黒菊屋に身を寄せてしばらく、弥雅は黒子の言ったとおり裏吉原一の娼妓としてこの色町に名を轟かせ始めていた。
昼も夜も、見世の前には必ず人だかりが一度はできる。
弥雅は黒子の予想を遥かに上回る勢いで、早くも世の男達を手玉に取るためのあらゆる手練手管を取得してしまったのだ。
「………」
だが、そんな弥雅は近頃気になることがあった。
(また、あの人だ)
毎日のように黒菊屋の見世の前に現れる男がいた。
だがその男は遊廓に用があるというわけでもないようで、ただ歩いて格子の外を横切っていくだけだった。
(…えらく体格がいいな。群がる客から頭ひとつ分大きく見える)
よっていくら見世の前に人が集まろうと、彼の顔は必ず確認できた。
穏やかそうな、人の良さそうな、大らかさがその表情からにじみ出ている。
(どこかの商家の人間か…それともあの体格ならお武家様か…?)
弥雅が見つめていると、彼は必ず一度だけ格子の中を見る。
その深く吸い込まれそうな瞳と視線が交わった。
「……!」
弥雅はどきりと身体が強張るのをひた隠し、平静を装って煙管の煙を吐き出すのだ。
すると男はその穏やかな顔を笑みに変え、再び前を向いて廓を通り過ぎる。
(…あの人は、どこの誰なんだろうな)
そんなことをぼんやりと考える日が増えた。
客でもないその男のことを、所詮ただの娼妓がこれ以上調べられるはずもない。
ただ諦め半ばで、あの行きずりの男を見つめるだけの日々が続いていた。
「弥雅君、いいですか?」
「…?何か用か?」
黒子に呼ばれ、弥雅は首を傾げながら座敷を立った。
「一見のお客様です。ボクの知り合いでお世話になった方なので、我が廓で最も人気の高い君にぜひお相手をと思いまして」
「……」
「ああ、心配は要りません。きっと君もお気に召すはずですから」
今や自分で客を選ばねば気が済まない弥雅は一瞬顔をしかめたが、それを知っている黒子はすぐさま補足した。
それならばと弥雅は黒子の後に続き、来客用の座敷をくぐる。
「お待たせしてすみません」
「いや、気にしないでくれ。…というか急に訪れて無理を言ったのはこっちだからな」
聞き慣れぬ男の声。
接客用のすました表情を作り、顔を上げた弥雅は硬直した。
「え…………」
「弥雅君、ご紹介します。こちらは呉服で有名な木吉屋の若旦那である木吉鉄平さんです。先程も言いましたが、とてもお世話になった先輩なんです。ここに廓を始める時も力になっていただいて」
「オレは何もしてないぞ?お前自身ががんばった結果じゃないか。最近は軌道に乗ってきたみたいだし、よかったな!黒子!」
「……」
(あの人、だ…)
弥雅は珍しく混乱した。
いつも格子越しにしか見ることのないあの朗らかな笑みが、こんなに間近にあることが理解できなかった。
(しかも、黒子の知り合いだって…?まさか…)
予想通り…むしろ予想以上に人の良さそうなその笑顔は、弥雅を釘付けにして放さなかった。
遠巻きに見ていたよりもさらにいい体格と大きな手、そして品の良さそうな着物。
(想像していたよりも…ずっと)
心奪われた…と言うのが正しいだろうか。
初めての感覚に、弥雅は戸惑うしかなかった。
ただ毎日のように見かける行きずりの男が目の前にいるというだけで、なぜここまで心臓がうるさく騒ぎ立てるのか。
(どうしたと、いうんだ…一体)
落ち着こうとすればするほど、視線が木吉に集中してしまう。
そうすると目が合って、あの笑みが弥雅を虜にする。
(悪循環だ…!)
弥雅は相手に優位に立たれるのが嫌いだ。
事実、現在それを許しているのは赤司のみである。
「ボクは席を外しましょう。弥雅君、後は頼みますね。それでは木吉さん、どうぞごゆっくり」
「…!」
「ああ、すまんなー黒子」
黒子が座敷を出て行き、そこには弥雅と木吉の二人が残された。
「……あ、の」
うまく話せる自信がなかった。
今や裏吉原一の娼妓と謳われるあの弥雅が、である。
いつものように貼り付けたような笑みを浮かべればいいだけの話が、どうもできそうにない。
「…………」
(そ、そもそも…俺はどうやって客の相手をしていた…?)
