核融合
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先生と私
あなたとわたし
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2012.5.15 12:49 [Tue]
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連載短編
「あなたとわたし」
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別にエロ要素とかないけど、よくある期待オチを使っちゃうの。
そんでもって普通の話に戻るの。
2012.5.15 12:33 [Tue]
七月十六日(日)
話は大きく巻き戻って、初夏真っ盛りの七月。
近所のコンビニのベンチは、アブラゼミの耳障りな楽団の中心に放り込まれたような錯覚さえ感じてしまうような、気だるい蒸し暑さに包まれていた。
日影がある、というのは所詮気休めでしかなく、というか気休めにすらなっていない時点で不要なものなのかもしれないが、だが無ければ無いで、肌に突き刺すような灼熱のごとき紫外線をその身に受けてしまうので、やはり気休めにはなっているのかもしれない。
体感温度は三十度をとうに超えていて、汗は滝のように頬から首筋を伝い、首から垂れ下げたタオルは、その汗を吸い込んではゆっくりと重みを増していく。
正直に言えば、この場所は地獄の出入り口にも等しいポジションだろう。自動ドアを超えた先では、クーラーが利いてさぞ涼しく居心地のいい空間があるはずなのだから、当然と言えば当然である。
ならばなぜ入らないのかといえば、それは入る目的が無くなってしまったからだ。
そう、もともと目的は存在していた。
ほんの数日前にこの街へと越してきた僕にとって、未だ空調の設置が為されていない自宅は天然であり養殖でもありそうなサウナ室にも等しく、そのような場所には睡眠と食事などの用をたす以外に一秒たりとも居たいとは思わない。思うやつはカビと雑菌と害虫と干物くらいのに決まっている。少なくとも人間は、用もなく滞在したいとは思うまい。
ならば他に空調の整備が為され、また来る者を何人と拒まないすぐ近くの建物といえば、最短ルートでここのコンビニしかない。
冷たい水分と、くどくない程度の糖分を確保する目的も兼ねて、僕は長い長い苦しみの時間を少しでも軽減しようと足を運んだのだが。
肉体と性根もろともに腐ったゾンビのような足取りで店内に入ろうとして、しかしその歩みは、向こうの透けるガラス製の自動ドアの前に止まるしかなかった。
《本日は高温による冷房設備故障のため、臨時休業となっております》
弁当、パンの類は腐敗し、冷凍食は溶け、乳製品は全滅するがよろしいか?
という、店の内側から貼られたコピー用紙からの無言の圧力に、僕は屈する以外の術を持ち合わせてなどいなかった。
最悪の一日であるという確信に至ったのは、その時だった。
もはや帰路につくための第一歩たりとも体力を消費する気になれず、出入り口横のベンチに座り込んでから無為に時間を浪費して現在。僕は力の限りを尽くして脱力に全力を注いでいる。
何も考えずにぼーっとしていることが一番暑さを感じないことだと気づいてからは、途端に周囲の雑音が大きく聞こえ出した。
人通りがほとんどないため、足音や会話のようなものはまず聞こえてこないが、どこか遠くから時折聞こえてくる車のエンジン音や、電柱の周りにひっついた蝉たちの鳴き声を耳にすることが、自分がどこか遠い世界にいるんじゃないか、という不思議な錯覚をさせるようだった。
そんな雑音に、別の"音"が交わるまでは。
「ねえ、そこのひと。ちょっといい?」
透き通るような声だった。
厳密にいえば、『今のこの環境の中』では、だ。つんざくような雑音ばかりのこの場所で、その"女性"の声はひどく綺麗に感じた。
空を見上げていた視線を正面に戻した先には、確かな形で女性がいた。ゴテゴテとした装飾品の一切を身につけておらず、なにより目の前にワンピースを着た女顔の男がいてほしくないという、ささやかな願望も混じった意見であるが。
髪はショートで、染めた感じもしないブラウン。幼く見える容姿は、年齢も伴っているだろうとすると、推定小学六年……いや、中学生だろうか?それとも実は高校生で、『車いすに乗っている』から幼く見えただけだろうか?
