた。
あの子がツレなくて、俺以上にドライで毒舌なのは今に始まった事ではないけれど。無性に物足りない、という思いは、日毎強くなっている。
一体何が足りないのか?
もはやあの子無しの人生など考えられないし。
この身にあの子は必要不可欠。
なのだけれど。
あの子に不満があるとすればそれは、“甘くない” の一言に尽きる。
俺の中でかろうじて残る柔らかい部分が、本気で、そう呻くのが聞こえた。
fin