3月です。Syrupが解散した月です。一瞬、一瞬で全部が過ぎていくなあ。3日が25秒。一週間が30秒ぐらい。毎日を認識する能力が格段に下がっていて、せっかく自我が芽生えたと思ったのに、また、何も考えなくなっている。私の中で、まともになりたい、まともな人になりたいという気持ちと、自我を持つということが相反してる。きがする。漠然と生きているくせに、なんか何かが減っていくなあという気持ち。寿命とかかなぁ。どんどん面白くない人間になってしまっていて、本当にこのままで一人で死ぬんだっていう確信。インプットが足りていないのかな。むやみに消費しているのかな。消費もせずに漏れていっている感覚だけどなあ。あの子もあの子もあの子も全部が全部羨ましい。みんななんでそんなに、キラキラしてるんだろ。みんな本当にすごい。私が、どんどん無価値度が増していっているのに、私の周りの人は、いつもとても楽しそうできらきらしてて、面白い話をしてくれて音楽を作っていて音楽を見た感想をぎゃんぎゃんに素敵な素直な言葉で話していて、私も、わたしも、そういうことが、できる、ように、自分をそだてることが、できればよかったのになあ。なんでこんなに面白くないんだろ。必死で身を削って自傷行為のような遊びをしてやっと、人に笑ってもらえる気がする。無価値ドベ人間。人を嫌な気持ちにすること、失望されることだけが得意です。はやくしんじゃいたい。
今朝、袴を着た女の子が多分卒業式に向かっていました。袴は、明るい。きらきらしてて、華やかな衣装は見てるだけで幸せになる。きっと、着てる人もテンションが上がるだろうなぁ、と通勤路で羨ましくなった次第です。コンビニで朝ごはんとカフェオレを買ったよ。
人と付き合うことに本当に本当に本当に憧れて いたのに いざ付き合ってみると ぜんぶぜーーーーんぶ暗くなってしまう。今日時間ある?っていわれたら、本当に別れ話だとおもって本当に日中のしごとがポンコツになるし、なんか、出来ないことを嘆かれたらもう何も言えなくなって、あ、ふられるふられるって思っちゃう。あれ、あれね、虐待を受けた子が手をあげる人にビクってなる感じ。本当に疲れる。疲れてるのにもへこむしもう終わりです。わたしは心の傷を癒せずにとんだポンコツになってしまったんだ。夜寝る瞬間だけが安心感ある。ほかは全部ダメ。いていいのだろうか、という思いが多すぎてマジで疲労ががが。綺麗売りをしている身の上では、相手にこんな話できないし、こんな話しされたところで他人は困ってしまう。一人で自分の心ぐらい、どうにか出来るようになってって言われた人に与えられた試練だから、これは試練なんだと思う。自分の心ぐらい自分でどうにか出来るようになるために人を傷つけることが出来るようになれってことだったのだろうか。なんかもう、思い出したくないし、本当に、トラウマとして私につきまとうの、本当にやめてほしい。どんだけ、生きていけば、解放して、くれるのか。人と付き合えるような状態じゃなかったんだ。こんなに心に悪いこと無いってぐらいの恐怖。いつふられるかわかんないから。いつ捨てられるかわかんないから。信じたら本当に死んじゃうから。相手にも申し訳ないし、信頼も信用もしていない、ってことなんですね。何ヶ月経ったら慣れるだろうか。初めての経験すぎて、本当に疲れてる。もういやだ。嬉しいたのしいあったかい気持ちも勿論持てるんだけど、ぜんぜん、だめだ。もうだめだ。しんじゃいたい。わたしじゃない、ほかに、つきあっててたのしいひとなんて何千何万といるのだろうに、ほんとうに、何でわたしは、つきあってしまったんだろう。申し訳ないし、ほんとうに、めんどくさいだろうなあ、ごめんなさい。しんじゃいたい。しんじゃいたいなあ。しんじゃいたいは嘘なんだけど。でも、しんじゃいたいを言っているのはほんとうなんだね。