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手のひらで溶ける


ブランケットからはみ出した彼女の肩がまるで氷のように冷たくて、気がつけば温めるように触れていた。甘えるように寄せられる頬に、起きているときの彼女とのギャップを思い、少し笑う。赤い唇に誘われるようにキスを落とすと、目尻がぴくりと動くのが分かった。弧を描く口元に、身体を起こして覆いかぶさる。

「ふふ、おはよう」
「いつから起きてた?」
「貴方がブランケットを掛けてくれたとき?」
「寝ているかと思ったのに」

2、3度啄ばむようなキスを落とすと、彼女も答えるように背中に腕を回す。まだ薄暗くて、住人たちが起きてくるには少し早い。




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君の手で終わらせて欲しい


頬にぽたりと雫が落ちた。赤いそれは、行き場を失って首筋へと垂れる。二つの穴は今しがた穿たれたばかりなのに、既に塞がりつつあった。青年はだるそうに起き上がろうとするが、眩暈を起こして再びベッドへと倒れ込む。掠れた謝罪の声が頭上から降った。

「……ごめん」
「…泣きそうな顔」
「………、ごめん」


抑えられない生への衝動に一番絶望しているのは彼自身なのだと、気付いたのはいつのことだったか。素直にそんな彼のことを寂しいと思った。それが和らげてあげたいという気持ちに変わったのは、随分遠い日のことだったように思う。腕を伸ばして、頬を撫でた。視線が合う。そっと頬にキスが落とされた。

「好きなんだ」
「知ってる」
「…お前が、俺のことを恨んでいても」
「……バカだな、お前は」

震えた腕できつく抱き締められて、ロイズは小さく笑った。背中に腕を回して、あやすように撫でてやる。少し身体が離されたかと思うと、青と緑の瞳と視線がかち合った。

「いつか、」
「……ああ」

それ以上の言葉は必要ないと言わんばかりに、ロイズの瞳が閉じられる。もう幾度となく聞いた言葉だった。



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沈みゆく私の音を



「ユーロさんいる?」

からん、と明るい音を響かせるベルが来客を告げる。小気味の良い音とは裏腹に、店にやってきた人物の表情は優れなかった。つい先日も店長に呼び出されたとか何とかで来た女の子だ。アルバイトの女の子たちはにこやかに出迎え、アヤちゃんいらっしゃい、と彼女の名前を呟いた。
しかしどうやら様子がおかしい。酷く狼狽えている表情に何かあったのかと首を傾げていると、誰かが連れてきたであろう、店長が奥から現れた。ほぼそれと同時に彼女は店長のエプロンを掴み、何事かを呟く。カウンターの中では何と言ったのかまでは聞こえなかった。彼女の言葉に頷くと、後はよろしく、と店長は真剣な表情で振り返る。一瞬、視線が合ったような気がして、呼吸が止まった。


どうやら2人はそのまま階上へ行ったらしく、先ほどのことなんてなかったかのように落ち着いた時間が戻った。一体何の話をしているんだろう。想像はどんどん悪い方に進んでいく。紅茶を入れようと戸棚のカップに手を伸ばすが、手元が狂って落としてしまう。が、床に落ちるすれすれで何とか指に引っ掻けることに成功した。安堵の溜息をつくと、不思議そうな顔をしたルカちゃんがこちらを見る。

「クレアくん…、どうかしたの?」
「あ、いや、大丈夫。ごめんね」

そっか、と小さく呟くと彼女は再び自分の持ち場に戻ったようだった。仕事に集中しなくては。そう思えば思うほど、暗い考えに囚われる。それを振り切るように、ぎゅっと唇を噛んだ。




バイトからの帰り道、ぼんやりと丘に登り、ベンチから空を見上げる。月を雲が覆い隠して、鈍い光が広がっていた。まるで自分の心のようだ。

「……はぁ、だめだな、僕は」

ぽつりと、口をついて言葉が零れていた。諦めなくてはいけないのに縋って、もう大丈夫だと自分に言い聞かせている。簡単に断ち切れる想いなら、最初から告げてなどいない。どうしたらいいのか、どうすべきなのか。答えなんか見つからないまま、そっと立ち上がった。




