08/05 02:35 geh zur Hoelle!



 濃紺の天に真朱色の望月が浮かぶ。
天には星も月も存在していたが、それらはよく灰鼠色の煙の様な雲で隠され、動脈を斬って塗ったかの様な真朱色の望月だけが濃い色を放ち、ただ天に浮かんでいた。
 深く沈む闇と同じ夜の中、瓦礫を集めて作った様な城がそこにはあった。
月光を受けて見える城壁は鈍色、背には大きな真朱の望月を背負い、荒野の中で城は悠然と聳え立っていた。そして、城の鉄格子の様な門は開き、中へ中へと列を成して亡者が続いている。

「兄さん、彼女の罪科はE-百三十七条」

 城の中、大広間に続き、奥には望月に似た大きな扉がある。扉は勝手に開き、亡者を一人招き入れると扉は勝手に閉まった。
中で待つのは城の主、地獄の門番とも、悪魔の兄弟とも言われる男たちだ。
彼らは倭国では地獄の卒獄の名で呼ばれる。漆黒のスーツを体格が良い体に纏わせる。蒼色の瞳に細いフレームの眼鏡をかけ、金に光る絹糸の髪を後ろへ流しているのがユリウス。
ユリウスよりも細い体躯で碧色の瞳に長い髪を後ろで縛っているのがクラウスである。彼らは兄弟でユリウスが弟、クラウスが兄である。
ユリウスが招きいれた亡者の罪状などを確認してクラウスに伝える。彼らが座る真紅のベルベット地のソファの横には地獄が誇る、愛すべき三頭犬が横たわっていた。彼の金色に光る双眸には見つめる亡者の姿が映る。彼もまた黒いスーツを着ているかの様な墨色の毛皮を纏っていた。
彼の眸に女の亡者の姿が映る。女は俯いていた。城へ入ってきた時も、今までずっと俯き一言も喋らなかった。絶望しているのだろうか、それともこれから行われるであろう兄弟による振り分けに恐れをなしているのだろうか。クラウスが弟の言葉を聞いて手元の資料を捲りながら碧色の眸を動かせる。

「決まりだな、地獄の一〇三室、」

 クラウスが言いかけた時である。俯いていた女が急に立ち上がり、ソファに座るクラウスの膝にゆっくりと座る。腕をクラウスの首に絡めて小首を傾げる。
「私を飼って」と厚い唇を動かして女は言った。
蕩けた様な眸をして、囁く様にゆっくりとクラウスに纏わり付きながら言う女に、クラウスは「飼って欲しいのか」と聞き返した。ユリウスは横で次の亡者を振り分ける為、罪状の確認をしている。
 女は薔薇の様な可憐な顔を愉しそうに緩ませて「飼って欲しいわ」と返した。

「だがな、俺たちには既に愛犬がいる」
「あら、そんな犬よりも私の方が良いに決まってる」

 三頭犬が女の台詞を耳にして唸った。

「だってそうでしょう?その愛犬が何をしてくれるって言うの?」

 女は団栗の様な眸でクラウスを見上げて「私なら貴方に世話は焼かせないわ」と続けた。

「世話は焼かせない、かお前の罪状は中々重い」
「それを帳消しにしてくれたら貴方たちの好きにさせてあげる」

 地獄の門番に向かって悪魔の囁きを行う女、ユリウスは女の罪状を手に取り新しい罪を加えた。そして足元で唸る三頭犬を宥める様に撫でると振り分けを兄に代わって行う事にした。
 女は未だクラウスに媚を売っている。最もクラウスは無表情で女と会話していた。
 ユリウスは一つ溜息を付くと罪状を読み上げる。

「亡者壱弐八七六七‐AE。生前の罪は幼い頃から吐いた嘘に始まり強請り、他人を騙り他人に成りすまして行った詐欺は百件以上。驕った魂で我々に近付いた罪も付加し、お前の罪科はEランクからBランクまで繰り上げることとする」
「Bランクって何よ」

 女の言葉にユリウスはにっこり笑って答えた。

「それは裁かれてからのお楽しみだ」
「い、いやよ!だから貴方たちが飼ってよ」
「ふむ、お前は何か勘違いをしているな」

 急に驚いて罪状を読み上げられた所為か女は体躯を絡ませていたクラウスの上から降りて二人を交互に見た。

「我々は地獄の門番です。貴方を如何にかする様な力は持ち合わせておりません」
「あるのはお前ら亡者を地獄の巨城まで突き落とす力だけだ」

 言うが早いか、彼らの足元から巨大な口をあけた食虫植物の様な姿をした花が、大きな口を開けて女を腰まで食べた。女の耳障りな悲鳴にクラウスは眉根を寄せる。
 ユリウスはその光景を見つめて思う、罪のある者こそ諦めが悪い。「いやよ、助けて」と、もがく女は「いい子になるわ!きっといい子になるからあ!」とクラウスにしがみ付く。

「馬鹿か、お前は。そういうお願いは俺ではなくヤマラージャに言え」
「きっと貴方を裁いてくださいますよ」

 ユリウスが励ました頃には女の体は殆ど花に食われてしまっていた。
「リボンでも付けとくか」と冗談を真顔で言う兄にユリウスは一つ溜息を吐いて「兄さん」と戒めた。
 亡者は死ぬと先ずこの城へ出向く事になる。三途の川を抜けていたのは今では大昔の話だ。ここに辿り着いた亡者は一人ずつ兄弟の振り分けを受ける。殆どの者が黙って刑に服するが偶にこういった諦めの悪い者がいるのだ。そういう時に強制送還という形で花に魂をこめて送る。
鰐の口と呼ばれる奈落の底にも似た大穴から下は地獄の一丁目と呼ばれる裁きの場所だ。そこにあるヤマラージャの巨城は閻魔の城とも呼ばれる。待つのは勿論地獄の大王、閻魔その人である。
 兄弟の足元に巨城へ続く真っ黒な大穴が開くとユリウスは穴に花ごと女を落として嗤った。

geh zur Hoelle!

 クラウスの憑き物でも落ちたかの様な声が落ちていく花に向かって投げられる。城の天に浮かぶ望月は今日も真朱色の儘で浮かんでいた。




(了)

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