その日の午後、香港の両親の豪邸には五十数人の友人知人だけが集まっていた。
父親の手をとって階段を降りてきた絶世の美少女は、この上なく純真で、高潔にさえ見えた。可憐な天使のストロベリーブロンドをすっきりとトップで結い、ダイヤモンドとプラチナでできたティアラを冠り、長く美しいヴェールが神秘的な雰囲気をそえていた。
プリンセスラインのシンプルなドレスはやはり純白のシルクとレースで、その小さな白い手にほどよい大きさの白百合の聖花を数本、清らかに持っていた。
靴も純白のシルクで、花で埋まった広大な庭園に銀時と並んで立ったところは、じつにドラマティックでエレガントだった。庭はこの日のためにチャペルふうに模様替えされていた。
少女の母親と親戚の女性一同はネイビーブルーのシルク・オーガンザを、父親といやいやながらも出席した兄は王室専用の店で特別にデザインした明るいベージュのスーツを着た。
客人には香港のそうそうたる名士たちもいたが、当然ながら元婚約者の一族はひとりも招かれていなかった。
もっともパーティーの主賓であるふたりは──日本での入籍と同じく──簡素な式を希望したものの、さすがに披露宴もなしのジミ婚はいけないと、少女の父親が一族のお披露目もかねて、控えめながら本家でのガーデニングチャペルを提案したのだ。
式が終わり花婿が照れくさそうに花嫁にキスをしたあと、客人たちは応接室のディナーテーブルに案内され、ダイニングルームは舞踏室になった。それは、華やかななかにも温かみのある理想的なパーティで、新郎新婦はまれに見るお似合いのカップルだったので、出席者は一様に、当初の不安要素を払拭され、なんという素晴らしい結婚式だろうと感激した。神楽と銀時はほとんど夜通し踊っている人々を見ていたが、最後の一曲だけは神楽が父と一緒に踊った。


「…───パピー、何もかもありがとう。 最高の結婚式だったアル」


ピアノのメロディにあわせて踊りながら、神楽は父親の耳もとまで背伸びして囁いた。
たまにいきすぎたところもあるけれど、忙しい両親はいつもほんとうに心広く神楽を支えてきてくれた。
もしもあのとき無理やり神楽の我がままを切り捨てられていたら、銀時とこんなふうに幸せな結婚式すらあげることができたかどうか…。そういうことを何もかも言いたかったのに、胸がつまって言葉が出てこなかった。父親のほうももう胸がいっぱいで、招待客の前で泣き出してしまうのではないかと気が気でなかっ た。


「いいんだよ、神楽ちゃん」


父は目に入れても痛くない愛娘をぎゅっと抱きしめた。


「……愛してるよ。 たとえ幾つになろうと、おまえは永遠にパピーたちの自慢の娘だ。たまには休み以外でも帰ってきておくれ。俺も母さんも会いに行くから」
「ぜったいヨ?」


神楽は涙を飲みこみ、父親にしがみつくようにして踊った。それは彼女が、“パピーのかわいい神楽ちゃん”でいられる最後のひとときだった。

ダンスが終わると、銀時が来て手をとった。人生の伴侶となる男を見上げた彼女は、もう少女ではなく一人の女の顔になっていた。


「そろそろおネムじゃね?──花嫁さん」


銀時が慇懃に尋ねたので、神楽は思わず吹きだした。


「名字を坂田にできなかったのだけが心残りネ!」
「あ? おまえまだ言ってんの?」
「だって…」
「別にんなのどっちでもいーじゃねぇか。だいたいあと二年もあるんだからな…ったく」
「バレたら“クビ”アルかな?」
「おまえのわがままにはホント、呆れるよ。俺が親父だったらまず勘当もんだな。 …ま、『坂田神楽』、似合わねぇこともねーけど」


