曼珠沙華


拍動 壱
10/10/31 22:49

壱 ―月夜、貴様はそれを聞くか―


 巨大な満月の中を漆黒の影が過ぎった。
 瓦屋根の上を滑る様に移動する人影は、烈風の素早さでありながら蝋燭の灯すら揺らさぬ静寂を乱す事なき無音の疾駆。
 散り行く木の葉よりも尚静かに、旋風よりも尚速く。
 道を挟んだ屋根から屋根へと跳び移る大きな跳躍が、地上を睥睨するように夜空に君臨する月を再び人の形に切り抜いた。


 人里離れた森に入り、漸く足を止めた影は男だった。木の枝に直立する姿勢は相当の距離を一息尽く間もなく走破したにも拘わらず、呼吸一つ乱してはいない。
 宵闇に溶け込む漆黒の甲冑は鋼を薄く薄く鍛え限界まで軽量化を計ったもので、下穿きは動きを阻害せぬようゆったりとしており、膝下は甲冑同様薄く鍛えた脛当て付きの具足と徹底的に機動力に特化した出で立ちである。
 頭だけではなく口と鼻まで覆う兜は男の表情を容易には読ませないが、灰がかった黒い前髪の奥より覗く昏い碧の双眸が、男がただの市井の者ではないとその装束や所作ばかりでなく語っている。
 そう。男は忍であった。
 暗殺や諜報を請負い、けして陽の下には姿を出さぬ者。
 そしてつい半刻前にも為政者の屋敷にて仕事を終えたばかり。
 屋敷の最奥だからと安心していたのか、欠伸すら出そうな実に手温い仕事だった。
 手慣れた男は顔色一つ変える事無く、周囲を一瞥するとやはり音もなく地に降り立った。
 森は正に水を打ったような静けさに満ちて、男でなくとも息を潜め、忍び足で音を立てまいと計らうであろう深き森閑。獣達すらも眠りに着く丑三つ時である。男以外に起きているなど居はしない。
 筈だ。
「……」
 しかし森に入った時より拭えぬ違和感に男は油断なく周囲を見渡した。射干玉の装束を纏い、自身が闇そのものであるかのような男は、あれ程誇っていた月明かりも木々に阻まれ頼りないこの場所でも夜目が利くと見え、怪しいと踏んだ場所をしっかと見据える。
 眠っている森が男の一点のみざわめく。敵意でも殺意でもない。ただ相手を誘い出す為に。このような場所でこのような時間に出逢うなど、少なくとも味方ではなかろうが相手の出方も分からぬ内に愚を犯す訳にはいかぬ。
 男の意図に気付いたか、森にもう一点、明らかな気配が生まれた。距離にしておよそ六間。狙い違わず男が睨んだ一本の木。幹の裏か、枝の上か、未だ姿を見せねど確かに笑う様に空気が震え、
「もうばれちまったか」
 何処か面白がる響きをもった低い声と共に一人の青年が幹の裏から現れた。
 太い袴に脚絆、手甲は身に着けているが上半身は裸で、左肩のみ損傷の激しい肩当てを着けている。高い位置で結われた黒髪は箒のように威勢よく後ろに伸びている。
 どんな屈強な兵が出て来るのかと思ったが、少々意外だ。剥き出しの身なりのお陰で粗野な印象だが、道暗き遠目にも青年は顔だけならば女性にも見られかねない面立ちであり、体躯も引き締まってはいるものの顔立ちに見合って細身で、腰に佩いた刀も満足に振るえそうには見えない。
 だが。
「よう」
 青年はまるで親しい友に対するかの様に片手を上げたが、男は警戒を解かない。こんな夜更けに森に一人で気配を消して忍たる自分を待伏せているような人物だ。見た目通りの優男ではないのだろう。何より、黒耀石の瞳はその色合いに似合わず酷く鋭利な光を宿している。
「あんたか? 白髪の鬼の手先ってのは」
「……」
「最近国の要人が屋敷ん中で殺される事件が続いてるが、それが白髪鬼の差し金だって噂がある。雇われてんのはあんたか?」
「……」
「腰の得物から血の匂いがしてるぜ」
「……」
「だんまりかよ。……いいぜ、なら力ずくでも聞き出してやらぁ!」
 黙して答えぬ男に対し、気の長い方ではないらしい青年は獰悪な笑みを浮かべると同時に刀を抜き、その場で得物を一閃させた。
