おなまえ


上の子はトカゲのシッポを取るのが好き
でも取れたシッポがクネクネ動くのを怖がる…




今日TVで「日本人のおなまえ」番組で高橋姓をフォーカスしていた

それで弥彦神社の宮司は代々高橋さんが継いでいると紹介された

その時に弥彦の神様は天照大神のひ孫だと説明があった

一応弥彦の神様は天香語山命ということになっていて、五十猛命と同一神と言われたりする
その五十猛命はスサノオ命の御子だという説もあるのだが
どうなんだろう

私の妄想では弥彦の神様は山幸彦




弥彦に古代文字がある

ご当地の図書館めぐりなどして検証しないことには推測でしかないが、
文化の違う場所だった可能性はある

新潟で出版されたローカル本で古代エジプト人は新潟に辿り着いたと書いてあるのもある

で実際新潟市より北の霊園にモアイ像があったり、カオスな文化が漂っている…

日出づる場所を目指して日本に辿り着いた複数の民族はいたのだろう




高橋姓の色々なお話は面白かった

高も橋も似てて口が上下に二つ






にちゃんの話
国際ニュースのフランス兵がアフリカ少女を犬と性交させたスレが1時間も経たずストップかけられていた

フランス勢もにちゃん監視してるんだ、と新たな発見

911で特定国籍の人種だけ休んでいたと指摘したNHKコメンテーターが不審死てレスがあったスレなんかひっそりとスレ削除されて跡形もなく消えていた

スレストップは書き込めなくなるだけでスレが溢れて落ちるまで残る

その対応の差から、にちゃん監視のパワーバランス的なものも察し


TVよりは情報が多いけれど、隠蔽の力は働いている>>ネット


紛争の死者数と日本のじさつ者数がひけを取らないてのも唖然としてしまう

搾取され続けているが、ストイックな日本人にはちょうどいいのか
敗戦国という諦めなのか


悪に染まっていく


似た歴史の繰り返し


新潟が重要な地位から片田舎扱いされ真実やらが隠蔽されたように

スケールが拡大して

片方は減り
片方は増殖


この世は生き地獄




天国まで望まずとも、均衡な世界を保てなかったのは残念だ




(追記)

めげてきた時は玉音放送の文言を思い浮かべる


朕は時運の趨(おもむ)く所
堪へ難きを堪へ
忍ひ難きを忍ひ
以て万世の為に太平を開かむと欲す

聖徳太子

国上寺


聖徳太子像

古志郡越の山・雲高山、雲上山を聖徳太子が登り「大悲千手観音」像を彫られたという

その大悲千手観音像は「くがみ」と呼ばれた

飛鳥時代から蒲原郡に属し、孝謙天皇の御宇に「国中上一寺」と詔勅され「国上」表記になった
万葉集では「久賀躬」

元明天皇和銅2(709)年に弥彦大神の託宣により国上寺を建立
御本尊は光明皇后に賜った阿弥陀如来




聖徳太子は後で付けられた呼称で
廐戸豊聡耳命などの御名がある

そして、耳には国王の意味があるという説がある


播磨国風土記に「聖徳王の御代」の記述があったり、法起寺の塔の路盤銘に「聖徳皇」とあるらしい

どこぞに聖徳太子の子供の頃と母親の像があるが、そこを訪れたとされる聖徳太子の年齢より小さな子供の像で真偽不明の扱いらしいのだが、
幼くして皇位に付いた推古天皇が廐戸皇子だったのではないか、と思った

聖徳太子は物部守屋を討伐したとの話がある
物部が本来の神様を隠し、己の地位を築く為の本来とは違う神をたてたのではないかと感じる今、
聖徳太子(廐戸豊聡耳命)について、もっと知りたいと思う




(追記)

仏教のゴータマ「最上の牛」と
神道の物部「牛勿れ(うしなかれ)」


牡牛座の中の昴(プレアデス)

変化する地形、地球の鼓動

昔の新潟地図

佐渡が陸続き
佐渡と粟島の間に「榎島」(今はない)

エノ島、気になる

ぽつんとある松浜(現在陸続き)には、霊園にモアイ像の墓が複数あるという
興味深い


地球の地殻変動は思っているより発生しやすいのではないかと思った



(栃尾の秋葉神社)

