造られる花のスミレ







銀時はなにかの立ち迷うものの間に見定めるようにして、神楽の様子に目を据えた。


時おり、神楽の心に何かを残し、その後の成長の上につけ加えるものがある異様な蔭を見て取ると、鋭敏にそれに目を止めた銀時の胸には、永く、深い、疵痕にも似たものを残す。
銀時は神楽の可哀らしい様子に目を止める時、ふと瞬間の、その時の誰かの嘲笑や、意地悪な顔を、また数々の男たちの見苦しい卑しさを、神楽の後ろに見るように思う。
そうしてその異様なぼんやり浮かび上がる不快の淵で、彼は神楽の可哀らしさの中に、かすかな罪の香りを嗅ぎあてた。
もともと人の性というものは、ほんのわずかの遺伝子の違いで決定されるに過ぎない。
異性は勿論、同性に魅了され、恋にも似た気持ちを抱くことがあったとしても、何ら不思議ではないだろう。
その意味で言えば、美しい少女が女にとっても価値のあるもの、目をそらすことができないもの、独占したい、もっと深く関わりたい、と思う対象になっていく可能性は充分にある。
要は男に向けてのみ表現されてしかるべきその気配が、そっくりそのまま同性である女に、きわめて自然に向けられれば、それが不思議な魅力となって女の目に映ることもあり得る。



神楽は最近、なんだか女としての嗜みにえらく夢中のようだ。
妙やその仕事仲間の夜の蝶たちから、化粧の仕方や、仕草や、表情をまねてみるための格好の模倣の材料にしている。
彼女たちのもつ毒々しい魅力それ自体が、神楽の中にも存在しているに違いない未知のものを、烈しく刺激してくるからなんだろう。
十四,五歳といえば当然、おしゃれや化粧に興味を持ちだす年頃なのだろうが、熱病に冒されたように張り切っている。
神楽にはこうした熱狂癖があって、たまにとり憑かれているのではないかと銀時は心配に思うほどだった。(先の携帯事件などまさにそれだ)。
限度を知らず、やりすぎてしまうのも問題だった。
だだ、化け物じみた失敗例ならまだマシで、神楽のやる気を面白がるように煽る女たちの態度も銀時は、最近鼻についてきている。


赤い紅をさし、甘ったるい香水の匂いを振りまき。
そこらの“メス”と変わらない──水商売の売女がするような着物の着こなしを教えられ、上機嫌で彼のもとまで帰ってきた幻惑ロリータを見たときは、さすがにいたたまれない気持ちになった。新八でさえ顔をしかめた程だ。
幼い少女が背伸びした、えもいわれぬ官能に、誰にも“敵”に遭わずに帰って来てくれただろうかと、本気で胸を痛めた。
こんなドギつい赤を唇にのせた相手の思惑を考えると、銀時はいよいよ残酷な気持ちになってくる。
似合わないわけではないのだ。異様に美しく整った小顔のなかで、小さな形の良い唇が艶々しく毒気をもたらす様は、ゾッとするほどの劣情を誘った。──だからなのだと。
隠微なレズビアン的官能と同時に、何かしら突き抜けたような、肉欲とは異質のかわいた悪意が感じられて、きわめて不快だった。


女たちに可愛がられる神楽。
綺麗なお人形のようだと、高貴な猫のようだと、愛玩されオモチャにされ持て囃されて。
だがその女たちの中にあり、その何人かが持つ、羨望にも似たある種の嫉妬が透けて見えている。色濃く纏わりついている───。


『自分のモノ』 だという認識があるからかもしれない。
こんなベタベタと飾り立てなくとも、神楽の魅力は銀時が一番よくわかっていた。
ありのままの神楽が一番可愛いし、うつくしかった。
自分のモノでなくなる心配などしたくないが、これでは慕う女に毒される心配が出てくる。
“女”、それも神楽が姉のように慕う妙にまで抱く殺意にも似た吝嗇に、銀時は臍を噛む思いで少女の紅を拭き取った。
少々乱暴な手つきになったのか、向けられた残酷を敏感に嗅ぎあてた神楽が憎たらしく銀時を見上げてくる。
怒ったように見る上目蓋の引きつけに───、そうして彼は憧憬の接吻(くちづ)けを贈った。


マスカラで更に重くなった神楽の豪奢な睫毛が、物憂くまたたき、幼な子のような仕草を魅せる。
ここ最近でぐんと垢抜けたとはいえ、こういう仕草の持って生まれた愛くるしさは誰にもかなわない。


オモチャにされた事にも気づかぬ仔供が、いとおしく。
けれどそこはかとなく不憫で。
銀時は憐れみを込めて囁いた。



『───神楽ちゃんは、銀さんにとってはもう十分だからね』



間違っても、“女”のモノにはならないでちょうだい。



それなりに女というものを知っている銀時の、その嗤いを含んだ口許。
こんな多くの時、銀時の瞳は濃い惑溺の影を宿して神楽を見つめ、水を湛えたように潤っている。










fin


女児紅



09/09 20:40
[銀魂]




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