混乱も治まってくれそうにない。
徐々に熱くなっていく顔に、思わず考えるのをやめたい衝動に駆られてしまう。
…と、その時。
「あー…その、すまん」
「……はい?」
「黒子は気を遣ってくれたんだろうな。嘘までついて」
「…?」
木吉は恥ずかしそうに頭をかいて、少し困ったように笑った。
「きっと黒子は何か理由をつけてお前を呼んだんだろう?でも実際は違うんだ」
「え…?」
「実は…オレが頼んだんだ。一度逢わせてほしいってな。いつも見世の、一番奥に座っている綺麗な子がいるだろうって。先輩の立場を利用して、無理を言ったんだ」
「……!」
「一度お前を見て…どうしても、直接逢いたくなってな。しばらくは廓の前を通るだけにとどめていたんだが…」
我慢できなくなっちまった、と照れたように笑った。
「………」
弥雅は、ただ木吉を見つめた。
ああこんなにまっすぐで朗らかな人だったのかとか、やっぱり見たままの人なんだなとか、様々な思いが頭を巡ったが。
(…まずい。……これは、まずいじゃないか。だって、こんな)
嘘じゃないと、わかってしまった。
廓を訪れる客は、誰しもが本気で弥雅を見初めているわけではない。
単純に惚れ込んだ者、最高位と謳われた娼妓の噂を聞きつけた者、己の描く偶像を求める者、気晴らしに訪れる者…理由は様々だ。
だがどのような客であれ、観察眼に優れた弥雅にとって客の真意を見抜くのは造作もないことだ。
いくら「好きだ」「愛している」などと言われても、それが本気かそうでないかなど嫌でもわかる。
(でも違う…。この人は、嘘を言っていない)
娼妓が客に真意を告げるなど馬鹿げた行為だ。
それでも…弥雅は今、言っておかなければならないと思った。
(絆されたわけじゃない。混乱して判断力が鈍っているからでもない。…違うんだ。他の誰とも違う。…こんな感情は、生まれて初めてだ)
再び心臓の音がうるさくなる。
顔に熱が集中する。
こんな状態で…いつも客にするように、この木吉という男に対して取り繕えるはずがないのだ。
「あ、の……木吉様」
「ん?」
(…ああきっと、こんな状態を以前の俺が見たら…鼻で笑うんだろう)
『どこへ行こうと、お前が誰のものであるか…忘れてはいけないよ?』
…この時初めて、赤司が言ったあの言葉がほんの一瞬だけ消え去った気がした。
「…あなた様に、一度お逢いしたかった……!」
必死でそれだけを口にした。
木吉は一度酷く驚いて、そして笑った。
顔を綻ばせ、照れたように。
「そいつは、嬉しいなぁ」と頬を染め、弥雅に近づき腰を下ろした。
触れても?と問う木吉に、おそるおそるうなずく。
木吉が頭をそっと撫でると、どちらからともなく気恥ずかしい笑みが零れた。
…まるで初恋を噛みしめる幼い子供のように。
二人は疑うことなく、抱いた想いが鮮明で曇りのないものだと思っていた。
この想いだけは真実だと…そう思っていた。
続
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久々の遊廓パロでございました………が
何かなこれは…
ととととりあえず、木吉さんと出逢わなければ何も始まらん!
ということで、出逢いを………orz
どこの少女マンガだよ!
あれ?これ葉佑くん過去編でも言ったような←
弥雅くんが乙女になってもた…!
や、でも初めての感情を抱いた時ってこんな感じかなって……
弥雅くんにしては珍しくわたわたすんじゃないかなってそれってかわいいなって…
と、ともあれこれを気に木吉さんは常連へ。ということになります。
お互い見てただけなんだけど、実は互いにめちゃくちゃ意識してたってかわいくないですか?
しかも大の大人が(笑)
このお話はとある歌詞の
「呼吸するみたいに ふたりは出会ったね 疑いもせずに」
…という部分だけイメージしました。
なのにこの長さ\(^o^)/
次のお話書くまでにはちゃんと「弥雅」「鉄平さん」呼びになってると思います。
末尾の伏線的な終わり方、性格悪いですね茜だからね←
すみませんまだ続きます。
ゐ子ちゃんありがとうです!
お粗末さまでした!(土下座)
弾けたわあああ!うわあキタコレ茜ちゃんの
木弥だよ!うわあうわあうわああー!!!\(^o^)/←落ち着け
あんねあんね!スゴイー!ああ絶対そうだよね弥雅と
思ったんだ!凄く木弥が木弥で
それで初恋見たく一生懸命な弥雅が
かわえええと言い出すオラは親バカの何者でもないー!(^q^)←
赤司の言葉一瞬でも忘れてってのがね!
つかね木吉さんが好き←なんの話だ
いやいやもうなにをいったらいいかわかりませんが、
茜ちゃんの木弥がもだもだ悶えて幸せで辛いー!!!!
もう何回も読んじゃうんだからっ←宣言
親バカですみません……しかし幸せです(  ̄▽ ̄)www
今後気になるー!(*´ω`*)どうなるんだー!
ごちそうさまでしたー!!
またお願いいたします(^q^)←え
うるさいコメントすみません……では!
ああああああああああー!!!(゜Д゜;≡;゜Д゜)
もうなんか…!楽しかった!!
つか、木弥の出逢いとかこんなに大切なシーンを私なんぞが書いてしまってよかったのかとほんまに不安でしかないのだが…!!!
私の理想と妄想を詰め込みました…!
抱く感情全て、木吉さんが初めてならいい!
だからこそ木吉さんが弥雅くんの全てであってほしい!
それがこの過去編の大元なので…。
とりあえず木弥!何があっても木弥!っていうのをもう全面的に押し出したい!
だって木弥が好きなんだ!
人様のお子さんなのになんでこんな嬉々として書いてんだ私\(^o^)/仕方ないだって楽しいんだもの!
ともあれようやく出会ったので、こっからということでまだまだ続きますがご容赦くだせえ(土下座)
葉佑くん同様、いやそれ以上に問題を抱えていますからね(´ω`*)ぷきゅ←
なんせイメージソングがアレですもの!
コメントほんとにありがとうううう!
調子乗ってやる気出しちゃいますー(*^◯^*)