手紙

ゆっくりと、内田は、話し始めた。
私は、内田の体験を聞く為に、彼のアパートへ出向き、こうしてソファーに座っている。
話を聞きながら、会話を録音し、相づちを打 つ。できるだけ正確に伝える意味もあり、会
話を、ほぼそのままの形で書いてみようと思う。録音の最後、殆ど会話の最後なのだが、
雑音と共に記録は失われていた。彼が体験した、不思議な話。

「彼女から手紙が届いたのは、このアパートに引っ越して来てから8日目の事でした。実
は、私は彼女を知りません。差し出し人である彼女の住所は無く、名前が書いてあるだけ
だったのです。名前は、早苗と言います。問 題は、宛名の人物が私ではなかった事です。
住所と名字は間違い無いのですが、名前が違っていました」

「間違って届いた手紙だった訳ですね」
「ええ、私は引っ越して来たばかりでしたが、今までここに住んでいた人も、同姓だっ
たのだと思います。恐らくその人は、郵便局で住所変更の手続きを取らなかったのでしょ
う。その時は理由が分かりませんでしたけど」
「どういった内容の手紙でしたか?」
「いえ、その時はまだ、内容を見るなんてことはしませんでした。差し出し人に送り返す
のだと思いました」
「で、手紙をどうしたのですか?」
「引っ越し後のごたごたで、つい、そのままになっちゃったんです。ところが、一週間ほ
どしたある日、また手紙が届きました」
「その手紙にも、差し出し人の住所は無かった・・・」
「そうです、気が咎めたので郵便局に返そうと思いました。どのみち、差し出し人には戻
らないでしょうけど、捨てる訳にもいきませんし。平日は、仕事があったので、土曜日に
本局に出向く事にしたのです」

「返したのですか?」
「返す前に、もう1通届いてしまいました。これだけ短い期間に手紙を書くのは、せっぱ
詰まった理由でもあるんじゃないかという好奇心が湧いて来ました。それに、中を確かめ
れば住所が書いてあるかもしれないし」
「つまり、開けちゃったんですね?」
「開けてみました。内容は、自分から離れていきそうになっている男に宛てたものでし
た。彼女の住所は書かれてはいませんでした」

話を聞いていると、どうやらこういう事のようだ。引っ越し先のアパートには早苗が付き
合っていた男が住んでいた。手紙の消印から 見て、遠距離恋愛中だったと思われる。しか
し男は、早苗に別れを告げ、去っていった。
転居する事は伝えずに・・・電話は転居先番号に変更された為、彼女は手紙を書くしか連
絡の手段が無かった。偶然、同姓の内田が引 っ越して来たが、仮に出してあった表札は名
字だけだった為に、手紙が誤って配達されたらしい。

私は、その後の展開を尋ねた。
「手紙は翌週も来ました。一度開けてしまっ たので、郵便局に返す事も止めてしまいまし
た。どうせ、差し出し人には戻らないという 思いもあります。本当は、気になって手紙を
読んでみたくなったのかも知れません」
「内容はいつも同じ?」
「同じです。書き方、表現は変わって来ましたが、別れの理由を言わない事、会おうとし
ない事を責めるような内容です。時に、きつい書き方をした事を謝ってはいましたが・・・」
「手紙は、どのくらい続いたのですか?」
「6通来ました。最後の手紙には、“もう耐 えられない”と一言だけ書いてありました」

「なるほど、それで全て終わった訳ですね」
「いいえ、始まりだったのです

ある夜、アパートに戻ってみると、鍵が開いています。
手紙の彼女が頭に浮かび、少し怖くなったんです。付き合っていた男のアパートですか
ら、合鍵を持っていてもおかしくはないですよ。部屋に入ってみると、電灯は消えてい
て、彼女も居ませんでした。ところが、風呂から上がってみると、居間に誰か座っていま
す。女でした。見知らぬ女が背を向けて座っていたのです。」

「それで、彼女は今何処に?」
ザー・・・・・・・・・・

これでテープは途切れています。