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んー

フライトマニュアルを読みながら書いてみたら存外疲れました。最初の予定より大分短いです。
演習をモデルにすると長いシーンは難しいですね。地味な場面が多いです。
あとはアパッチ強すぎて一方的なんで。私の知識が少ないのもあるんですが。
戦術飛行とか作戦行動も断片的にしかしらないし。
軍事研究やフライトマニュアルを読んで書き足したりするかもしれません。

最近は少し精神力が枯渇してて、なかなか書く気持ちが出なかったのですが、久々にひとりの時間が取れて投下できました。
トラブルの相手と仕事外も一緒というのはかなりしんどいです。
色々な理由や言葉で、相手を憎まないようにしようとし続けてきたのですが、ときどきひんやりとした表面に裏返りそうになります。
でもうまくこれを作品のネタに出来ればいいですね。

《Vertigo》episode-0:arrow-2

タービンの排気温度や、電気系統の状態を示すデータが、コクピットの液晶に浮かぶのを佐久は流し見た。
細かい数値を読まずとも、そのデータが正常であることを読み取れるまでに操作には慣れ親しんでいる。
瞬けば、3Dで立体処理された地形マップに光る敵味方それぞれのアイコンが、刻一刻とアップデートされる。
主に戦術や指揮、機体の位置情報や武装などは脳に、機体の状態などは液晶に表示される。
そう多数の情報を同時に処理できない人間の限界は、人間そのものを変えることにより消えた。
いびつな人工の進化は、命を再び兵器に変えたのだ。
世界を分断した旧き大戦の終末、一瞬の光芒のように消えた人間魚雷のように。
見上げれば、頭上を横切る長いブレードの影が星の光をコマ送りにする。
普段は見えない小さな星までも浮き上がらせる闇。
機体に比して狭く、硬いアパッチの座席。
場違いな、小さなプラネタリウム。
時々その天蓋を、自らの灯す着陸灯で僅かに浮かび上がる旅客機が横切る。
ブレードの生み出す衝撃波が絶えず周囲の空間を共振させるなかで、その音は聞こえない。
地上整備員との交信のため接続されていた、インターホンのワイヤが切断される。
目の前の整備員が両手に持つ不可視光のライトが、交通整理のように振られた。
肉眼では見えなくとも、赤外線ビジョンでは白くハッキリと光が見える。
水平にされていた腕が、垂直に挙げられる。その指示に従い佐久は、操縦桿に力を込めた。
動力系統を司るのはコレクティブとサイクリックと呼ばれる2つの操縦桿と、足元のフットペダルだ。
竹蜻蛉の原理で浮力を生み出すブレードの回転軸を傾けることにより、前後左右への移動を支配するのがサイクリック。
対してコレクティブは4枚のブレードの角度を変えることにより浮力を増減し、上下動を統制する。
汗を吸った手袋の生地越しに、その操縦桿の硬さが伝わる。
無線や武装の操作スイッチが付いた操縦桿はごつく、異様なシフトレバーにも見える。
じわりと効かせるようにコレクティブを前に押すと、機体がググッと動き出す。
やがて、重量の楔を浮力が破ると、接地していたタイヤが地面から離れる軽い振動が伝わった。
機体をリフト・アップ(浮上)させると、今度は機体の方向変換を整備員が指示する。
フットペダルを踏み込むと、周囲の景色が横滑りをし、闇の中に谷が見える。
同時に佐久は、離陸を無線へ吹き込んだ。