銀時の目に、神楽はたとえどんなに名家のお嬢さまっぽくなくても、今夜ばかりは貴族的に映った。彼からの結婚プレゼントの、小さくても質のいいダイヤモンドのピアスと、お揃いのダイヤモンドのトップのついたネックレスが、生来の美貌をいっそう引き立てている。
ふたりで手短に挨拶を交わしたのち、神楽は階段の上から百合のブーケを投げた。明日空港まで見送りにきてくれることはわかっていたが、両親にハグをして感 謝の言葉を述べ、兄と銀時の祖母と、彼の叔父にも気持ちを込めてハグをした。最後にキッチンに立ち寄って、使用人たちにねぎらいの言葉をかけた。
それからお米と花の舞うなかを借り物のベントレーに乗りこみ、一夜の宿になる香港のホテルに向かった。自宅をあとにする神楽の目はやっぱり涙ぐんでいた。
これからまた──日本での高校生活が待っているのだ。大好きな銀時と一緒だとはいえ、束の間の帰国はまだまだ両親に甘えたい本当の幼い神楽の心残りを刺激した。あまりホームシックになったこともなかったのに、それを思うと今から里心さえ積もりそうだ。
さまざまな思いが胸中をよぎって、車のなかではすっかり黙りこんでいた。


「なんやかんやいって寂しがりやだもんな、神楽ちゃんは」


銀時が、神楽のセットされたままのちいさな頭を撫でてくれた。
彼はいつも神楽の心の動きをちゃんと読んでいてくれる。


「あの怖いハゲと兄貴に──恨まれなかっただけ幸運だなぁ、俺も…」


(たぶん今も本音では恨まれてるだろうけど)


「……約束する。 どこにいても、寂しい思いだけは絶対させねーから」


忙しい父親と体の弱い母親、奔放な兄のもとで育った神楽が、口には出さないが本当は事あるごとにさみしい想いをしてきたことを銀時は知っている。
そんな彼の照れくさそうな手に頭をなでなでされると、神楽の不安はあとかたもなく消えていった。彼女は大好きな夫の耳にささやいた。


「私もヨ、銀ちゃん」



(誓うわ、何があっても離れないって)











ホテルまでの残りの道中を、ふたりは快い平安と疲労に包まれてぴったり寄り添ったまま座っていた。
人生最良の一日だったが、もうくたくただった。
ホテルに着くと、支配人がぺこぺこしながら現れて、ばか丁寧な挨拶をした。あまりに大げさな対応がおかしくて、タワーの広大なスィートに案内される頃には、銀時は笑いを抑えきれなくなっていた。


「だめヨ、笑ったりしちゃ。むこうは大真面目なんだからネ。銀ちゃんと私が来たのを大変な名誉だって思ってるのヨ?」


神楽も冗談半分に叱った。彼女自身は馴れっこになっているが、銀時はそうでないことをよく知っていたからだ。


「しっかし、これを考えると神威にはぜひおまえの家を継いでほしいもんだなぁ」
「兄ちゃんが家を継いだって変わらないアル。銀ちゃんだって、松陽さん──叔父さんはけっこー有名な薬品会社の社長なんデショ? これからは一生あれが続くんだからネ」


お互いに馴れなければいけないことはたくさんあった。神楽の両親と銀時の家族、そして銀時は何もかも先まわりして、神楽が幸福なスタートを切れるように気を配ってやるつもりでいた。彼女の荷物は朝のうちにホテルに届けられ、白いレースのベイビードレスと、レースのスリッパが寝室に並べてあった。あらかじめオーダーしたノンアルコールのシャンパンも、ちゃんと部屋に冷やしてある。到着してまもなく、シャンパンを飲みながら、今日の感想を話し合っているところに、ふたりのウェイターが夜食を持ってやってきた。
いくら大食らいだからといって、神楽が結婚式のあいだは緊張のあまり何も食べられないのではないかと思って、あらかじめ神楽の好物であるスクランブルエッ グとスモークサーモンを注文しておいたのだ。そのうえホテルの支配人とデザート・シェフの特別サービスとして、マジパン製の新郎新婦がのった小さなウェ ディングケーキまで添えられていた。


「ちょっと銀ちゃんが銀ちゃんじゃないみたいアル〜! ホントにわたしの王子さまみたい!!」


神楽がケーキとスクランブルエッグを見て手を叩いて喜んだところは、まだまだ幼いちいさなお姫さまそのものだった。実はお腹がぺこぺこなのに、言い出せずにいたのだ。ウェイターはさっと引き上げていった。銀時が近づいてまた神楽の頭を撫でた。


