零パラ。
そこに在るという証。
**100325



宛ても無く。
さ迷う魂は、どうしたら救われる。


どす黒い群青色の。
フィルターの掛かった世界から。
救済の手を差し延べられても。
抜け出す事さえも嫌悪感にまみれた魂。


求める先にあるものが。
元々定められていたものであれば。
後から合わせられたものは。
パズルのピースにも満たない。

無いものであればそれは。
病む必要性も無いと言うのに。
在るものであれば。
見せつけられる矛先の違いに。
抑え切れずに牙を剥いた。



無くした存在意義と。

手に入れるには尊い
ひとかけらの。





そこに在るという証














ある日の昼下がり。
黒主家では、普段では考えられない事が起こっていた。
昼食を作ろうと珍しく優姫がキッチンに踏み込んでいたからだ。


キッチンからは「ダーン!ドーン!」と言う奇っ怪な地鳴りの様な音が響き。
それらに続き。陶器の激しく割れる音。

そして。


『ぁーあ。やっちゃったぁ・・・』


優姫は「いったーい」と零しながら切れた指先を口に運ぼうとし、ハッ。とする。


何を思ったのか。
そのままバタバタと駆け出して頭に浮かんだ意中の人物の居所を探し始めた。


「バターン!」と色気もなく騒がしげに零の部屋のドアを開けてみれば。
ベッドで横になっていた零はビクリ。と身体を弾けさせる。
元凶である人物の顔を捉え、部屋の主は。
眉根を寄せてギラリ。目線を投げて凄んでみせた。


『おッ前なぁ。それが人の部屋に入る態度か?!』

『大変なのッ 零!』

『は?!何・・・』

その声に反応して零が身体を起こすのと。
優姫が零の目の前に到達するのとはほぼ同時で。
その零の目の前に差し出されたのは血が滴り落ちる寸前の優姫の指だった。

鼻先に掠める甘い香りはとてつもない甘美な誘惑で。
零は思わずクラリ。と眩暈を起こす。


『指切っちゃってね。零に舐めて貰おうと思って!』

『・・舐めて って・・』


それを聞いた零は厭そうに目を細め。
不機嫌さを表す声質で 「良い」 と一言発し、ぷい。と顔を反らした。
そう反らした零の鼻先に。優姫は追うように指先をピタリ。


『ダメ。
零はギリギリまで我慢するでしょ。
身体に良くない。舐めて!』

『ッ・・・』


零は優姫の顔にジロリ。と目線を投げた。
それでも優姫の指先はピタリと鼻先から動く事なく。
零は目の前の紅く色めく甘い蜜に視線を寄せた。

大した傷ではなさそうだが。
ここまで溢れさせたまま、自分の為に来たのかと。
零は微かに眉間の皺を緩ませた。


『怪我の出血なんだからラッキーだと思って一思いに!ね?』

『お前の一言は何だか気が削がれる・・』


零は溜息を落とすと優姫の差し出された手首を掴み。
吸い込まれる様に唇を寄せた。


冷静に血を絡め捕るのは初めてで。

確かに。
極限まで我慢を重ね。理性を保てずに結局無理をさせてしまう現状があるのも事実で。
それでも優姫の血の誘惑には抗えない。

零は、優しく傷を労る様に、優姫の蜜を舐めて取る。


(でも果たしてこの程度で済ませられるのか。)


暫くすると、零の瞳の色が瞬時に変わった。
動きがピタリ。と止まり零は。
そのまま優姫の方へ視線を投げた。


『・・・・・・』

『どうしたの?』


不思議そうに零の顔を覗き込んで優姫は首を傾げた。
零の紅く煌めく宝石の様な瞳に優姫の顔が映る。


『お前、 の好き、な 玖蘭枢は・・・
どうした?』

『へっ え?
枢先輩?!』


急に出て来た憧れの人の名前に。
戸惑う声色を出した優姫だが、何でそこで枢の名前が出てくるのかと。
瞳を丸くさせてキョトンとした顔を零に向ける。


『あ、 いや・・』


気のせいか。
優姫の血から。これまで感じていた玖蘭枢への想いとは違う何か。
別の色が含まれている気がした。


その色は胸を締め付ける様で。
それでも苦しいものではなくて。
寧ろ温かくなるように満たされる、自分に合致する様な想い・・・


(お、 れ・・?)


途端に、カァアア。と燃える様に熱く火照る身体。

零は堪らずに顔を反らし、手の平で覆い隠す。
その様子に優姫は頭を思い切り擡げ。
零が隠した顔へと覗き入れた。


『零?どうしたの?』


表情は見れないものの。
隠し切れない耳元や、悩ましく覗く首筋が。みるみると朱に染まり主張していく。
優姫はそれらに目を奪われながら。
ゆっくりとこちらに顔を向ける零の。薄紅色に揺らめく瞳と対峙する。


(え?)


