たとえば、一口の冷たい水







まったく……クソッ…!
頭にくる。


真夜中に電話で叩き起こされ銀八は急いだ。夜明けまで待ってやろうかと一瞬思ったが、その足は着の身着のまま玄関に走っている。
同じコトの繰り返しだ。
結局のところうまくいかない。
いく訳がない。
原因は?
今度は何が嫌だ…?何をされた?
破滅型のアーティスト気取りか?
残酷な兄にいつも振り回されている。
彼女が心配だが、それでもヤツが彼女の実の兄だからだ。


“愛と憎しみ” で結ばれている美しい兄妹─…。


女を、肉親でさえ傷つけてばかりの男だ。それでも自分は特別だと勝手に思い込んでる。
歪んだ愛で実の妹を縛り、世間の価値観をバカにしている。
それに逆らうこともできず、離れることもできず、萎縮したように世界を否定する妹───。
完全に悪循環だ。
犯罪心理の堂々巡りだ。
父親はそれの犠牲になり、母親はとうにこの世を憂えていない。実の子の醜悪な姿を知らずに死んだのだ、ある意味幸せなことかもしれない。
たった二人の幼い兄妹だった。
天涯孤独、そうやって依存しあって執着しあって生きてきた。



生き方が違う。
諦めたと思っても結局自分は振り回されている。



彼女の、唯一の理解者として。





『……何?』
『神楽が自殺を図った』
『え?無事なの?』
『あぁ…そう思うけど、行かないと』
『どこへ?』
『……病院だろーが。』
『オレも行く?』
『今は動揺するからやめとけ』
『ん、必要だったら電話して』
『……わかった』



“初めて兄以外のヒトと寝たくなった”


そう少女から聞いても──
自分は気味が悪いとは思わなかったのだ。

妹のリストカットを知らされても、“ああそんなことか”と、どこか嬉しそうにいう兄の実態をすでに知っていたからかもしれない。
銀八にとって、この二人の兄妹は、出逢った頃から美しい悪夢のような存在だった。
現実から庇護されるべき魔物のような存在だった。
自分のクラスに留学してきた少女から、少し経って気づくようになったのは、その体じゅうの痣だった。
見えないように巧妙に隠されていたが、病的なほど白い膚を痛めつけた痕跡は、意外とよく目立つものだった。
クラスメイトが誰ひとりとして触れない現実も、教師である銀八が無視するわけにはいかなかった。


嫌悪できるレベルの基準はすでに超越していた。
歪んだ愛憎に苦しむ少女に同情したが───
何もできなかった。
愛していると彼女が泣いたからだ。
兄にそう仕向けられることで縛られてきたように、救いの手を欲したが、またすぐ舞い戻ってしまう。
今思えば…、そこで引き離していたら銀八はすぐにも殺されていたかもしれない。
そうやってお節介を焼いた人間が、母国でも何人も被害にあったのだと彼女は泣いた。どうしても逃げ出すことができないのだと……。
ふたりの関係を疑った実の父親にさえ、兄はその牙を向けたのだから。
妹と担任教師のある種、仄暗い関心を、果たしてあの兄はどこまで把握しているだろう。
唯一この兄妹の罪を知ってしまった人間として。


変な話だが──…
神楽とは銀八は自由なのに今も縛り合う関係だ。
これを理解できるのは、愛に殉じる詩人だけかもしれない。
銀八にも分からない。


神楽と出逢った時、どれほど彼女を美しいと思ったか。
息を飲んだ。
そこはかとなく不吉で、病的で、拒絶的な美貌だった。
世をすねているようでそうでもない、優しさと冷たさが同居するあのまなざしと声と、浮世離れした仕草は、静止した人形の美を思わせた。
大勢の男…大人の中から、銀八を慕ってくれた。
救うこともできた関係だったが
何かが欠けていた。
愛にもバランスが必要だ。





神楽は兄の帰らないアパートで──
昨夜、浴槽で手首を切ってその兄の“女”に発見された。
すべて裏目に出てお先真っ暗だ。
かわいそうに…。
妹をその毒牙にかけておいて、あの男は好き勝手して遊んでいる。
自分のコトで傷つく少女を見て、気持ち悪いぐらい愉しんでいる。たぶんオナってる。
サディスティックな本質と冷酷な性癖、あんな兄に愛されて一生を縛られるのかと思うと、もう十二分に悩んだ(苦しんだ)はずなのにまだ足りないのかとさえ思う。彼女を想うと破滅的な気分になった。
自分が思うほど寛大ではなく──
罪を犯す二人を思うと、心が乱れた。
だが次第に落ち着いて事実を受け入れ、また寛大になれる。