「さすがに今日くらいは、大人しくしてるんじゃないかって思ってよ」
「何もかもお見通しアルか?」


神楽は笑い、さっそくスクランブルエッグをぱくついた。夜中になっても、彼女のはしゃぎっぷりは尽きることなく続いた。なつかしい子供の頃の話題に花が咲くと、それは際限なくいくらでも広がった。けれど銀時にだって他にやりたいことはある。なので、さりげなく仄めかすつもりで、わざと欠伸と伸びをしてみせ た。


「……退屈してるアルか?」


神楽が心配そうな顔をして聞いたので、銀時は思わず笑ってしまった。ほんとうにまだまだ純粋さばかりが残っていて、それが愛おしくてならなかった。


「いや、そうじゃねーけど。 …ただ、そーいう話なら明日飛行機の中ででもできんだろ?」


ふたりは飽きず子供の頃の愛しい思い出をなつかしんでいたのだ。もちろん、この特別な夜を犠牲にしてまで話し合う話題じゃない。


「ごめんなさいアル……」


神楽も疲れてはいたが、銀時と地元のお気に入りの豪華なホテルでいっしょいられるのが嬉しくて、一晩じゅうでも起きていられそうだった。しかも神楽はまだ若い。十六歳といえば、ほとんど子供に毛の生えた程度の年齢だ。
スィートにはバスルームがふたつあった。銀時がまもなくそのひとつに姿を消す前に、ぼんやりソファーに座ったままの神楽にも目配せするから、彼女もベイビードレスとスリッパ、小さなポーチを手に、ハミングしながらもうひとつの浴室へ入っていった。
たっぷり時間をかけたすえに神楽が出てきてみると、銀時は灯りを消してベッドに入っていた。バスルームからもれる灯りで、レースのベイビードレスに包まれた真っ白な肢体がはっきりと浮かび上がった。
神楽は躊躇いがちに、つまさき立ちでベッドに近づいてきた。ホテル専用のブルガリの香水を悪戯にかけてみたのだが、その魔力など関係なく銀時をとらえた。
まだ自分の香水を持たない神楽だったが、その淡いフローラルの香りはひどく少女に似合っていた。
そのまま黙って横になっていると、こちらの様子を窺いながら不安そうに寄ってくる神楽のほっそりした姿が、まるで子鹿のように見えた。


「───ぎんちゃん……寝ちゃった、アルか?」


飢えたように神楽を見つめていた銀時はその言葉に苦笑いした。けっして初めてじゃないのに、清い交際を一年半つづけた上で神楽を抱いたのは今年の春だったが、実のところこの瞬間を半年も待ち望んでいたのは銀時も同じだった。
結婚初夜に銀時が眠りこんでしまうなどと本当に思っているんだろうか…?
銀時は神楽のこんな無邪気さを愛さずにはいられなかった。
もともと愛くるしい少女が、今夜はさらにかわいく思えた。


「眠れるか、ばか」


銀時は暗がりで優しく目をほそめた。
手を伸ばすと、神楽がおずおず近づいてきた。ベッドの端に片膝をかけた少女は、ふたりのあいだに何の障害もなくなったことに、かえって怯えているように見えた。銀時はそれをちゃんと察して、かぎりない優しさをこめて接吻けした。自分が求めているのと同じぐらい、神楽にも求めさせたい、そのうえで先へ進もうと決めていたのだが、少女の全身がすすり泣くのに時間はかからなかった。
銀時の指先がすでに何度も触れたことのある場所を探りはじめると、この半年でようやく馴れた感覚がふつふつと滾ってきた。神楽が知っている愛の営みは、短くてそっけなくてほとんど何の感情も伴わないものとはいつも正反対だ。初めっから、愛したただ一人の男(ひと)に処女を捧げることができ、愛したただ一人の男(ひと)から愛してもらえた幸福な愛撫だった。
銀時の舌先が、神楽の固い乳房を啄んでいたと思うと、いつのまにかほっそりした腰から脚の付け根へと移っていった。その動きは優しいながらしたたかで、彼がドレスをはぎとって床に投げるころには、神楽は痙攣の嗚咽をあげていた。
銀時はそっと神楽を仰向けにさせ、ゆっくりと彼女の中に入っていった。
いつまでも自制を続ける必要はなかった。
少女には進んで男を迎え入れる態勢ができていたからだ。
数時間のあいだ我慢に我慢を重ねてきた欲望を存分に充たそうとして、銀時は明け方まで神楽を放さなかった。
夜が白みはじめるころ、ふたりは仰向けに横たわり、手足をからませて満足な吐息をついた。神楽のほうは疲弊しきっていたが、銀時は心地よい疲れに全身が痺れていた。