「反応薄いぞー。返事しろー」
などと虚ろな頭で考えている間に、その女性はどんどんこちらに近づいてきていた。
後ろのグリップには保冷容器に包まれたペットボトルがぶら下がっていて、膝上には薄手のタオルが折りたたまれて置かれている。スカート部分は膝下なので下着は拝見できなかった。
いや、健全な男の子なのだからこれくらいの茶目っ気は許容して欲しいと思う。
「ああ……ええと、」
促されるままに声を出したはいいが、その先が続かない。どなた?ちょっと、ってなに?という返しのどちらを先にすべきかぐるぐると考えているあいだに、向こうが答え合わせをしてくれた。
「不自由な私に、手を貸してはくれないかな?」
お礼ならするよ?と、その女性はスカート部分の裾を持ち上げながら告げた。
2012.5.10 10:59 [Thu]
十一月十日(日)
その日は雨上がりの快晴だった。
次第に雲が空を覆い始める光景を見上げて、僕はコンビニの自動ドアの開閉をきっかけに流れる曲と共に、うすら寒い夜道へと躍り出た。
明日もまた雨が降るんじゃないだろうな。
と、睨みつけるような視線を、しかし傘のかかった満月に向けることしか僕にはできない。
きっと降るのだろう、と頭の片隅で僕は思った。
手提げた小さな、コンビニのロゴマーク入りのビニール袋の中から、普段もよく購入するブドウ味のグミを取り出して、新品の切り取り線をなぞるように引き裂く瞬間が、僕は地味に好きだったりする。ジップロックタイプの口を開いて、中のハートマークのグミを一つ摘み上げ、酸味の強いそれを、僕は口の中にひょいと放り込む。途端に湧き出る唾液と、染み出る酸っぱさ。
おいしいなぁ。
いつもの味、なんの変化もないその味が、安心を感じさせてくれた。
自宅からコンビニまでは百メートル程度しか離れておらず、というか田舎と呼ばれても致し方ないようなこの町では意外と長く根を下ろしているそのコンビニとの間には平屋の民家が数軒立ち並んでいるだけなのだが、これだけ沢山の民家が周囲にあるにもかかわらず(いや、民家"しか"ないと言うほうが正しいのかもしれない)、夕方を過ぎた今の時間帯では人っ子ひとりと見かけない。
近所に大きなスーパーやデパートがない、まさに閑静な住宅街の夜なんてこんなものだ。静かすぎてむしろ落ち着かない程度に寂寥感で溢れかえっている。
コンビニの中にすら、レジを打つ店員が一人、おそらく奥に一人、そして雑誌の立ち読みをしているスーツ姿の壮年客が一人しかいなかった。まだ夜の八時だというのに!
コンビニの出入り口の隣に置かれたベンチに座り込み、車一台と駐車されていない広々とした駐車場を眺めながら、僕はまたグミを一つつまんだ。
人がいない。
その昔、とはいってもたったの二年程度だが、僕は都会のど真ん中に住んでいた。
だからこそ、越してきたこの街の静けさには今でも慣れることができない。高校一年生にもなっていじらしいと思われるかもしれないが、人は己の知らない異常に、正常で立ち向かっていけるようにはできていないのだから仕方ないではないか。と僕は思っている。
一週間に三回、火曜日と木曜日と日曜日にはこうして、寂しさを紛らわすためにコンビニに来ることが僕の習慣になっていた。もともとはお菓子を買い食いできるような近所がここしかなかったことに対する妥協だったのだが、今ではむし、行かないと落ち着かなくなっている。慣れ、というのはなかなか恐ろしいもので、気がつけばもう丸々一年近くもこの行動を繰り返していたことに気付いた時は驚いた。
今では別に何かを感じたりはしないが、やはり拠り所があるだけで、心境というものはころりと変わってくるものだということを実感することにもなった。
さて、僕がなぜこうして家に帰らず、硬く冷たいベンチに身を預けているのかといえば、この先を語るにはなかなか複雑というか、非常に誤解を招きやすい発言をしなければならないので中々気が進まない。
しかし日記は日記なので、語るべきことを記さなければ日ごとの出来事に遭遇した意味がないので簡潔に語ることにする。
言い訳がましく映るのも何かと不本意なので、平たく素直に理解しやすく言うのであれば。
特に目立った音も立てずに、その人は暗がりの中から現れた。
相変わらず綺麗にされている汚れた道には小石ひとつ落ちていないようで、二つの車輪はしっかりとアスファルトを踏みしめていた。
耳がやや隠れるくらいの、暗い栗色をしたショートヘアの毛先を揺らし、裾の長いピンクのワンピースの上に肌色で薄地のカーディガンを羽織ったその人は、学業を本分とする僕の一年先輩にあたる。その割に身長は低く、僕が百七〇センチあるのに対し、先輩は一五〇センチに届いていたかどうかも曖昧になるほどに。
その先輩は、歳に似合わぬも見た目に反しない、やや高めの明るい声で、僕にまっすぐな笑顔を向けて言った。
「おー、今日も早いじゃんね!」
「まあ、暇ですから」
グミを差し出しながら、僕は"車いす"にちょこんと収まる先輩に、可愛くない顔で応えた。
閑静な住宅街の、もっとも明るい場所であるコンビニの前で、僕は年上に見えることはまずない年上の女性と、週三回の逢引をしている。
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