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行き交うエネルギーの真ん中で


話題:お芝居



Title:行き交うエネルギーの真ん中で


こんばんは、Mariです。


今日は久しぶりに大学へ後輩のお芝居を観に行ってきました。
空気の冷たい1日でしたが、お天気が良くてお出かけ日和でした。


今年に入って最初の観劇は不条理劇。
コント要素も入っていて比較的見やすいものだったのかな。


後輩たちの顔を見て元気をもらえた気がします。
大学を後にして観劇の感想をまとめるために入ったカフェでは、客は私だけで貸切状態。
温かいカフェオレを傍らに背後で流れるは別れの曲。
ピアノを奏でているのはカフェオレを淹れてくれたマスターで。
練習中なのか所々つっかえていたけれど、優しい音だった。


そして帰り道、空を仰げばとても綺麗な黄金色の夕焼けが広がっていました。
考えることも、感じることも多い1日で、いい休日だったと思います。
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「ありがとう」を、舞台に残して

 

Title:「ありがとう」を、舞台に残して



着付けを習おうか考え中、
Mariです。

和服好きです。華やかで綺麗ですよね。



しばらくぶりとなりますが、皆さんお元気でしょうか。

私は少々風邪気味ですが元気です^^



さて、先日役者出演させていただいた公演が無事終わりました。

約3ヵ月に及ぶ公演期間は長いようであっという間でした。

まだ終わって欲しくない。千秋楽の日にそう思えるほど楽しかった公演でした。

元いた劇団でも何度か役者はさせていただきましたが、今までにないほど演出にも共演者にも、そしてスタッフにも恵まれていたと思います。ブランクがあるとはいえ拙い私の演技に最後まで向き合ってくれた。どうすれば演技が良くなるか、シーンが、作品が良くなるかを一緒に考えてくれた。みんなの真剣さを知っていたから、時に厳しいことを言われても特にストレスにならなかった。得たものは大きく、役者として、演劇人として学ぶことの多い時間でした。周りから「一番伸びた役者」だと評されたことが何より嬉しかった。演出に「三ヵ月で本当に変わったよ。別人みたい」だと言われた時には「参加して良かったな」と素直に思えました。

私自身、僅かながら変化を感じています。

上手くは言えませんが、不思議なものです。

色々思う事は追記に回しますね。




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化学反応は起きるのか



Title:化学反応は起きるのか


こんにちは、Mariです。
体をいい加減ゆっくり休めてあげなきゃということで、今日は1日家で静養しています。


ぼーっとしながら、色々考えていたのですが、何かものをつくるってエネルギーが要るなと最近思います。
とりわけ、「たのしい」とか「おもしろい」を生み出すということに対しては。


この1年元いた劇団で周囲と自分の「おもしろい」の感覚がずれ始めていることに気付いてから、自分にとっての「おもしろさ」とは、「たのしさ」とは何かを考えてしまいます。
感覚なんて人それぞれで、だけど自分の感覚には正直でいたいし自信も持っていたい。
ただ、それは周囲にとってそんなにおもしろいものではないのだとしたら?自分の思うものをやりたいようにやって、それが他人…大多数にとっておもしろくないならその行為は「自己満足」だと捉えられてしまうかもしれない。
何のために芝居をするのか。自分のやりたいことをやる、うん。およそ自分のためかもしれない。だけど、どうせなら観てくれる人に何かしらのプラスを与えられるような、そんなものを提出したい。そのために自分に足りないものがあるなら、それをカバーできるようにもっと工夫しなくちゃいけない。頭を使うべきはここか。ああ、上手くまとまらない。


演劇の話続きで言えば、昨日は年内最後の稽古ということで通し稽古をしました。
演出から、いや演出から言われなくてもまだ人様に提出できるレベルに達していないという現実を突き付けられました。
経験の差か、稽古の参加回数の差か。
役者間でのあらゆる認識と動きの「ずれ」が見えて、どうにも後味が良くなかった。
本番まであと3週間ほど。まともな稽古はあと1週間あるかどうか。
悔しいな、やっぱりこのままじゃ。