「……やっとわかったアル……」


神楽が掠れきった声でつぶやくのに、銀時もまた放心から意識を覚ました。
汗ばんだ桜色の髪が額にはりつくのを、腕枕した手で探るように梳いてやりながら、彼は幼ない妻にけだるげな笑みをむける。神楽を憔悴の淵に追いやれたことも、彼女のおかげでかつて想像したことさえない快楽と絶頂を味わえるようになったことも、しみじみ嬉しかった。


「パピーは正しかったアル……」


つづけた神楽の不平そうな唇がかわいくて、それをいじくりながら銀時は先をうながした。


「初夜は、──」
「…初夜?」
「初夜は……バージンに限るって話」
「あのハゲがそう言ったのか?」


銀時は寝返りをうって、神楽の横顔を見つめた。あらためて自分のものになってみると、今までよりさらにくるおしく見える。


「こんなに… 手加減なしでされるなんて、思わなかったアル……」
「そりゃ、俺もだ」


神楽はそう言われてほんのり頬を染めた。数分後には、ふたりとも幸せな子供たちのように、しっかり絡み合って眠りに落ちていた。
二時間後に電話が鳴り、ふたりはびっくりして飛び起きた。頼んでおいたフロントからのモーニングコールだった。今朝十時には飛行機に乗らなければならないのだ。


「やれやれだなぁ……」


銀時はまぶしい朝の光と電話の音に顔をしかめながら、それでも相手には丁寧に礼を言って切った。披露宴のせいか愛の行為のせいか、今朝は生命力がすっかり枯れ果ててしまったような気がした。


「サムソンがデリラに出会ったあとの気持ちがやっとわかったアルか?」


神楽が突然妙なことを言ってクスクス笑うから、銀時は顔をしかめて対抗する。空想好きの少女が物語のなかの主人公に思い入れしたセリフを聞くのは、微妙に間違っている時もあれば合っているときもある。
そんなやりとりをしながらも、美しく実った乳房の上に落ちた神楽の髪の毛をつまみあげ、反対側の心臓の上にちりりと痕を残した。すると自分でも信じられないことに、またむくむくと欲望が湧いてきた。


「もうっ! やーヨっ」


あわててベッドの上から逃げようとした神楽を捕まえもう一度愛し合ったせいで、フライト時刻に遅れそうになってしまった。朝食をとる暇さえなく、お茶をすすっただけで、ふざけあいながら荷物を放り込み、待たせてあったリムジンに乗りこんだ。
運転席との仕切りの窓を閉めたあと、神楽は銀時にささやいた。


「もしかして私たちってバカップルアルか」
「私たちじゃねーよ。おまえが問題なんだ、バカ」


なめらかに走行するリムジンの中で、そう言いながらも幼ない妻の手をちゃんとにぎり返す夫にふたりはクスクス笑った。




ハニームーンはもうおしまい
(あぁでも、まだまだこれからもっと甘くなるんだよ!)











fin





パラレルもいいけど原作銀神がハネムーンに行ったら、映画『ジャスト・マリッジ』みたいなハチャメチャなロマンチック・コメディが期待できそうでこっちも妄想楽しい(゚д゚)ウマー
誰か書いてくれないかな〜。

Maroon5/Sugar


09/02 02:57
[銀魂]




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-エムブロ-