くだらないせかいのまま、このまま (ライアニュ)




『アニュー、アニュー、』

頭の奥で声がする。
私の名前を呼ぶ、愛しいあのテノール。
私は薄目をあけて目の前にいる美しい人を見た。

どうやら名前を呼んでいたのは私の勘違いであったらしく、私に腕枕をしたまま彼はまだすうすうと寝息をたてていた。
白い肌、ブラウンの少しくせのある髪の毛、今は閉じられているけれど長い睫の下に隠された深い森のようなエメラルドの瞳。細身に見えるけれど強い力を秘めた彼は私とは違う存在。男と女とかそんなのじゃない、種の違いというどうしようもない隔たりがある。

人間ってなに?
イノベイターってなに?
体のつくりは同じ。脳量子波が使えるか使えないかという違い?でも超兵だって使える。

――そうだ。私と彼ではDNAが違う。私は歳をとれないけれど彼は老いていく。
どうしても越えられない壁が私たちの間にはあるのだ。今私の頭の下にある優しい腕は暖かくて、失われることが考えられないくらい幸せだけれど、彼が人間で私がイノベイターである限りきっとほんとうの意味で私たちは幸せになんてなれない。

ライルを愛しているのだ。確かに、彼を。離れるくらいなら世界がこのまま変わらなくていい。変革なんてほしくない。たとえ彼がそれを求めたとしても、私はそんなのほしくない。

「…ライル、愛してるわ。…私の、たったひとりの愛しいひと」

明日なんてこなくていい。あなたを失うかもしれない明日など。










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