使用済みティッシュを隔離してメリープを抱えなおしてもまだ列は長い。つーか珍しく、ちょっとづつしか進んでない。どうせ時間があるなら、と俺は一昨日から気になっていた事を聞くべく、とりあえず前置きを口にした。

「なあ、コガネってやっぱ遠い?」
「え? うん、遠いよ」
「波乗りできればもうちょっと早くウバメの森抜けられるんだけどねー」
「そっか。わざわざこっちに来てくれてありがとうな、色々助かった」
「どう致しまして」
「えっと、そんな畏まって言われる事じゃないよ! 私たちがしたくてしたんだし!」
「本当に助かったんだ。それに3人で行動すんの楽しかったし。でもさ、ちょっと不思議で」
「なにが?」

 気遣ってくれた友人に「見舞いのためだけに戻ってきたんじゃないんだろ」なんて不躾には聞けない。前置きとオブラートでなるべく柔らかくした言葉を口に乗せる。

「ずっと一緒にいるけど、コガネジムとかいいのか?」
「あー、うーん、良くは無い。けど、ちょっと行き詰っちゃって。できればリョウくんに相談したかったんだ」

 苦笑ながらに言ったヒビキは、たぶん俺の快癒を待って、けれど間を置かずにメリープとピチューの事があったんで遠慮していたんだろう。つーかそんくらいの事、同室なんだし夜寝る前に言ってくれれば……無理か。ヒビキものっそい寝つきがいい、っつか風呂上がるともう眠くて仕方ないからさっさと布団に入る、ってのがパターンだもんな。

「そうだったんだ。悪いな、こっちの用事にばっか付き合わせちゃって。聞かせてくれよ、って、ここでいい?」
「ん。コガネジムで負けちゃって、どうしたらいいかな。格闘タイプ入れたほうがいい?」
「アカネちゃんのミルタンクか?」
「うん。って、よくわかったね」

 そりゃー俺もそこで苦労したからな。金銀よりは倒しやすくなってるらしいけど、回復技+連続で当たると攻撃力があがる技+怯み効果のある技でさんっざん! 長期戦にされた挙句、いい傷薬で全回復された時には笑いしか出なかったもんだ。はっはっは、忘れようがねーよ。後で調べたらみんなのトラウマとか呼ばれてるしな、アカネのミルタンク。
 とはいえ弱点を突ければそうそう苦労もない。でもノーマルタイプの弱点は格闘だけで、ここまでの道のりを普通に草むら歩いてるだけじゃ格闘タイプは入手できない。コガネシティのデパートでワンリキーを交換して貰うか、ポケモンに木へ頭突きしてもらってヘラクロスが落ちてくるのを祈るしかない。
 が、それは最終手段だろう。だいたいワンリキーに関してはなんでそんなこと知ってるんだってなるから教えられないし、そもそもポケモンだってメシを食う世界で安易に手持増やせとは言いたくない。

「ヒノノの主砲ってなに?」
「しゅほう?」
「メインウェポン、ええっと、ヒノノが使える技で一番威力があるやつ」
「んっと、火炎車かな」

 ポケギアでステータスを確認して、「やっぱ火炎車ー」と報告が来た。んー、威力いくつだったかなあ、たぶん50くらい?

「威力は?」
「わかんない」
「ポケギアで見れるよ、貸してみて」

 コトネが操作して技の項目を詳細に出すと「レベルアップの時にしか見れないと思ってた」とヒビキは笑った。つくづく感で生きてる子だと思う。
 いい加減重くなってきたメリープを下ろし、気を取り直して確認した火炎車の威力は60。

「これじゃ……」

 突破できねーだろうな、と言おうとしてヒノアラシが見上げている事に気付いた。「ヒノアラシなんか使えねーぜ」なんて意味で「これじゃ突破できねーだろうな」と言うつもりはないけれど、否定的な言葉はヒノアラシを傷付けるかもしれない。威力不足、もダメだ、ヒノアラシのレベル考えたらこの技が最高威力なのが当たり前なわけだし。えーっと。