「コーヒー買ってきた…。大丈夫か?」
「──うん……バカみたいアル……」
「うん」
「銀ちゃん……ごめんネ……」
「それは思わなくていいから。…何か他の飲むか?」
「……じゃあ、」
「ん?」
「ビール」
「ビール?…

朝っぱらからビール? 自殺未遂おかしたのに。正気デスかお前は。」


「シャワーも浴びて着替えたいアル」


なぁ神楽、なぜ繰り返す?
あんなバカなマネを。
自殺未遂するなんて…っ
ここで正気を取り戻したら、俺の人生から消えてくれ。そう何度思ったか知れない───。





お前は壊れてる。





「しばらくアイツの家には帰りたくないアル……」
「でも、じゃあどこに泊まるんだよ」
もしいい場所があれば…」
「なぁ…神楽、一度病院で…「医者は嫌い」






───結局、しばらく神楽を引きとろう。そう思った。
俺の家で一緒に暮らす。
一緒に?



『オレを殺しかけたくせに』
『っ、兄ちゃんだって殺しかけたアル!!』
『自己防衛だよ』
『放って出て行ったネ!!』
『おまえは酔って手に包丁を持ったんだよ? 包丁だぞ』
『兄ちゃんのせいヨ!! 知らない女と犯ってたくせにッ』
『本気じゃないよ。神楽だけだよオレは』
『っ…その話はもうやめるネ。新しい女がいても私は冷静アル! 文句ないデショ?!』


騒ぎは大きくならなかったが、高校の頃のように彼女が卒業するまで保護者としての立場も任された延長上、今も何かあると一番に連絡がくるのが絶望的なのだ。
携帯越しに繰りひろげられる救いようのない兄妹の世界に、想定外だがしばらく神楽をここに住まわせることを了承させる。
今さら手が出せるとも思っていないだろう。
もしかしたら、今なら手を出しても殺されないぐらいには慈悲を持たれているかもしれないが。
あの兄以外で面倒を見る者もいない。
今までの彼女にとって──
銀八が現実との橋渡しだった。
少女を一人で放っておけない。
そこが問題だ。
同じ繰り返しだ。




神楽は銀八の一部で
永遠に大切な少女だが──
結局のところ

どうすることもできないのだ。


確かに自分は神楽を愛しているのだろう。
それも酷く盲目的に愛している。
ほとんど息もできないほどに。
本当のところ不滅に愛したがっているのは自分なのかもしれない。と思う。
最初から彼女は銀八にとって不条理な異邦人だった。
不吉な、元凶の、惨憺たる盲妹だった。
深入りしすぎたのだ。
少女が兄に縛られ続けるように
永遠を感じる銀八の“それ”だって
治らないビョーキなのだ。
あの兄のお陰でもってして、さらにディープに彼女だけに囚われていく───。
深く、深く、どこまでも不幸に愛しやつれていく。
絶望的だ。
なのに、なぜか、絶大的な美しい色がパレットに加わったような、いびつな幸福も感じる。かえって三人の関係に完璧な調和を与えたようにも──…。


破滅めいた、歪んだ異質なもの。
引き摺られるような、崩壊の序曲。
負けず劣らず
病的で痛切なエンドロールを繰り返す。


人生は短くて退屈で苦悩ばかりだ。
相変わらず欠けているが
だから魔法みたいに──
非現実的な解決策を求めるんだと。
彼女をこの手に抱いても何の解決にもならない。
理性が感情に打ち負け
人生と愛に疑問が生まれる。
その思いを追い払えなくなったのだ。
反社会的だと、倫理で決めつけるのとは違う。
なぜ初めて愛した女がこんなにも狂気の沙汰なのか。
トチ狂った美しさなのか───。



永遠の愛だけど
完成しない

だからこそ余計に相手の憎しみまで愛したがる。











fin
止まらない運命に


たとえば、一口の冷たい水、空への一瞥、一度の愛撫。 きみのいない未来だけ。



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09/14 20:03
[銀魂]




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