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「名探偵ってのはね、人間じゃねーんですよ」
薄汚れたソファにだらりと寝転がって。
彼自身が人間じゃないとつまらなそうに吐き捨てた、名探偵である彼はつまらなそうに吐き捨てる。
「名探偵。名探偵。名探偵。こりゃまた冗談みたいな存在ですねー。口にするだけで笑えちゃいますわ」
ふわり、と。
笑いはせず、欠伸を一つ。
「貴女はどうして名探偵なんかがいると思います?」
「さあ。名探偵じゃない私には、わかりません」
「名探偵がいるのはね、世界がつまらなくて、つまらない世界にはつまらないことしかありふれてないから、なんですよー」
「つまらない……」
「つまらない。名探偵にとって世界は本当に本気で面白くもなんともない。だからちっとは面白い殺人やら事件やら地獄やらを解き明かしちまうんです。知恵の輪っつーかパズルっつーかクイズっつーか? 退屈凌ぎにちょうどいいもんでついつい遊んじゃうんですね、ははっ」
だってですよー。
名探偵は、基本的に手抜きしてるっしょ?
「殺人を解決しても、殺人を防ぎはしない。事件を推理しても、事件を壊しはしない。地獄を洗濯しても、地獄を台無しにはしない。どいつもこいつも手抜きばーっか。ま、考えりゃ当たり前ですよ。だって誰だって、趣味の時間を邪魔されんのは嫌じゃないですか。退屈凌ぎもできない人生なんて、欠伸が出るほど退屈ですからねー」
ははっ、と。
欠伸はせず、笑いを一つ。
「謎を喰うのが名探偵、なーんて言っちゃったりもしちゃったりもした人がいるらしいですけど、なんじゃそりゃくっだんねーですよー。馬鹿、なのかも?」
名探偵は謎なんか喰いも噛みもしません。
彼は言う。
「どの名探偵もどこの名探偵も、それが大人だろうが子どもだろうが、それが男だろうが女だろうが、老若男女問わず、人種も、国籍も問わず、名探偵ってのはみんな、みーんな――」
殺人犯より歪で。
殺人鬼より歪で。
怪盗より歪み。
怪人より歪み。
何もかも歪に歪んでいる、人でなし。
「――人を喰って生きてるんです」
そんなのが人間なわけねーでしょうよ。
嘲るように笑いながら欠伸をしながら言って、彼はとうとう寝息を立て始める。
しかし名探偵が、そして彼が人間じゃないかなんてどうでもいい。
私にとって――名探偵が謎を解き明かすその瞬間が大好きな私にとって、大事なのはただ一つ。
名探偵が名探偵であればそれでいい。
人でなくても、人を喰っても、それだけあれば、それでいい。
長崎。
鎖国の間も海外の窓口となって交流を続けた港町。
島が多く、坂が多く――そして。
最後に原子爆弾を投下された、場所。
自分は大人だ、って。
胸を張って言えるほど、大人になったつもりはないけれど。
けれどやっぱり、子どもだった昔にはわからなかったものが少しずつ、わかれるようになった。
それを嬉しく思うと同時に、後悔がつのる。
どうして、もっと早くわかれなかったんだろう――と。
自分が生まれ、自分が育ったここは、とてもいい場所だ。
すぐそばには海があり、街中でも木々の緑が、花の彩りがあって。
心地よさが――溢れてて。
自分が生まれた時にはもう、これが当たり前のものだったけれど……65年前は今が嘘なんじゃないかって疑うくらい、酷い有様だった。
街も。
緑も。
人も。
焼けて。
燃えて。
焦げて。
地獄、そのもので。
嘘のような、嘘であればよかった、過去の現実。
1945年、8月9日、11時2分にここ――ナガサキは悪魔の光に包まれ、地獄になった。
空は黒く汚れ、大地は黒く焼けて焦げ。
原爆資料館に足を運んだことがあるけれど、そこに展示されてた当時の資料や写真が、目を背けたくなるほど惨いもので。
本当にさ、どうしてあの時にわからなかったんだろう。
日本という国に生まれ、長崎という土地に生まれたのに――どうして、わかれなかったんだろう。
今はまだ、ナガサキは原爆が最後に投下された街と言われている。
どうして《今はまだ》なのか。
それは世界には依然として、沢山の核兵器が存在しているから。
ヒロシマとナガサキの悲劇が繰り返される可能性は、悲しいことにゼロではない。
だけどもう、ゼロにしなくちゃいけないんだ。
燃える業火に消えていった人がいる。
65年が経った今も尚、苦しんでいる人がいる。
そして、これからの世界を、未来を歩んでいく人が、いる。
自分がこうして生きてここにいるのは――当たり前なんかじゃ、ないから。
だから長崎は今年もまた、サイレンを鳴らす。
悲しみ多き過去を悼み。
争いのない未来を願い。
目を瞑り、祈る。
どうかこの世界から、核兵器がなくなりますように。
どうかこの世界から、二度とヒロシマとナガサキの悲劇が生まれませんように。
8月9日、11時2分に――この場所で散った全ての人へ、この世界に生きる全ての人へ――届けるように。
「………………8月9日を生きた人はどんどん少なくなっとる。いつかは、おらんごとなってしまう。そいでもおいたちは絶対に忘れん。白か光に焼かれ、黒か雨に汚されたナガサキを。1945年、8月9日の11時2分に生まれたあん地獄を絶対に忘れず、訴え続ける。原爆は怖ろしかもんって、ヒロシマとナガサキの悲劇はもう起こしたらいけんって、これまでも――――――これからも」
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