12/09 03:22 終わりの無い鎮魂曲



 この町は機械仕掛けで出来て居る。絡繰りの町。そう呼んで居たのは他の町から来た若い商人だった。彼は春に五つになったばかりの娘にと我が町の名産品である、絡繰り人形を買って自分の町へと帰って行った。
 この町、アルペジオ町に人は余りいない。
昔は他の町同様に色んな人々が住んでいたと伝え聞くが今では少数の絡繰り師と呼ばれる人々が残っているだけで、町の住民のほとんどが絡繰り人形だった。一体いつ頃からこうも絡繰りばかりが増えていったのか詳しい所は知らないが昔々まだ町に人間が住んでいた頃何かがあったのだ。
 ギリギリキリキリ鳴りながら茶褐色の時計が午後六時を差す。アルペジオの町は夜になる。
 今日も町の真ん中に聳える蔦に巻かれ古びた時計塔の絡繰りが時を告げた。時計塔から夜の歌が木霊する。

     パラサイト パラサイト
       機械じかけの鬼たちがやってくる
         アルペジオを手に入れろ

           パラサイト パラサイト
             機械でうめろ ネジをまわせ
           アルペジオを手に入れろ

         パラサイト パラサイト
        カラクリ残して機械の町に
       アルペジオを寄生しろ
     パラサイト パラサイト…

 それを聞きながら夜に為り行く町を窓から見つめる少女がいる。名をララと言った。絡繰り師の母を持つこの町の数少ない人間の一人だった。ララは暗い表情で窓から月をを見上げる。
 町はやっと先程の夜の歌が終わった所であった。

「嫌な歌…」

 ララはポツリと漏らすように呟いた。独り言のように、しかし台所で料理を作る祖母に話し掛けているようにララは言葉を続けた。

「まるでこの町を乗っとる為の歌みたい…そんな歌を流すなんてこの町はイカれてるわ」
「機械は皆イカれてるよ」
「おばあちゃん、なぜこの町は機械だらけなの?」
「さぁねぇ、病気か…みんなで引越しちまったか」

 ララの問いに祖母はスープを器にいれながら答えた。祖母の答えは曖昧だとララは思った。
この町の中でも数少ない人間にならなければいけなくなった絡繰り師たちの祖先に何があったか、何故誰も書き留めておかなかったのだろう。何故子孫に伝えて行かなかったのだろう。
ララには不思議でたまらなかった。

「さぁララ。夕食をロメオに持って行っておやり」

 祖母の作った夕食を丘の上に建つプラネタリウムに住むロメオに持って行き、プラネタリウムで一緒に食事を取るのが日課だった。ララはエプロンを取って仕事場に行く準備をする祖母に赤いケープを着ながら「じゃあ、行って来ます」と告げて家のドアを開けた。


                             ***

 ロメオは町外れにあるトオンの丘に建つプラネタリウムに住んでいる絡繰りだった。
 遠い昔にプラネタリウムで研究をしていた博士が作った絡繰りで、この町にはびこる絡繰りたちとは違っている。とても長生きで、そして絡繰りとは違ってイカれてない、そこがララのお気に入りであった。
 トオンの丘は四方を小さな森に囲まれていてロメオの他には誰も住んで居ない。あの疎ましい機械じかけの歌も此所にいればそれ程五月蠅く感じない。ララはいっそこの場所に住みたいと思う程、ここが好きだった。ここは静かで落ち着いた雰囲気だし、夜は丘に転がって空を仰ぐと空の星座を独り占めして居る気になる。
 ララは先程祖母から渡された今夜の夕食を持ってトオンの丘までやってきた。丘の頂上に建つプラネタリウムの正面にある銀色の扉を開けると中ではロメオが椅子に座っていた。それはいつもと何ら変わりない。ロメオは何時もララが扉を開けると椅子に座って読書をしている事が多かった。
でも今日の椅子に座るロメオは何時もと少し様子が違うように感じた。

「ロメオ?どうしたの?何処か痛いの?」
「ラ…ラ?」
「そうよ、ララよ。本当にどうしちゃったの?」

 ララは持って居た夕食をテーブルに置いてロメオの側に寄った。ロメオの何時もは美しい銀色の髪が今日は鈍色に見える。顔を覗き込むとロメオの南国の海の様に澄んだ青色の眸が今日は深海のように沈んだ色をしていた。
こういう色をした絡繰りがどういう状態か、ララは母の工房で見た事があった。それはもう使えなくなった絡繰りたちが放つ色と同じ。鈍色の髪、深海の如く沈んだ瞳、その内に絡繰りたちは皆肌が赤く錆びていって動かなくなる。

「ロメオ…死ぬの?」
「あぁ…、もう博士が死んで百年経った。次は僕の番なんだ」

 ロメオは椅子に座った儘、遠くを見るように、昔を懐かしむように呟く。その声は掠れて酷く痛々しく思えた。

「私すぐにママをよんでくる!」

 駆け出そうとするララをロメオの軋む音を出す手が止めた。

「ララ、知ってるんだろう?もう絡繰り師にも止められない。時間なんだ、さよならの時間」
「だけどママは町一番だもの!ママなら治せるわ!この前だってワルトさんを治してたもの!だから、だからねママならきっと・・・」
「絡繰りの病気と、絡繰りの終わりは違うんだよ、ララ」

 諭すように語りかける言葉に泣きながら首を振るララ。ロメオは悲しそうに顔を歪ませる。その間にも赤く赤く錆びていくロメオの肌、もう動くのもやっとの状態である。

「ララ、唄を謳って。この町を乗っ取った機械の唄じゃなく、君の唄が聞きたい」

 唇を震わせながらララはロメオの最後の願いを叶えた。唇が震えて何時もみたいに上手く歌えなかったがそれでもロメオには最高の歌に聞こえる。揺れるように紡がれたその唄はさしずめ葬送曲のように静かなトオンの丘に響いていた。


 ララが歌い終わる頃にはロメオはただの鉄屑に変わって、ララの流した涙がポタリとロメオの上に落ちた。

(さよなら、私の絡繰り)





(2007/08/26)




zerone Chien11



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