「!」
 男は頭で考えるより早く、咄嗟に横に跳んだ。刹那、遥か間合いの外で振られた刀が中空で斬撃を生み、さっきまで男が登っていた木を叩き潰すように真二つに割る。
 背後で地響きを立てて大木が倒れるのも待たず次の一撃が飛んできて、男はそれも横に跳んで躱す。驚いた鳥達が慌てて羽音を立てて飛び立てば眠っていた森全体も乱暴に叩き起こされ、近くにいたのだろう獣達もほうほうの体で退散していく。
 成程、やはり見た目で侮ってはこちらがやられる。初撃からこんな飛び道具とは、浮かべた好戦的な笑みに見合った手練らしい。恐らく、自身の存在を悟らせたのも元々隠す気がなかったのだろう。答える気のないこちら同様、問いかけて来た向こうも端から話だけで終らせるつもりではなかったという事だ。
 何度か跳んで躱し続けていると青年がより楽しげな笑みに頬を持ち上げ、こちらに突進して来た。遠距離攻撃を持っていても、得物通り近接戦闘が得意なのに違いない。それがまた、彼の性格を語るようだ。しかし思惑通り懐に招き入れる筋合いはない。
 男は抜いた懐剣を弓へと変化させると走りながら射った。
「へえ!」
 青年は矢を苦も無く刀で叩き落とし歓声を上げた。
「面白え武器じゃねえか! さすが忍!」
 次々に矢を落としながら益々弾む声は最早はしゃいでいると言ってもいい。彼こそ誰かの手先か否かも知らないが、面倒な手合に当たったものだと男は内心舌を打つ。木々の合間を縫いながら弓で狙いも正確に攻撃し続けるなど、男自身尋常な使い手ではないが、青年もそれを走りながら受ける非常識な腕である。 
「いい加減追い駆けっこは仕舞いにしようぜ!」
「……そうだな」
 ならば手早く始末するに限る。他に見ている者はいないのだ。殺した方が手っ取り早い。
 そうと決めれば同意だ、と青年の挑発に男は頷き、初めて発せられた男の声に青年が瞬きにも満たぬ間だが僅かに意識を取られた。問いがあるという事は声から得る情報を欲しているという事。いつ得られるか知れぬそれを逃すまいとしたのだ。
 無頼の輩に見えるが案外に真面目なのだな、と思いながらその一瞬の隙に男は中空に罠を張る。朱に光る触れれば炸裂する爆弾だ。隠す気さえない堂々たる仕掛だが、青年がそれに気付くも既に遅い。
「っ!!」
 勢いのついた足を止められず正面からそれに突っ込み、握った刀の鋒が触れた瞬間爆発する。脊髄反射で意志よりも先に目を庇うもそれが更に隙を生み、傍に仕掛けられた爆弾が次々と誘爆する。
 殺傷力の低い技だが相手を怯ませ、動きを止めるには充分だ。炸裂に因って煙が辺りを覆い、ただでさえ暗い森では視界を得るのは困難を極める。
「くそっ!」
「さよならだ」
 爆発が止んだ瞬間を察して青年が毒吐き煙を払う。が、声はその背後から放られた。
「――!!」
 青年が己が油断に気付き、しまったと言う間も振り向く間も与えず、男は手の中で弓から再び変化させた刃をその延髄に向け無感動に突き出した。















なんだこりゃー!!と思った方。私もそう思います。
DLCの最強装備編が配信された時に妄想してた「ダークグロリアスと黒衣の断罪者と疾風迅雷でアサシン部隊」を実際に書いてみようかと思ったのです。
が、冒頭で瓦屋根とか日本家屋を渡る忍なイメージができてしまってユーリは剛剣無頼に早くも変更になったんだとさ(適当)しかも敵同士。
まだ出してないが名前はおろか性格もなんも全部別だコノヤロー。こんな日本的な設定じゃカタカナの術名とか出せない。厳しいと感じた時点でやめるべきだったか。
つうか、そもそこれはVの括りでいいのか。書いた本人にもどうすりゃいいのか分からないまま続く(たぶん)




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