ひとつめ
とある雨の夜、歩兵の小隊が基地内を行進していた。
ポンチョのフードを被ると、視界は狭くなる。暗夜に降る雨がポンチョに当たってポッ、ポッと当たるのを聞きながら歩いていた。
前を歩く背中だけを見ながら進む。ザック、ザックと背嚢が音を立てる。
その日はいつもより疲れるのが早く、どうということのない道でさえ酷く長く感じられた。
(おかしいな、昨日酒を飲んだわけでもないのに・・・)
肩に背嚢の重みが食い込む。やけに足が重く、肩が痺れる。休憩になった時には既にヘトヘトになっていた。
這々の体で休んでいると、隣に座った先輩が顔を顰めて背嚢を見ている。
「おまえ、これ何だ?」
何を咎められているのかと、背嚢を降ろすとそこには見覚えのない長い髪の毛が何本も絡まっていた。

ふたつめ
霧の濃い朝に、ロープ降下訓練用の鉄塔の側を通ると、誰もいないのにブラブラとロープだけが揺れている時があるという。
ロープは訓練の時にしか設置しないのに、だ。
そのロープを触ってはいけない。触ると近いうちに大怪我をするという。
昔、そこでは訓練中に落下して死亡した歩兵がいたそうだ。

みっつめ
一年のうちのある一日だけ、とある機番の輸送機が飛行を自粛する日がある。
コックピットの液晶画面に、人の顔のような画面焼けが出るのだそうだ。整備員の中には、その顔が動いたのを見た者もいるらしい。
その機体は、数年前に起きた墜落事故の遺体を運んだもので、とある日とはその事故が起きた日らしい。

よっつめ
夜中に、兵舎のホールに設置されている内線電話の受話器が外れているとき、スピーカーに耳を当てると呻き声が聞こえてくる。
とても苦しそうな呻き声で、今にも死にそうに聞こえるのだそうだ。
呼吸はどんどん弱っていき、やがて大きくはぁーっと息を吐く。
そこまで聞くと、無機質な声で「20××年、某月某日」という日付が流れる。人によって日付はまちまちで、それはその人が死ぬ日らしい。

いつつめ
戦地から帰ってくる輸送機のカーゴハッチが開いて、怪我をした兵士がぞろぞろと降りて来たとき、それをじっと見てはいけない。
その輸送機が棺だけを積んで来ていた場合は、特に。

むっつめ
戦闘訓練場で、前を匍匐していた男が地面の溝に入った。だがいつまで経っても這い上がってこない。
溝まで進むと、そこには誰もいなかった。
同じ班の人間も、間近で訓練を監視していた教官でさえも、彼がいつ消えてどこに行ったのか分からなかった。
憲兵隊や基地中の人間が彼を探したが、結局彼は見つからなかった。
それから、夜中の戦闘訓練場にいくと、荒い息と地面を這いずる音が聞こえるようになったという。

ななつめ
メモリアル・ミュージアムに飾ってある旧式の銃剣は、夜中に覗き込むとどす黒い男の顔が映り込む。
突然発狂した士官が部下を刺し殺した曰く付きの銃剣で、その銃剣だけはいくら磨いても赤サビがつくのだそうだ。

「これが、うちの基地で有名な怪談ですねえ」と締めくくると、目の前の空軍軍曹はふうんと呟いた。
停電の夜の格納庫は、墨のように黒い。ランタンの明かりが空軍軍曹の、少女を残した顔を下からぼうっと照らす。
「どれも伝え聞きばっかりですし、正直信じちゃいないですけど」と言うと、「まぁ、そうですよね。私も、あんまりそういうの信じないですし」と彼女は相槌を打った。
それなら彼女の左肩に乗っている、血まみれでボロボロの、手袋を履いた手は何かと聞きかかったが、やめた。