零優零。
満月のいたずら A。
**100605





パニックになっている相手がいると
一緒に動転する訳にも行かず、
零は妙に頭が冷える感覚を味わっていた。


と言うのも。



自分が情けなく声を上げて泣くとか。


ベッドの上に女座り(と言うのか?)をしているとか。


挙げ句の果てには
「側に居てくれないとヤダ」
とか、上目遣いで優姫(今は俺)の腕を掴んで離さないとか。


そんな姿−−−−−



ぁあ・・・
この気味悪さ加減を何と表現したら良いだろう。
誰でも良い。助けてくれ。


零は思わずこめかみに手を当て、顔を歪めさせる。


『ご、ごめんね零・・・
零も泣きたいよね・・・・』


優姫はそう言うと「はい」と横に置いてあったティッシュBOXを零に渡そうと差し出した。
優姫は鼻を「すん」と啜る。
零はそれを眉をしかめて押し返した。


『いや、泣きたい訳じゃない・・』

『・・・・・・・・・』


そんな自分の姿をした眉間を寄せる零に、
先程まで泣いていた優姫は目をしばたかせてマジマジと見つめ返した。


『・・・何だよ』

『・・・私の顔だけど零を見てるみたい』

『は?』

『やっぱり零は零だよね!
私の身体でも空気が零だもん』


鼻を赤くさせた優姫は、にこりと笑顔を零に向けた。

と、言ってもその姿は零自身である訳で。

確かに。
確かに自分の身体から発する空気は優姫のそれだけれど。
見せる表情も優姫のぼやーっとしたものではあるけれど。

どうにもこうにも自分自身を見る事が薄ら寒い事この上ない。

零はバリバリと首筋を掻いた。
そんな零を見ながら優姫はおずおずと口を開く。


『あ、あのね零。
今日頼ちゃんとケーキ食べに行く約束してたの。
どうしよう。』

『は?!どうしようって、お前。
行ける訳・・・』


優姫はバチン!と両手を顔の前で合わせた。

『お願いします!だって頼ちゃんと連絡取れないんだもん!!』

『お願い、します、って・・・
は?・・・俺?』


零は顔を引き攣らせながら自らを指差した。
それを見て優姫はこくこく。と首を縦に振る。


『む、無理に決まってるだろっ!
何言ってんだ!』

『お願いお願い、零ぉ!』


必死に頼み込む優姫に、零は心底嫌そうに眉をしかめさせた。


(何の試練なんだこれは・・・)


対峙する瞳は物理的には自分のそれだが、
優姫のオーラを纏った物言う瞳には逃れられない。
零は頭の隅で観念する。
重い重い溜息を心の底から吐き出して、優姫の顔に照準を合わせるとおとなしく目線を伏せた。





努力はするが期待はするな。と言う事と
多分確実に絶対バレるが怒るなよ。と言う事と

あと
スカートだけは絶対無理だ。と言う事を了承させて
零は沙頼との待ち合わせを嫌々ながらも承諾する羽目になった。

零の姿をしていたとしても、優姫のお願いには何故か抗えないのだと。
そんな事実が弱点となって露呈し、証明された気がした。


「大丈夫!ちゃんと跡をつけて見守ってるからね!」
と何が大丈夫なんだか良くわからない事を告げて、優姫は晴れやかな顔で零を送り出した。

待ち合わせ場所の近くで、物陰に隠れる様に身を潜める自分の姿に
何となく情けなさが込み上げてきたが、
それ以上は考えない様に零は顔を上げた。



「絶対にすぐばれる。」
と断言して待ち合わせに向かった零の言葉は、予想を概ね裏切らず。

沙頼と顔を合わせて二言三言、
最後に僅かながらの引き攣らせた笑顔を沙頼に向けた途端に訝しがられ。


『・・・まるで錐生くんみたいね』


と言われてしまえば零には為す術が無くなってしまった。
考えなど浮かぶ余地もない。
真っ直ぐに向けられた沙頼の、瞳の奥に光る鋭さに。全てを見透かされる様で。

零は思わず顔を背け
『すまん、限界だ』
と謝罪の言葉を放っていた。

早々に音を上げた零は、離れた場所にいる優姫の方を振り返る。
沙頼もどうしたのかと零が向いた方へと目線を向けた。
すると離れた場所の物陰から優姫がひょこりと顔を覗かせる。

沙頼から見ればそれは紛れも無く零の姿であり。
そして、普段の零を知っていれば、身体を折り曲げて物陰からこちらをのぞき見ている様子など到底信じられる筈もなく。

尚且つ。


『頼ちゃ〜ん!!』


笑顔を浮かべて自分の名を呼び、
手を振りながらこちらに走り寄ってくる姿など・・・・


(来る!!!
何か得体の知れない物体が来る!!)


沙頼は思わず小さな悲鳴を上げ、優姫の腕を取ると、震える様に身体を後退させたのだった。








  


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