今回初めて劇団を飛び出して(といっても身内も数人いますが)今まで関わったことのない人たちとお芝居を作っていて、それ自体はとても楽しいのです。特に今回はやってきた芝居の色が異なる劇団の有志で構成したユニットですからね。上手く化学反応が起きれば、面白いものになるという確信はあります。
脚本はしっかりしているし改稿も初期に完了し、スケジュールも割としっかりしていて。
あと仕事の早いスタッフ陣には驚かされました。
役者の方でも自分以外の役のこと、シーンのことを一緒に悩んで作ってくれる役者に出会えてよかったなと思います。私、自分のことでいっぱいになりがちで…一緒につくる楽しさを今さらですが楽しんでいます。


今作っているものの先にお客様がいる。
中途半端は提出できない。
そして、この機会を与えてくれた演出にも応えたい。


やれること一つずつ、やっていかなきゃ。
まだまだこれからだー!



昨日の稽古場。
此処から得たものが、次に生きると信じてる。

芝居はありのままを


Title:芝居はありのままを

映す鏡だ、というのはシェイクスピアの『ハムレット』から。


大学での所属サークルは演劇、
Mariです。

役者やったり舞台(大道具)装置を創ったり。

 

 

さて、昨夜1回生の時から続けてきた劇団サークルを卒団しました。

昨日までの3日間が公演日で、受付スタッフとしてお手伝いをすることで自分なりにその劇団での活動を終わらせることができました。

写真は自分宛ての差し入れや卒団祝いたちです。わーい。

 

 

自分以外の同期が皆やりたい事に突き進む中、一人何もしないで終わるなんてやっぱりできなかった。

お客様の笑顔もたくさん見れたし、少しばかり知識を入れたおかげか、一瞬一瞬変化する劇場=演劇空間の空気感だとか、役者の身体の動きにしても今までとは違った見え方、捉え方ができた気がする。楽しかったなあ。

 

 

演劇は高校の時に始めました。

きっかけは当時アニメ等の影響で声優さんに憧れていたこともありますが、今思うとコアの理由は「自分ってどんな人なんだろう」という漫然と抱いていた疑問への答えが欲しかったからなのかなと最近思うようになりました。


役者をすると他人
(自分以外の何か)の人生なるものを生きるわけで。
その役と向き合い生きていく中で「こういう考え方好きだな」とか「自分だったらこの行動をするだろうな」とか、『役』という『他者』を通して自分という人間をより理解できるのではないか。
まあここまでしっかり考えていたかは別ですが、「自分って何だ?」という問いかけを持っていたのは確かです。それは中学の頃からかな。

 

 

『演劇は、自分自身の姿を、自分自身がどのようなものであるかをかたちにして示してくれる。』

 

 

というフレーズをとある本で読んだことがあるんですけれど、多分私も演劇が示してくれる自分自身の姿ってやつを求めていたのでしょうね。

 

 

他者を介して、言い換えれば他者と比較することや他己評価で自分を見てきたものだから、自分に対する自信は獲得と喪失の繰り返し。
「自分なんて」と考えがちだったのですが、それはこのあたりの影響だったように思います。


その中でこの3か月、正面から、いや色んな角度から自分と向き合う時間ができて。
自分の良くないところを見るのは思ったよりも辛くて、自分に起きた不幸を他人のせいにしたくもなった。
でもそれだと、他人を恨んだり妬んだりしながら生きていくことになる。
それは嫌だなと思ったんですよ。疲れるし。
精神衛生上よろしくないですもんね
()
納得しないまま放置することもできたのだろうけれど…それではいつまで経っても変わらない。


そんなわけで心身ともに自分との闘い、というよりは対話が始まって。
色々考えた末に先日の記事に書いたような一つの「答え」が出たわけです。
それは「自分ってこういう性質の人で、こういう人間なんだ」という自分が求めていたものでした。
7年間の演劇活動を通してやっとたどり着いた答え。
自分がどう生きていきたいかについてはこのブログの1番目の記事にある通りなので、今は何をして過ごすか、生きていくかを考えている段階です。

 

 

演劇は…学生のうちに出来る範囲でするかもしれないです。
それ以降は何かしらの手段で自分を表現することを続けていけたらと思っています。


きっとこのブログもその一つですね。

しがないただの趣味ブログやけどっ













 


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