正月以来訪ねてなかった祖母が1月から入院していると知って彼岸入りに見舞いに行った

そして昨日の春分、祖母の好物の桜もちを持って見舞いに行った

祖母はお彼岸を気にかけていて、昨日のタイミングで桜もちを食べることができて、落ち着いたというか安心したような感じに見えた

父の母、稀に夢に見る
多分、境界にいる存在

彼岸は境界だ
夏の世界と冬の世界を繋ぐ橋のような

意図してこのタイミングで見舞いに行ったわけではなく、意図せずこのタイミングになったから、そう思った


それで何がどうなるとかはわからない

でも何もかも必要なできごとしか起こり得ない

昨日、犬を飼うことになったのも


子供たちがペットを欲しがっていて、「一年だれも入院しなかったら飼おう」と条件を出していた
それはクリアしていない

でも生まれた子犬をもらえる話が舞い込んできた
それを拒否はできなかった

不安はある不安だらけ
でも流れに逆らう気はない




(追記)

最近 自適さんは「闇一」という言葉をブログに出す

私は「あめ一」
やはりなんらかの因縁を感じる

闇は門に音

岩戸開きのどんちゃん騒ぎ
ブレーメンの音楽隊
などを連想する

ブレーメンの音楽隊に似た昔話が新潟にある
いつか栃尾でそれのオブジェを携帯カメラで撮ったが、何代前の携帯だったか不明
携帯を壊れるまで使うため、前の携帯データは閲覧不可になるのだが、先代の携帯だったらなんとか見れる
壊れるまで使う癖を治すかバックアップを時々とるか、なんて面倒臭い
追い込まれないと動かない怠惰な性分

話がそれたが、自適さんの「闇一」で栃尾の昔話が気になってきた
近くには守門岳がある
私はその辺りに潜在的に思慕がある

夢の中でそちらの方へ帰りたいと望んでいた