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25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/27(木) 17:51:23.83 ID:jl2DJ01U0
自販機で暖かいお茶を二つ買い、親父に一つを手渡した。
(´・ω・`)「俺はコーヒーがよかった」
「後で金払え」
ふん、と鼻を鳴らして、音を立てながら二人で茶を啜った。
もうすっかり葉を落とした木々が、冬の到来を知らせているようだった。
落ち葉が、風に吹かれて少し舞った。ビニール袋も右に同じなのは、ご愛嬌。
それから、何分くらい経った頃合だろうか。
唐突に、親父が言った。
(´・ω・`)「なあ、もう野球はやらないのか?」
26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/27(木) 17:54:25.61 ID:jl2DJ01U0
俺は親父の方を見た。
風に踊らされる落ち葉とビニール袋を見つめたまま、お茶を飲んでいた。
俺も親父と同じように、自然と人工物の奇妙なダンスを見つめながら答えた。
「たぶんね」
この質問に対して、俺はいつだってこんな曖昧な答えで紛らわす。
ほとんどの人は、この答えを聞けば何か納得したように頷き、引き下がってくれるんだけど……。
(´・ω・`)「なぜだ?」
親父はすかさず一歩踏み込んできた。
流石、妹の作った味噌汁を、薄いの一言で片付けただけの男ではある。
29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/27(木) 17:59:31.74 ID:jl2DJ01U0
「飽きたんだよ、もう」
俺は息を吐いた。白い煙が宙を舞った。
(´・ω・`)「そんな事はないだろう。今でも時々、野球道具の手入れをしてるじゃないか」
勝手に、俺の意思を決める親父。
お袋がいたら、そろそろテレビの話を不自然さ抜群な流れで持ち出していただろう。
でも、今は親父と二人きり。
……冬になると、彼女が欲しくなるのはなんでだろう。
「部活が無くなっちゃったんだから、どーしようもねーじゃん」
(´・ω・`)「シニアリーグなら近所にあるじゃないか。有名な選手も多いそうだぞ」
「俺のレベルじゃ無理だって。もう、半年もまともに運動してねーし」
32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/27(木) 18:05:11.88 ID:jl2DJ01U0
そう言うと、親父はむっつりと黙り込んでしまった。
焼き芋屋の声が、どこからか聞こえてくる。
子供の遊ぶ声は、聞こえない。今時の子供は、寒いからと言って家でDSとかやってるのだろう。
俺はPSP派だけど。どうでもいいか。
(´・ω・`)「男が、最初から無理だなんて言うんじゃない」
親父は思い出したかのように、少し怒気を含めつつ言う。
たぶん、さっきの間は、この台詞を考えるための時間だったのだろう。
「別にいいじゃん。……とにかく、野球はもうやめたんだ。別のこと、探すよ」
俺は投げやりに言った。
(´・ω・`)「サッカーか? それとも、バスケか?」
「まだ決めてないよ」
親父は一息ついて、早口に言った。
(´・ω・`)「サッカーはやめておけ。俺は昔、サッカー部の奴に彼女を取られた。
しかも二股までかけてやがった。サッカー部にろくな奴はいない。だから、サッカーはだめだからな」
「何それ……」
34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/27(木) 18:10:40.64 ID:jl2DJ01U0
親父のビミョーに生々しい話に、俺はげんなりした。
こういうのは、あんまり軽々しく息子に言わないで欲しい。
(´・ω・`)「とにかく、いつまでもピコピコばかりやるのはやめろ。
あれは何の特にもならん。電磁波で頭が悪くなるだけだ。
男なら、若いうちに体を鍛えておけ」
ピコピコというのは、PSPの事だろう。
親父は未だに、テレビ以外の電気製品はうまく扱えない。
「わかってるよ」
答えて、少し心がざわついた。
今の俺は、学校から帰ってきてただゲームをやるだけの毎日を続けている。
ゲームをやってる時は楽しいけど、電源を切ったとき、ふとこれでいいのかと妙な後悔を覚えてしまう。
思い返すのは、弱小野球部として、毎日泥に塗れながらレトロな練習をしていた日々のことばかり。
35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/27(木) 18:16:10.33 ID:jl2DJ01U0
『俺、野球部やめる……』
『なんで!? せっかく、うまくなってきたのに』
『悪い。父さんにさ、ロクに大会にも出られない部活は辞めろって言われて……』
