@AB

1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/27(木) 17:08:18.23 ID:jl2DJ01U0

(´・ω・`)「おい、野球やるぞ」

「……は?」

日曜日。
いつもごろごろしているだけの親父が、急にそんな事を言い始めた。

野球? 俺と親父が?

何で?

(´・ω・`)「グローブはどこにあったかなあ」

俺の疑問などどこ吹く風。

親父はすでにノリノリで準備を始めていた。

それを優しげな笑顔で見つめるお袋。

なんだこれ。俺は付き合ってやるなんて一言も言ってねーぞ。

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/27(木) 17:11:38.24 ID:jl2DJ01U0

が、しかしだ。

いつだって、親父は一度こうと決めたら、決して譲らない人だった。

頑固者なのである。

おまけに、意地を張って拒否し続けると、今度はいじけるのだ。

部屋から出てこなくなる。

子供か。

(´・ω・`)「今日は中々の野球日和だ」

「……寒いんすけど」

そんな訳で、俺と親父は真冬の空の下、グローブとボールを持って近所の公園に来ていた。

季節は冬。そういえば、もうじきクリスマスだ。

街はにぎわってるけど、彼女のいない俺にとっては無縁のイベントである。
……むなしい。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/27(木) 17:14:49.59 ID:jl2DJ01U0

(´・ω・`)「よし、始めるぞ。構えろ」

「……腰痛めるなよ」

(´・ω・`)「馬鹿者。俺は高校時代、甲子園に行った男だぞ」

小さい頃から、バカの一つ覚えみたいに親父が繰り返してきた、唯一の自慢。

最初は尊敬していたけど、後にお袋から真実を聞いて、俺の中の親父評価は一気にドン下がりしたものだ。

ベンチじゃん。

試合出てないじゃん。

……そう言うと、親父は決まって部屋に引きこもるので、今は触れないでおく。


7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/27(木) 17:18:18.02 ID:jl2DJ01U0

(´・ω・`)「ふんっ!」

バシィ!

「うおっ! あっぶねー……っておい、投げるなら投げるって言えよ!」

(´・ω・`)「ふふふ、俺の右肩はまだ死んじゃいないさ」

「聞いてないし、ったくも〜」

予想以上に満足のいく投球だったのか、親父は自慢げにグローブに拳を叩きつけていた。

何かエア投球とかやり始めた。

首をかしげた。もう一度、エア投球。

フォームを思い出したらしい。何度も何度も、投球フォームを繰り返す親父。

そろそろ帰っていいかな、俺。



9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/27(木) 17:22:45.66 ID:jl2DJ01U0

(´・ω・`)「おーい、何やってるんだ。早く投げ返して来い。ほら、ばっちこーい」

親父は腰を曲げ、蟹股に足を開き、低く構える。

背が低いくせに、がっちりとした体格をしているから、その様子はさながらカニのようであった。

カニ親父。

「ベーリング海っ!」

(´・ω・`)「おおっ!」

俺は勢いよく振りかぶって、投げた。

自分でも驚くくらい、スムーズな投球が出来た。

うーん、やっぱり体が覚えてるんだな。

俺は小学三年生から、ずっと野球をやっていたのである。

今は帰宅部だけど。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/27(木) 17:26:30.60 ID:jl2DJ01U0

(´・ω・`)「おお〜〜……」

しかしやっぱり、半年間のブランクは大きかった。

「……一二塁間ヒット?」

ボールは親父のグローブには向かわず、誰も頼んでないのに右斜め方向へ猛然と飛んでいった。

白球なりの反抗期なのだろうか。

『いつも真っ直ぐ飛ぶと思ったら大間違いだぞ!』

妖怪、天邪鬼ボール。

ゲゲゲのキタローとかに出てきても、たぶん一話限りのキャラだろうな。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/27(木) 17:30:51.62 ID:jl2DJ01U0

ボールを見送った俺と親父は、無言で見詰め合う。

親父は、ボールを取りに行く様子はない。

(´・ω・`)「……」

「どうする?」

(´・ω・`)「……」

「ねえ」

(´・ω・`)「……」

電池が切れたのか?

いや、違う。これは、親父特有の無言コミュニケーションってやつだ。

『とってこい』

『嫌だ』

『とってこい』

『親父の方が近いんだから、とってきてよ』

せめぎ合いは三分ほど続いた。

冷たい風が俺達の間を通り過ぎた。西部劇の撃ち合いかっつーの。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/27(木) 17:37:07.62 ID:jl2DJ01U0
結局、いつも通り折れたのは俺だった。

(´・ω・`)「早くしろよ」

親父はストレッチをしながら、俺の背中に向かって言った。

ふざけんなよー。こらー。生活習慣病親父ー。

なんて、言うほど俺も子供じゃない。

昔から、親父はそういう人だったし、自分が折れたほうがよっぽど楽な事は嫌というほど分かっている。

「くっそ〜〜。草が痛え」

俺は茂みをかき分けながら、ボールを捜した。

ボールの死因の九割は、行方不明による捜索打ち切りである。

野球をやっていたはずなのに、いつの間にかボール探しで一日が潰れたなんてこともあったなぁ。

結局、また皆でお金を出し合って、安物のボールを買ったんだっけ。

次の日にまたなくしたけど。

「……どうしてこう、ボールってのはなくなりやすいのかね」

神隠しの一番の被害者は、実はボールだったりして。

神様も野球すんのか? アホらし。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/27(木) 17:40:15.25 ID:jl2DJ01U0

なんて考えながらウロウロしていたら、ボールはあっさり見つかった。

俺はむんずと掴んで、親父の下へと戻る。

(´・ω・`)「遅いぞ」

開口一番、それですかい。

俺は無言で、ボールを親父に投げてやった。

顔面を狙ったのに、軽くキャッチされた。

(´・ω・`)「甘い甘い」

地味に悔しい。

俺は手加減なんかしないで、思い切りぶん投げればよかったと思った。

いや、そんなことしたら、明日の朝刊に載ってしまうかもしれないので、やらないけど。


21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/27(木) 17:43:55.03 ID:jl2DJ01U0

(´・ω・`)「ふっ!」

親父はストレートを俺のグローブに向かって投げる。

見えないほどではないが、予想以上に速かったので少しびっくりした。

甲子園出場は伊達じゃないのかもしれない。

俺は適当に投げ返した。

(´・ω・`)「駄目だな。肘が下がってる」

「……これ、キャッチボールじゃないの?」

親父の速球を受け止めながら、俺は素朴な疑問を口にした。

(´・ω・`)「男のキャッチボールとは、こういうもんだ。ふっ!」

いちいち大げさに振りかぶって投げる親父。

それを軽く受け止める、中学生の俺。

なんだかなぁ。申し訳なくなってきた。

「だからさー、あんまり激しく動くと腰に悪いって」

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/27(木) 17:48:01.97 ID:jl2DJ01U0

(´・ω・`)「なに、これしきの事で腰を痛めるほど、俺もやわじゃない、さ!」

その割に、結構汗かいてる親父。

まだまだ、体も暖まっていない俺。

年の違いってやつかな、やっぱり。俺はため息をついて、軽く投げ返した。

「そう言う人に限って、ぎっくり腰になるんだよ。テレビでみのさんが言ってたぜ?」

(´・ω・`)「ふ。野球部時代、嫌というほど腰は鍛えたさ。ふんっ……あ」

不意に、親父がその場に膝を着いた。

腰に手を当てて、ぷるぷると震えている。

「だから言ったのに」

(´・ω・`)「こ、腰が……」

仕方ないので、ベンチまで運んでやり、少し休憩をする事にした。