黒色に染色された包帯は素早く、しかしきちんと整って腕に巻かれていた。
手首よりやや上の創傷には、包帯の下のガーゼがぴったりと固定されている。
均一な厚さに重なった包帯はきつすぎず、滑り落ちもしない結び目でしっかりと縛られている。
包帯の重なりは隙間なく重なり、ガーゼの膨らみを外気から守っていた。
結び目の末端は包帯の重なりの中に折り込まれ、どこかに引っかからないようになっている。
整備員として一筋に生きてきた藤枝らしい、器用で端正な包帯の巻き方だった。
カンカン照りの駐機場の熱に、包帯の端が僅かに汗に触れている。
腕に包帯を巻かれたあやめを囲む整備員たちが、Tシャツの袖から伸びた長い腕を見つめる。
肘の内側に食い込んだゴム製の止血ベルトが血の流れを抑え、既に25度を越す夏の朝でも爪が白い。
太い脈が表皮近くを流れる肘の内側はとりわけ止血に適し、その効果はてきめんだった。

「これが、模範だなー!時間はこれで45秒!よく見ておけよ」

彦根が、はきはきとした声で叫んだ。
今週は朝礼前に救護の教育を行っており、あやめはそのモデルとなっている。
熟練した衛生兵のような藤枝の業は誓の目にも鮮やかで、まったく淀みやほつれが無かった。
いつものように淡々とした調子の藤枝は、自分の業を誉められたことよりも、後列から遠慮がちに頭を出す若い整備員を気にかけていた。
あやめの紺色のTシャツと、ほのかに焼けた色の肌が目の前にまぶしい。
人垣の端で、誓はぼんやりとそう考えていた。
浴場で見た、うっすらとビキニの跡の残る裸身を思い出す。
健康的な肌と、帽子の下の紅茶色に澄んだ瞳は、どうにも野戦用の包帯にそぐわなかった。

「じゃあ止血取るからな。脈が止まってるから、処置が終わったらすぐ外せよ」

彦根に促されて、助手の佐久が止血ベルトを外す。食い込んでいたゴムのベルトが緩むと共に、染めたように血の気が戻る。
白くなっていた爪が、再び赤みを取り戻した。
毟るように包帯を解くあやめが、やれやれと言った表情で息をついた。
包帯はあっというまにひらひらとしたただの布に戻っていく。
風のない夏の朝に、それはふわりと揺れただけだった。
佐久があやめの手首をそっと持ち上げた。節のある長い指が、その脈を探して這う。
くすぐったさを噛み殺すためか、一瞬あやめの唇は締まった。
親指の付け根の下の骨あたりに、佐久の親指が食い込んだ。
手首を包むように支えるその掌の温度を、不意に思い出す。

襟首を掴み、容赦のない張り手をし、そして一度だけ重ねたことのある掌の熱。
夏の夜のように湿って、夏の陽よりも熱い。
あの機械のように冷徹な佐久が、唯一持つ温度。
その熱さは、凍てついた心に残って、人を惑わせる。

誓は強く瞬いて、その幻影を追い払った。
頬に血の気が集まったのは、きっと日差しのせいだった。詰めていた息を唇から吐き出す。
そっと自らの脈を計る。のたうつように震えるその脈を伝い、熱は腕を這い上がろうとする。
誓は人知れず、強くその脈を締めた。
それが侵入しないようにと、歯を食いしばった。感じたものは、怒りに似ていた。
得体の知れないものが、心の裡に棲みつくような気がしていた。

負けるわけにはいかない。
私は、あなたを許さない。

誓は、声にせずに呟いた。
《完》