メンバーがあと数人集まらずに、結局大会出場は果たせなかったあの日。
一人が辞めたら、そこからはもう、連鎖だった。
『僕、二年から塾に通わなきゃいけないから』
『……じゃ、俺も辞めるわ。』
『なんでだよ……お前ら野球やりたくないのかよ!? 悔しくねーのか!?』
叫んでいたのは、俺一人で。
最後に残った一人は、凄く悲しそうな目を俺に向けて、言った。
『もう、無理だよ』
その日、野球部は廃部になった。
随分と昔の事のように感じるのは、このことを忘れたいと思う俺の心理なのか。
38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/27(木) 18:20:15.33 ID:jl2DJ01U0
「次にやるスポーツは、個人種目にしようかな」
俺はぽつりと言った。
風はもうどこか別のところへ行ってしまったのか、ビニール袋はぺしゃりと地面にたれていた。
(´・ω・`)「お前の好きにしろ」
「うん……」
そろそろ帰ろうかな、と思い立ち上がる。
尻をはたいて、汚れを落とした。
喋った口数は少ないのに、親父とはもう一年分ぐらい話をしたような気がした。
(´・ω・`)「帰るぞ」
親父は立ち上がり、さっさと歩き始めた。
いつの間にか、俺は親父の背を抜かしていた。
小さい頃はあんなに広いと思っていた親父の背中は、どこか頼りなさげに見えた。
39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/27(木) 18:23:45.05 ID:jl2DJ01U0
俺と親父は、歩きなれた道を進む。
並んで歩くのは恥ずかしいから、俺は少し後ろを歩いた。
親父も歩を緩めず、一人でずんずん前に進んでいた。
(´・ω・`)「なあ」
ふと、親父が立ち止まった。
「何?」
(´・ω・`)「やっぱり、野球はもうやらないのか?」
振り返る事無く、親父は背中越しにそういった。
「もう、やらないよ。飽きたって言ったじゃん」
(´・ω・`)「そうか」
親父は、やっぱり息子の俺には野球をやってほしいのだろうか?
でも、あんな事があって……今さら、どの面下げて野球なんてやればいいんだ。
自分でも、野球にまだ未練があるのか、それとも完全に嫌いになったのか、
よく分からなかった。たぶん、その答えは曖昧なまま、卒業していくんだろうな、と思った。
41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/27(木) 18:28:01.67 ID:jl2DJ01U0
(´・ω・`)「お前が何に熱中しようと、俺は構わんがな」
親父はポケットから煙草を取り出し、一服しながら言った。
(´・ω・`)「後悔だけはするな。やれる時にやらないと、後で悔やむ事になる。
そして、過ぎてしまった時はもう二度と、戻らないんだ」
煙草の煙が、空に浮かんでいくのが見えた。
親父は少し間を開けてから
(´・ω・`)「俺も……あの時、肩を痛めていなければな……。
もしかしたら、あの試合は勝てたのかもしれんな」
どこか昔を懐かしむように言った。
親父は今、泣いているのかもしれない。
でも、後ろに立っている俺からは、親父がどんな顔をして今の言葉を言ったのか、
わかるはずがなかった。
43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/27(木) 18:37:39.31 ID:jl2DJ01U0
「何? 昔の話?」
(´・ω・`)「……」
俺はおどけた口調で言ったが、親父は答える事無く、また歩き始めた。
どこか弱々しい歩き方だった。
頼りない背中が、更に小さく見えた。
流石に不憫になって、俺は声をかけた。
「今さら後悔なんかしても、しょうがないじゃん。なるようになっちゃったんだから」
(´・ω・`)「……」
「そういう運命だったんだよ。それに、例え親父が試合に出てても、勝ったとは限らないし。
ましてや優勝なんて、それこそ万が一の確立じゃん」
俺は早口でまくし立てた。
44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/27(木) 18:39:42.49 ID:jl2DJ01U0
親父は、ふと立ち止まり、俺の方を見る。
煙草を携帯型の灰皿に終い、一言。
(´・ω・`)「家まで競争だ。負けた方が風呂掃除」
「え?」
(´・ω・`)「いくぞ」
答える間もなく、親父は走り始めた。
「は、はぁ? おい……今日は親父の当番だろうがっ!」
釣られて、俺も走り始める。
訳分からん。が、親父は冗談ではなくマジで走っていた。
近所のおばちゃんが何事かと驚いていた。親父は、そんな他所様の目も気にせず走り始める。
「な、なんでもありませんからっ!」
にこやかに、近所のおばさんにそう言って、俺は一気に地面を蹴り飛ばした。
ちくしょー、何なんだよ! 相変わらず、何考えてんだか、わかんねえ!