八咫烏の足を一本拝借







地下にある賭博場にしてはまた随分と騒々しい。
ドスを利かせたガラの悪い声が飛び交うお座敷のひとつに、これまた騒々しく賭け事に熱中するグループの影で、ひとり壁に寄りかかる男を見つけると、神楽は足を向けた。
紫煙たなびく蜘蛛霞のなか、ゆったりと煙管をふかせる男が神楽に気づき、ちょうど燃え尽きたのか灰を火鉢に投げ捨てて、新しい刻みタバコを揉み潰した。グループのリーダー格である傷モノの男も、神楽に気づいた。


「……なんや、またお前かい。ここらは餓鬼が来る所やあらへん言うたやろ」
「ヤクザが細かいこといちいち気にすんなヨ」
「気にしたらあかんのか」
「あかん」


愛想は無い…が、伝染った関西弁にいくぶん不快に眉間を寄せる白皙も、冷たい色のガラス玉も、少女特有の残酷さとあいまって、氷で出来た花の蕾を思わせる。同じ美少女でも、男に媚と愛敬を振りまくのが仕事のいわゆるアイドルとは空気が違った。こんな場所に来ている時点で比べものにもならないが…。


「ほんま、いい加減にしときや」


どうにもここ最近恐ろしく遭遇率が高いせいか、男──黒駒は、この顔見知りの生意気少女に向かって、いささか大きな呆れ声を出した。だが、その口調はどこまでも物騒な『投げやり』を含む。


カンッ…


と背後から煙管が鳴らされた音を契機に、「しょっぴかれても知らんで」 と一言、お節介な舌打ちを放るだけにとどめてくる。此処や他の賭博場で何度か見かけただけで口も利いたことはなかったが、黒駒はこの煙管の男を勿論知っていた。お互い、お天道様の下では堂々と顔向けできない身分なのは重々承知の上だ。
興味本位な詮索と干渉はこの世界では即命取りとなる。
余計なことは、見ざる、聞かざる、喋らざる。…に限るのだ。
白々しく肩を竦めた黒駒にかわって、それまで黙っていた男──高杉がようやく口を開いた。


「……今日は、どうした?」


ふたたび神楽の視線が壁際に吸い寄せられる。


「何かお困り事か、じゃじゃ馬姫」


満足げに隻眼を眇める高杉の様子を、神楽はクールに見下ろした。


「……うるさいアルな此処」
「じゃ、外に出るか」


やれやれと編み笠を被り、なれなれしく神楽の肩に腕をまわしてくる。そうして強引に彼女を誘導した男は、近くにある薄暗い連れ込み茶屋にいざなった。
所謂いかがわしい店なのは知っていたが、さすがに何度も来ているともう慣れる。とりあえず部屋に案内する店員に遠慮なく特大フルーツパフェを頼むと、神楽は出されたお茶を一気に飲み干した。氷を口に含んだところで、視線に促された。



「───また、マヨが怪我したらしいネ」
「……これで三度目だったかァ? いい加減気づいても良さそうなもんだが…」


神楽と向かい合わせの位置に腰を下ろした高杉は、派手な着物の裾から足を畳に投げ出し、わざとらしくため息をついてみせた。腰にぶら下げた瓢箪が僅かに揺れる。
いつだったか、昼間の路地裏を歩いていると声をかけてきたのがこの高杉だった。



『オメェ…、確か銀時が飼ってるウサギだったかァ?』
『どんだけ』
『あ?』
『どんだけボケる気アルかおまえ』
『……暇つぶしだ』
『暇つぶしでボケるなんて、それもう病気ダロ。 大丈夫デスカ?』


表面上は平静を装いながら何とか振り払ってその時は終わらせたが、それから事あるごとに待ち伏せを喰らうようになった。
どういうわけか突然影のようにふらりと現れて、いつも暫く付き纏う。救いといえば、他に仲間の気配は一切無いこと。ただし間違っても信用は置けない。でも無視しようにもその存在は強烈すぎて…。
しかも、しつこい。


ついに根負けみたいな形で口を利く羽目になった。


実は今まったくもって暇だから、暇つぶしに兎の生態観察をしているのだと、聞きたくもないのに性質の悪いジョークも聞かされた。


『シュールだろ?』
『何がヨ』
『暇つぶしのウサギ観察』
『……おまえ、馬鹿ダロ』
『充分高尚だと思うがねェ。何せ、絶滅危惧種、夜兎の“女”の観察だぜ』
『観察ってよりストーカーじゃねーカヨもう』
『モテる女は辛いな』
『ほんとヨ、泣きそうアル』


本気で自分に危害を加える様子はないとわかってからは、売り言葉に買い言葉。いつの間にやら乗せられて、退廃的なこの男のムードについつい毒を混入。どうやら死神に憑かれたも同然だと、すでに諦めた。
喋ってみると普通だし、遭遇するのもほとんど日の出ている内だったこともあって、油断したのかもしれない。 
銀時のところなんか辞めて俺のとこに来いと匂わされたことや、あと二、三年したら嫁にしてやってもいいぜ? と物好きな好色を露にされたりもしたが、神楽にとっては実にどうでもいい。
ただ、夏以来いやに喧嘩を売ってくる真選組の茶髪が、サディストみたいな奴で汚らわしくて実にうっとおしいのだと口を滑らせたら、ある日、腕の立つ仲間に待ち伏せさせて、暗がりに引きずりこんで怪我を負わせることに成功した。しばらくの間茶髪は神楽にちょっかいを出せなくなった。