あぶらけんしん

旧栃尾市(現長岡市)のご当地キャラあぶらけんしんのバッチを買いたいと子供が言い出し、私も上杉謙信公が好きなので秋葉神社のある常安寺周辺へ行ってきた

常安寺の近くにある小さな道の駅で買ったのは、娘があぶらけんしんのマスコット、息子があぶらけんしんのバッチ

マスコットの価格はくじ引きの権利がついて、くじ引きの結果マッチを頂いた

火防せの秋葉三尺坊にかけたとか
マッチは好きだ

上杉謙信公が楡原の蔵王堂から常安寺の山上に遷した秋葉神社

地元の伝承では楡原の蔵王堂にヤマタノオロチの墓があるとされている

信州生まれの秋葉三尺坊がそこで修行したそうだ

静岡の秋葉神社と総本社はどちらかもめた歴史もある

言わずもがな
新潟の歴史は表から抹殺されている


秋葉神社を携帯カメラで撮っていたら60代ぐらいの男性に「なんの勉強に来たの?」と声をかけられた

伝承が途切れていくことを懸念していて、神社で参拝以外の所作をしている人をみつけては声をかけて、自分の情報を伝えているらしい

石川雲蝶の彫刻のモチーフを知りたかったが、男性もそれは知らないそうで残念だった

「秋葉神社の扁額の両脇にあるお面のことなら知ってるよ、舌がなくて二つの釜戸面なんだよ
火防せの神様だからね」

二つの釜戸、で多賀大社の御湯神事の調度 二つの大釜を連想した


自称ボランティアの男性と話し込もうにも子供達が気になるので、話し込まずに礼を言って別れた


そして
源義経公の愛人 静御前のお墓近くの塩の宮 巣守神社と貴渡神社を参拝してから、大きい道の駅へ行った

大きい道の駅出入口の案内所に、冒頭写真の ほだれ祭りゆかりの飴が飾られていて、「どこで売ってますか?」と尋ねたら

「祭りの時しか売ってないんだよ、必要なの?」

私「え…、いや
どこで売ってるのかなと思って;」

「これ去年のだし、あげるよ」

私「えっ!ありがとうございます」

と、サービスで頂いた
ラッキーだが、その飴を子供達が舐めるのは複雑

道の駅の広場で子供達が遊んでいるうちに、双子妹の足やらサンダルやら汚れてきた
近くの水道はばかみたいに勢いがあり余って手をつけると凄いはねて洗えない

それで羽黒神社に水路でみそぎができるよう階段があったな、と思って羽黒神社へ行った

しかし水路に流れがなく澱んでる感じで
「きたなくてあらえない」と双子妹
洗うのは途中の湧き水でするとして、
羽黒神社を参拝

参道脇の地蔵尊でくじ引きの戦利品マッチを早速使った双子

お日様の角度や携帯カメラのアングルの組合せで綺麗な陽射しが映った
双子は上手にマッチでローソクに火をつけた

マッチをおもちゃにしそうで少し怖い


春分に汲みにきた湧き水で双子妹は足を洗い、みんなで湧き水を飲んだ

子供達は「おいしー♪」
と喜んでいた

帰りの車の中で子供達は眠りに入った

夕日は黄色くてまんまるで優しい感じがした

昔話

昔話に興味を持ったのは、二年前、三枚のお札の知らないバージョンを知ったのがきっかけだった

三枚のお札は和尚さんに貰ったのではなくて便所の神様に貰った

山姥から逃げる時、川、火の海、茨の山を出す

井戸の屋根に小僧が隠れて、井戸水に映った小僧を見て山姥が飛び込んで死ぬ

また、便所の神様に貰ったのが青と赤と白い玉三個のバージョンもある


この話のパターンが大国主命がスサノオ命から逃げるシーンやイザナキ命がイザナミ命から逃げるシーンに似ているという指摘もみて、俄然関心を抱いた


最近気になっていたのは金太郎

金太郎はストーリー性に欠け力自慢の描写が主なのに、桃太郎と並ぶ認知度


昔の金太郎は赤い肌で描かれていたが、今のところ赤い肌で描かれた絵本は見たことがない

金太郎の母は赤い肌の山姥で、父は長野県安曇野市の魏石鬼八面大王という説がある

魏が出るので余計関心が増す

魏石鬼八面大王は坂上田村麻呂に殺され体をバラバラにされたという伝承があるが、
北海道に逃げた八面大王が源義経にトラ・ノ・マキを盗まれたという伝承もある
同名異体なのだろうか


タケミナカタ命や金太郎など気になる存在が長野県にあることも因縁を感じる


戸隠は子隠の意味があるのかもしれない

日の神が死に、二代目となる日の神の御子に何か起きた
(天照大御神の岩戸隠れの際のアメノウズメ命の踊りを出産シーンとする見解がある)

名前交換のイザサワケ命とホンダワケ命




名前交換の具体例をしたらば掲示板の「藍物語」で見た

呪詛返し、身代り


縄文人=アイヌ人=蛭夷=陰陽師
そう繋がると思っているが、同族内で派閥争いがずっと続いているのだと思う

だから天皇陛下には名前がない、名前があっても本名は決して公開しない

呪殺防止の為に


オカルトついでに
祟られ屋シリーズの「ちょうせん人は日本の神様のご加護を受けられない」という内容のセリフがずっと心に残っている

ちょうせんを経由してきた蛭夷もいるので、あちらは起源を主張するのだろうが、蛭夷の通過はあっても目的地ではなかったのだろう




だから日本は妬まれる
世界中に
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