「厳しいかな。回復技持ってる相手に攻撃する時は、一撃で沈めるか、回復力を大幅に上回る攻撃をしなきゃいけない」
「あー、そうだよねえ。でも弱点突ける技ないよ」
「ねえ、他に攻撃力の高い技はないの?」
「だね。うーんとー」

 全員のステータスを見てココドラの頭突きが威力70だと発見したけれど、タイプ不一致だし弱点じゃないしってことでいまいち。なんてやってる間に列が動いて店の暖簾が見えてきた。店に入ったら後ろに並んでる人のためにもさっさと食って出なきゃならない。立案は今のうちに終わらせておきたいところだな。

「ああ、泥かけあるじゃん」
「命中立ダウン狙うの?」
「そうそう。どんな攻撃も当たらなきゃ意味がない」
「上手くいくかしら」
「念入りに6回かけたらそうそう技当たらなくなるよ。俺はそれで泣きそうになったことがあるから保障する」

 ええ、と驚きつつも2人は笑った。ゲーム中の事とはいえ、当事者の俺にしたら笑い事じゃないんですけどねー。

「それにココはミルタンクの攻撃が半減か4分の1になるから、レベル上げればごり押しできると思う。でも長期戦は覚悟しとけよー」
「うん、わかった。……タマゴからすっごく強いポケモン孵ったりしないかなあ」
「なにゆってんの、孵ったばかりのポケモンはレベル1よ。育てる方が時間かかるでしょ」

 暖簾を目前にして真剣な顔でアホな事を言い出したヒビキに、コトネの言うとおりだと頷いた。大体ヒビキが持ってるタマゴはトゲピーだ。最終的には白い悪魔と呼ばれる凶悪なポケモンに育つ可能性を秘めているけど、初期は足を引っ張ること請け合いだったはず。進化条件も懐かせてレベルアップと少々ややこしいもんだから、すぐに実戦投入とはいかないだろう。つーか、

「まだ孵ってなかったんだなあ」

 トゲピーのタマゴの存在、俺はすっかり忘れてた。タマゴって持ってる本人と手持以外には存在感0なんだな。

「うん、時々動いてるからもうすぐだと思うんだけど」
「楽しみね、どんな子が生まれるのかなあ」
「わかんない。模様からじゃぜんぜん予想つかないよ」
「その方がいいじゃん。お楽しみだよ」
「まあね。そうだ、リョウくんのは?」

 俺の方のタマゴは孵る時が恐い。ボールの表示ではそろそろ孵るっぽいんだけど。石膏で塞がれているけど、万が一罅が広がってしまったらと思うと恐くてボールから出せないから、生きてるのか不安になるときがある。ボールの中身は外から見れないし。無事に孵ってくれと祈るばかりだ。

「リョウくんもタマゴ持ってるの? どこで手に入れたの?」

 コトネが唐突に勢い込んで問いかけてきた。が、その強すぎる勢いにちょっとばかり驚いて、一瞬言葉に詰まってしまった。

「っ、ああ、繋がりの洞窟でラプラスのタマゴを、罅が入ってるのを見つけて。それでポケセンに持って行ったら、俺が孵す事になったんだ。なんか、安静にしてるよりトレーナーが連れ歩った方が早く孵るってんで」

 あからさまにほっとした様子でコトネは「そっか……」と笑った。なんだろう?
 順番が来たので店内に入る。ご家族でやっているというこの店は宿泊施設の食堂と比べるまでもなく狭いが、ポケモンも一緒に食べられるようにとテーブルとテーブルの間隔は大きく取ってある。そのお陰で一度に入れる人数は少ないんだが、手持全員を心置きなく出せるのは有り難い。
 手持を出して、帽子やストールを取って、注文(つっても日替わりお任せ定食一択なんだけど)を済ませて、先ほどの続きを話す。