神楽の関心を引こうと勝手にやったのか、もしくは壮大なる破壊工作の一環だったのか、それともこれも暇つぶしのひとつにあげるのか。別にその真意を知りたいとも思わなかったが、この男はけっこー役に立つかもと神楽はその時理解した。
あれから四度、『うっかり神楽が口を滑らせた奴』を、この高杉は成敗する役目を果たしている。


「それにしても意外だな」
「……たまたま暇だっただけヨ」


教えられた賭場に神楽からやって来ることはそう無いことだ。いつもなら高杉の方からコンタクトを取りに来るので、そのことを指摘されたのだと思った。


「違ェよ。まぁ驚いたが、そうじゃなくてな」
「…?」
「お前さん、真選組の副長とは仲が良かったんじゃねーのか?」


…あぁ、と神楽は心中で唸った。
けど、別にこっちだって悪口を言ったわけじゃない。ほんの少し気に入らないところを洩らしただけだ。いつもの毒舌で。それを勝手に…


「そうアルか?」
「市中で噂になってるぐらいだぜェ。そうなんだろうよ」
「ふ〜ん」


実際、桜色の髪をした少女が、真選組の怖面たちと堂々と渡り歩き、むしろ横柄な態度でもって接しているところは多数の市民に目撃されていたし、近藤をはじめとする隊長格が、神楽に一目置いているのも(甘いのも)本当だった。


「人の噂に尾ひれは付きものヨ」
「火の無えところに煙は立たねーもんだ」
「ふ〜ん」


運ばれてきたフルーツパフェのメロンを指先で摘み、ガブリとかぶりつきながら、神楽の白目が面積を大きくする。青のガラス玉を瞼に引っ付けるような上目遣いだ。
じとっと冷たい視線を受けて、高杉は 「別に」 と少し厭な笑い方をした。薄っすら歪みの残る口許には…新しく火を点けた煙管をゆったりと持っていく。吸い口の鋼細工が薄い唇に軽く挟まる。すぅーと一幅、幽かな吐息とともに隻眼が気持ちよさそうに幾分か細まった。


「で、お次は?」


ぷかり、と白い輪っかが浮かび上がった。


「また副長さんか?」


呆れた声に、呆れた声を神楽も返した。


「……言っとくアルけど、私がうっかり喋った男をかたっぱしから潰そうとするのやめろヨ」
「今さらだろ」


だがもともと頼んでいない。
基本的にあの男の場合は、なんだか理由の無いムシャクシャが先行するだけだ。
他の奴等みたいにあれこれと神楽のご機嫌をとらないので、それも少し許せないだけ。
敵対関係である高杉に、ストーカー哲学よろしく成敗されては、さすがに困る。


「ありゃァ、鬼と呼ばれるだけはあるな。かなりの使い手だ。六人じゃせいぜい、腕に切り傷つけるのがやっとだった。これ以上私兵を動かすのは気が引けるが─……そうさなァ、…あと四人、十人がかりなら楽勝かもなァ」


ラズベリーソースがかかった生クリームを頬張り、付け合せのウェハースをサクサク齧る甘ったるい神楽に、故意にふきつけられた紫煙が纏わり付いていく。
少し本気で険を利かせると、どうせこれも暇つぶしだ、なんて嗤う隻眼が至近距離から神楽を視姦した。神楽の隣にそろそろと移動してきた高杉が、ぐいと肩を引き寄せてきたのだ。


「任せろよ」


首筋に顔を埋め、チャイナドレスの上から胸を触られる。まだ幼さの残る美貌がわずかに歪んだ。
漫画やドラマでは男女間に交わされる気持ちのいい行為とされているが、神楽にとっては気持ち悪いことこの上ない。
キスなんかされたらせっかく腹におさめたパフェも盛大に吐いてしまいそうだ。


「死なない程度に遊んでやるさ」


昼間の薄暗い茶屋の奥座敷で、男は面白半分に少女の手を取り、自分の股間に誘おうとした。


「なぁ…」


瞬間あまりのおぞましさに背筋がブルっときたが、溢れ出しそうになった邪気とともに神楽はそれを拒んだ。乱暴に突き放すと、さっと立ち上がる。


「ほどほどにナ」


そして、そのまま足早に茶屋を後にした。



ああして時おり抱きつかれるのも、体を触られるのも、動物を手なずけるためのご褒美と割り切ってしまえばそれまでなのだが。。でも、それ以上のものを与えるつもりは全く無かった。


ただ、その神楽の冷淡さがかえって高杉の執着を煽り、操ることに有効であることも、幼いなりに女の本能で感じ取ってもいた。











fin

何この復讐譚。


Thank you.title by 暫



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10/03 02:29
[銀魂]




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