眉を寄せ、口を一文字に結び、睨みつける様に向ける表情と。
相反する様に頬を紅く染めた零に、優姫は訳も分からず。
何故だかつられたように顔を紅くさせる。


『え?・・・え?』

『・・何、紅くなってんだ。』

『ぜ、零だって・・
てゆか零がそんな顔するからでしょ?!』


自由になる方の手で、優姫も赤らめた頬を覆う。
零は思わず掴んだ手に力を入れた。


『ぜ、 ろ?』


(お前の中に俺の存在を感じた事がこんなにも・・・)


優姫は掴まれた腕に目をやり、零の顔へ目線を戻した。
ゆっくりと。
腕を引き寄せる力に任せる様に、優姫はベッドサイドに手をついた。


(こんなにも嬉しい・・・)


自分を見つめる零の深紅の瞳が大きく揺れ。
見ているこちらを酔わせるかの様に。
優姫はくらり。眩暈を起こした錯覚に陥った。


『ぜ、零?あ、の 近い よ・・?』


眼前に寄せる端正な顔と。
熱を含む瞳に目を合わせられずに優姫は、ぎゅ。と瞳を閉じる。
零は身体を抱き寄せて優姫の首筋に牙を起てた。


『んっ・・アッ、はっ』


優姫は堪らずに零のシャツを掴み。
抱き締められた身体がキシリと軋んだ。
優姫はゆっくりと。
小刻みに息を吐き、自分の頬に掛かる銀糸を纏う零の頭を抱え込んだ。

背中に触れるシーツに気付いた時には。
いつの間にかベッドに横たわっていた。
どくどくと駆り立てられる鼓動に。
零は流れ出ていく思考の中で更に優姫を抱きしめた。



はじめから、わかりきった事と。
いつでも。
優姫の求める先にはアイツがいた。
それでも。
微かでも。


(俺に向かうものがあるのならば・・・)


零の中で何かがバチン。と弾け飛んだ。


『止められる・・はずが、ない』

『ぜ、 ろ・・』


抑え切れない想いに理性が侵食されていく。
埋めた首筋に舌を這わせ。
流れ出る血を綺麗に取り。
角度を変えた牙が優姫の肌に沈む。

再び血を求める零に。
抵抗しようにも。


(力が・・入らな・・)


くらくら。とする頭と。
首筋から伝わる零の唇に力が抜けて。
全身で零に痺れる感覚。

どくどくと与えられる甘い刺激に声すらも。
零に搦め捕られてしまう様で。
のしかかる重みも。薫る零の匂いも。
いつもと違う様で。
何故だか無性に。


『や め・・じぇ  ろ・・』


言葉が上手く出ない。
優姫が伸ばした腕は空気を掴み。
天を掠め。

その動きに反応し、零は首筋から離れ優姫の手を取る。
指を絡ませて合わせる零に、優姫は僅かな力で繋ぎ返す。
少しだけ安堵感が戻ってくる様だった。

しかし残された力は既に無く、虚ろに零を見つめる優姫の瞳からは涙が一筋。
それを目にした零は目を見開き。後に顔を歪めた。

その手から伝わる鼓動と震えるその身体に。
徐々に冷静さを取り戻し、優姫の光る瞳に零は唇を落とす。


『ゴメっ・・また 俺・・』

『はっ・・は、 ぜ・・ろ・・』


顔を歪めたままの零に。
優姫は繋がったままの手に力を込め。
動いた指で零の甲を撫でた。


(ダイジョウブ)


息を整えながら心で唱える。
掌から伝う様に零の身体が震えた。


(ダイジョウブだから・・・)


頬にゆるゆると伸ばした手を添えると。
精一杯の笑顔を零に。
薄紫に戻った瞳の瞬きが優姫を安心させた。

零は自分を鎮める様に優姫から身体を離し。
繋がれた手を解こうと指を動かす。
しかしそれは。


『この ま ま・・・』


優姫の手に繋ぎ止められ。
離す事が出来ず。


『このまま が、い い』


そう言う優姫の言葉通りに。
ベッドの上で二人。
手を繋ぎ合わせ、時を過ごす。

瞳を閉じて、はぁはぁ。と息を取り込む優姫の。
覗く首筋には自分が荒らした跡が残り。
零はただただ申し訳なさ気に視線を逸らした。

不意に左に在る温もりに力が込められ。
零は、はっとして優姫に目線を戻す。


『さっき ね・・少し怖かったけど。
でも いやじゃ なかった よ?』

『・・・・ッ』


呼吸が戻ってきた優姫は。
少しはにかみを含みながら繋がる手を
自分の頬へ擦り寄せた。
その感触に零はビクリ。身体を強張らせる。

『だから。そんな顔 しないで?』


零は思わず眉を歪ませ目を伏せる。


(俺は・・酷い奴だな・・・)


淡く色付いた優姫の中の俺の存在に。
それだけで。
ただそれだけで。
理性を保てず、壊してしまう程に。


首筋に咎める様に遺る牙の跡を、そっと撫でると。
優姫はくすぐったそうに首を竦める。


悪いと思う気持ちと。
自分の印の様に主張する身勝手な想いと。


『私も 零の血を貰えたら。
おあいこなのにね?』


薄紅に染める照れた様な微笑みが。
零の心に染み込む様に。


確かに感じた血の中の。
俺と言う存在の証。


優姫が俺の血を。
口にする事があったとしたら。


(そんな事はないだろうけれど)


存在が。わかるだろうか。

俺の中に巡る優姫と言う存在が。

優姫の中に仄かに色付いた俺と言う存在と同じ様に。




そこに在るという証




さ迷う魂は、人の中に印を刻み。
救われていく。



















20100325−−−−−》》
乙梨さんどうも吸血が好きらしい・・・
零の吸血サイコー!


いつもと違う感じを目指してみましたが
やぱりあまり差がないですね
(´ω`)

はぁ
文才欲しいゼ・・








  


[EXIT]


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