誰かに名前を教えるのって怖いことだと思いませんか。名前がある私はもう匿名の「わたし」ではなくなってしまう。『×××Holic』にも、人にかんたんに名前を教えてはいけないって書いてた。

けど先日、ついに名前を教えてしまった!
私が名前を渡したのは予約制の、とあるお店。予約せずともタイミングを見計らえば入れるのだけど……予約特典の福袋がほしくて、電話先でとうとう名前を告げてしまった。
そこは服屋でも雑貨屋でもお菓子屋でもなく、本屋さん……。

お店に行く前におなかをこしらえる。この日は午前に練習があったのだけど、みんな練習が終わればすぐばらばらになってしまった。
前から行きたかったカフェがあるので、そこでお昼ご飯を食べる。昼下がりの店内には私と知らないもう一人しかいない。あとは本と本と本と、本棚とぬいぐるみの黒猫。

カウンターでもう一人のひとがふいに話しはじめる。
「いい本と、そうでない本を見きわめる方法ってあるんですかね?」
マスターはすぐに答える。
「ないでしょう」
「やっぱりそうですか。作家の名前で選んだりしますけど、そう思うと、けっきょく書く人に読ませるなにかがあるってことになるんですかね」
「そうかもしれないね」

そうかなあ。私はごはんを食べながら、心のなかでひねくれる。〈本を選ぶ〉ばかりじゃなくて、私たちが〈本に選ばれる〉ことも多いような気がするけれど。

そうは思ってもいきなり話に入るわけにもいかないし、私はごはんを食べていく。
斜め前にはさっきまで読んでいた本が置いている。

クラフト・エヴィング商會
『星を賣る店』

吉田篤弘さんの世界観と文体が好きでたまに小説を読むんですが、奥さんは装丁家でもあるんですね。よもや、ちくまプリマー新書の装丁を手がけられているかただとは。
そんな吉田さんちがいとなむ(?)「クラフト・エヴィング商會」というところにある商品をただひたすら紹介していく目録のような一冊。
あるようで、本当は存在しないであろう本や雑貨やお酒たち。〈天使の矢〉なんていうのも出てきます。
おそらく想像から生まれたそれらは、『クラフト・エヴィング商會』のおふたりがハンドメイドつくりあげて存在〈させてしまった〉ものみたいです。
でもこの目録のなかには少しだけ実在したものが混ざっています。こういう、わずかに現実を残したファンタジーの世界が私は好きみたいです。

『司書―宝番か餌食か』

歴史的にみて司書とはこのような存在だった。というようなことをずっと書いてくれている本。
そりゃあほのぼの頑張る司書の本もいいんですけど、こういう、本を愛し本に呪われているひとたちの話をもっと読みたい!そんな意味でたまらない魅力がある一冊です。

食べ終わった!
珈琲が出されて、後ろの本棚から本を取る。
もう一人のひとは話をやめて珈琲の(おそらく)おかわりを飲んでいる。

『真夜中 創刊号』

リトルモアが出している雑誌。いまはお休みしているみたいです。
いい名前だなーと思って表紙をみたら、〈ECD〉の文字……。石田さんが、第一子がまだ生まれる前の奥さんとの日常を切り取って書いています。このときはとても、希望とぬくもりのあるエッセイ。

ずっとこのお店にいたいなあと思う。でも他にお客さんも入ってきたしもう長居はできなさそうだった。お会計をすると、もう一人の知らないひとも続けて席を立った。でもお店を出るのはばらばら。会話もなく。
当然と言えば当然だけど、なんだかさみしい。
いや、知らないひとと簡単にうちとける人も世界にはたくさんいるから、私にもそう生きることはできるんだけどそれはできない。私にとってそんな社交性は違和感でしかないんだけど、でもそうやって〈あたりまえ〉で済ませていることで失われたことも多いんだろうなって思いながら歩いた。

さて件の本屋さんである。
この日はどうしてか、まいごになってしまった。店内の客は入れかわりたちかわる。後ろを通る誰かに「すみません」とか、帰省すると話していた知らない女の子と交わした「それじゃあどうも」「お気をつけて」とか、この前よった別の本屋さんのご主人がたまたまこられていて、「この前買った尾形亀之助の本がすごくよかったです」「こちらもどーんと出した本だったのでよかったです」というやりとりなど、ここでは何度か私の口からも言葉が出た。

さてさて、いただいた福袋がはじめの写真です。
よく見ると、犬さんのおなかに……これは……。

矢!!!

矢だ!
うれしい。矢に気がつくまで一日かかりました。調べてみると、みんな違う模様らしい。
うれしいね!
あのカフェで読んだ『星を賣る店』に出てきた〈天使の矢〉を思い出しました。
なんで矢かというとちゃんと理由があるんだけど、そっかーこういう効能もあるのかー。


どんなジャンルでもいいけど、お店という場所にいると、果たして私はこの空間にいていいのか迷うときがある。このお店に自分はふさわしいのかどうかみたいな。なぜお店に自分を合わせようとしているのかって話になるんだけど……。なんでですかね。
でも、人もみんな本だと思うようにした。
店内で多くの人に読まれている本と、あまり読まれていない本のふたつがあるみたいに、人間もまた同じ。その空間において、呼びかける人と呼びかけない人。呼ばれる人と呼ばれない人がいる。ある本を手に取るのに一番いいタイミングを計らうように、たぶん人間にもそういうタイミングがあるんだと思う。

タイミングといえば、本屋で田中康夫の本を買ったら福袋にも田中康夫の本が入ってました。
「本屋の勘だな!」と店主のかたが笑っていました。


〈60億人のひとがわたしに、愛するひとがいるからきみなんか必要ないよ、と言っている。〉
(最果タヒ『死んでしまう系のぼくらに』から「LOVE and PEACE」より)

最果タヒ『死んでしまう系のぼくらに』

同じ空間に他人がいると煩わしいときがあって、そんなときにさっと棚から引き出して買った本です。読みながら、消えたくなるし、わーって泣きたくなる。もう死んでしまいたい、消えたいなって思う瞬間の〈ぼくら〉が描かれている。

おかもとえみ『HIT NUMBER』

いま聴いているうたです。
私もヒットナンバーかけてほしい。


本の感想