「アローヘッド、エアボーン」

先鋭のアパッチに付与されたコールサインに、一瞬誇らしさを覚える。
だがそれも、去る軌跡の中に去り、高速で流れる景色だけがコクピットいっぱいに広がった。
皺の寄ったシーツの合間を縫うように、放たれたアパッチは谷間を飛ぶ。
それは幾多の通信や、電波が飛び交う中に放たれた一本の矢だった。
山岳が作り出す複雑な気流を縫い、重力を推力と浮力で打ち破り続ける。
波間で身を翻す魚のように、機体を傾げて曲がる。
傾いた機体からは、頭上間近に山肌が見えた。
狭い谷間も、せり出した崖も、するりと避けて進む。
身体と機体の調和と、孤独な自由。
視界に合成された地形データは、闇夜を白昼に変える。
車両で前進する味方を支援するための先制航空攻撃。作戦の定石だ。
レーダーに捕捉されないよう、夜の底を静かに飛び続ける。
廃村を目標に想定し、機動力を利用した強襲を行う。
攻撃目標として指示されているのは、敵空軍の防空レーダー施設や、通信指揮所だった。
実際のように中の人間ごと撃破することは勿論なく、実際は村外れの無人の変電所と倉庫だ。
その様子は無人偵察機「プレデター」から逐一中継され、手に取るように分かる。
安定した吐息で、佐久は仮想の戦場を視た。
データリンクの中で味方の装甲車の列は動き出し、それを掩直する後続のアパッチが飛び立ち始める。
目と耳を潰すのが佐久の役目なら、彼らの役割は骨を断つことだった。
反撃を許さないという断固たる意志。それが幾多の実体となって顕現する。
戦闘地域に接近すると、攻撃許可が下りる。
そして、佐久は操縦桿を引いた。
機体は跳ね上がる。それは空間の中に出現し、戦場を見下ろした。
高度と情報が生み出す圧倒的アドバンテージ。
6kmの距離を超えてハッキリと認識されたコンクリート小屋のターゲットは、プレデターで視たものと全く同じだ。
本来13kmの射程を持つヘルファイヤ-V型ミサイルの性能からすれば、それはイージー・ターゲットそのものだった。

「ターゲット・インサイト」

開いた目に、コックピット・ガラスに反射する自身の瞳孔の赤い輝きが映る。
ガン、とミサイル発射の反動が機体を叩く。
一瞬、尾を引く閃光が視界を灼いた。
ミサイルの燃料は熱とガスに変換され、それを距離に変えていく。
輝きは瞬く間に遠ざかり、数秒後に爆発の赤がぱっと広がる。
アパッチの眼で、佐久は建物が内部から白く膨張する瞬間を見た。
標的を潰したことを報告すると、司令部から了解の報が返ってくる。
直後に鳴った機内の警報が、敵からのレーザー照射を探知したことを告げた。
反射的にフットペダルを蹴り、機体を横滑りさせ、地面に向かって鯨のようにダイブする。
絡みつくレーザー照射を振り払い、束の間重力に従って空気の中を転落する。
フィギュア・スケートのようにスピンしながら上下左右が喪失し、佐久の世界が回天する。
それでも澄んだ水のような意識が乱れることはない。
再び姿勢を取り戻したアパッチは、地上スレスレを矢のように飛んだ。
全ての機動は計算済みで、故に恐怖は存在しない。
変針した佐久は、寸分の遅れもなく次のターゲットへ向かった。
遠くで曳航弾が落ちる。
コックピットを夜明けが染めるまで、幻想の戦争は続いた。


水に映えた朱塗りのような朝焼けは、底冷えと曙光を連れてくる。
今はそのスクリーンを背に沈黙するアパッチの機体を、佐久は見つめた。
草が微風に揺れる。朝露が戦闘服を濡らし、その雫が垂れるにより皮膚が輪郭を現す。
夜明け前の空の薄氷を砕く、太陽の赤。その力と熱が、空の色を変える。
巨大な機体の影絵はひとときの夜明けに浮かび上がり、戦争の風景を作り出す。
佐久は時計を見た。人々はまだ眠り、街だけが少しずつ回復し出す時間だ。
世界の眩しさに、ハレーションが起きる。
兵器として生きる佐久の歪な命も、光は照らし出す。
瞳を焼く夜明けに、佐久は偏光のサングラスを掛けた。
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