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譫言



レポートと睨み合いをしているロイズに出掛けてくると一言告げると、彼は視線を寄越さずに片手を挙げて返答した。それに苦笑すると、鍵を掛けて家を出る。あの調子だときっと今日中は終わらないだろうから、ローザでコーヒーでも買っていこう。そんなことを考えながら大通りを歩いていると、よく見慣れた後姿が、恋人と思わしき彼と並んで歩いているのを見つけた。声を掛けようかとも思ったのだが、邪魔をしてしまっては悪い。そそくさとその場を立ち去ろうとしていた、まさにその時。

「あ、クライドくん」

透き通るような声が聞こえてびくりと肩が震えた。「またね、フランケンくん」と続いた声に、そちらを見やる。ぱたぱたとこちらに走り寄る銀髪は紛れもなくルカで、その後ろで何とも言えない表情をしているのは彼女の恋人、フランケンさんだった。どうしたものかと考えあぐねていたとき、小さな悲鳴を漏らして華奢な身体がバランスを崩す。慌てて駆け寄り、抱き留めた。何が起きたか分かっていないような瞳で、ルカが腕の中からこちらを見上げる。

「あぶねー、転んだら痛いよ、石畳だし」
「ごめんなさい……ありがとう、クライドくん」
「気にすんなって。それより、今日バイトじゃなかった?」
「これから」
「そうなんだ。デートの邪魔してごめんな」

そこまで会話して、いつまでもルカを抱きしめていたことに気付いて手を離す。ごめんなーと苦笑しながら頭を撫でると、彼女はふてくされたような顔で一歩身を引いた。が。

「あ」
「ん?」
「もういかなきゃ。…ばいばい、クライドくん」
「おー、がんばれよー」

ひらひらと手を振ると、彼女も笑って手を振り返してくれる。少し他の店を回ってからローザに行こうか、そんなことを考えていると、不意に声が掛かった。

「はじめましてクライドくん。良かったら、お茶でもどうかな」
「フランケンさん、ですよね?俺も話してみたいと思ってたんですよ!」
「本当?それは良かった」

つい興奮気味でまくし立ててしまう。バンドメンバー以外に音楽の話が出来る友人は数少ない。何を聞こう、どんなことを話そうとわくわくしながら、彼と連れ立ってローザへ向かったのだった。






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しつけ不足

 

「お前が、いつ、どこで、誰と何をしようが、俺には関係ない」
「言葉と行動が合ってない」

感情に任せて彼を壁へ押し付けると、そのまま首筋に噛み付いた。悲鳴ともつかない声がロイズの口から漏れる。躾のなってない犬だと言わんばかりに、首から下がるチェーンが下へ引っ張られた。
痛みで僅かに潤んだ瞳で見上げられても、クライドの視線は揺るがないまま、自分よりほんの少し低い彼を見下ろした。彼が抗議の言葉を口にするよりも早く塞いでしまう。不意打ちのキスはいつもよりも激しく、まるで呼吸さえ奪おうとしているかのようで、ロイズは為す術もなくされるままになっていた。

数秒の後。やっと唇が離れた。と同時に思い切り呼吸した。やりすぎだバカ、と言葉にしなくても視線が物語っている。責めるような視線に悪びれる様子も気にする風もなく、クライドはもう一度、今度は軽いキスを落とした。

 

「…なんなんだよバカ。少しは嫉妬しろよバカ」

「……バカにバカとは言われたくない」

「俺もだけど、ロイズも相当バカだからね」

「な、」

 

視界がぶれる。ベッドへ投げ出されたのだとロイズが認識する頃には、至極楽しそうな笑顔のクライドが上に居て、脱出することは到底不可能だと思われた。




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