「もしかして俺がラプラスから奪い取ったとか思った?」

 冗談めかして問うと、コトネは慌てて首を振った。

「違うの! あの、リョウくんたまに凄いことやらかすから、野生のポケモンのタマゴは取っちゃいけないって知らずに持ってきたのかと思っちゃって。勘違いしてごめんね」
「いや。実際タマゴ持ってきちゃいけないって知らなかったし」
「え、ちょ、覚えておいてね」
「はーい」

 軽い返事にコトネは「絶対だからね」と念押ししてきたが、元々やる気はない。そもそも野生のポケモンのタマゴを取るって発想がなかった。ゲームじゃ育て屋でしか見つからないもんだからさ。

「念押しされなくても、新しいポケモン入れる金がないよ」
「ええ!? そんな貧乏なの?」
「ここ奢ろうか」
「いや、それは大丈夫。気持ちだけ貰っておくな、有り難う」

 どう致しまして、困った時は連絡してね、少しなら力になれるよと笑ってから、ヒビキはふと思いついたように口を開いた。

「もしかして、ポケモン保険のせい?」
「あー、そっか、こないだユウキと話してたの聞いてたんだ」
「うん、ごめんね、わざとじゃなかったんだけど、近くで話してたから聞こえてた」
「リョウくん、保険に入れてるの?」
「うん。俺、身寄りないから」
「え」
「そう、なんだ」

 しまった、ちょっと空気を凍らせちまった。レッドやユウキやジョーイなんかに説明した時はさらっと流してもらえたから今もするっと言ってしまったけど、このくらいの年の子だったらどう反応したらいいか分からなくなるのが普通だよな。すっかり失念してた。

「悪い、うっかりエターナルフォースブリザードを放っちゃったな。俺自身は納得してるから気にしないで欲しい」
「う、んと……うん。わかった」
「……」

 エターナルフォースブリザード発言は無視された。滑ってしまってお兄さんちょっと恥ずかしいです。なんて思ってたら、隣に座っていたヒビキが無言のまま唐突によしよしと頭を撫でてきて、まさかの行動に俺は思わず噴出してしまった。

「ぶくく、ふっふっ、くくく。ありがとう、ヒビキ」
「ううん。本当に頼ってね。僕、力になるよ」
「あ、私も、出来る限りするから言ってね?」
「うん、有り難う。もしなにかあったら頼むわ」

 頼り過ぎるのも情けないからなるべく頼らない方向で行こうと思っているけれど、2人の気持ちが嬉しかった。ああ、俺、ヒビキたちと同じ時期に旅立ててよかった。正直、なんで俺がこんな目にと思う事もあるけど、同じくらい恵まれていると思える。

「ポケモン保険かあ、あれ高いのよね」
「そう、初期費用4万円也」
「うわー、それは、街頭に立って募金募ってみる?」
「俺のために小銭をお願いします、あ、そこの人ちょっとジャンプしてみてください、ああ今小銭の音がしましたよ、ってか」
「えええ、それ、カツアゲ!」
「短パン小僧や虫取り少年は見逃してあげようね」
「いやいや、そもそもやっちゃダメだから」

 結構ノリの良いヒビキも、常識的な突っ込みを入れるコトネも冗談に笑ってくれた。これで湿っぽい空気は一掃できただろう。

「ね、ウツギ博士に頼めないかな」
「何を?」
「あのね、オーキド博士なんかはトレーナーに頼んでポケモンを捕獲してきてもらう代わりに面倒みてたんだって。ウツギ博士にも、そういうのお願いできないかな」
「どうだろ。俺じゃ博士の望むポケモン捕獲できるかわかんないし、第一俺が頼みたいのは、もし俺がトレーナーやめる事になった時、ポケモンの面倒みてくれって事なんだよ」
「そうなの? それなら私んちが役に立てるかも」
「え?」
「うち、おじいちゃんとおばあちゃんが育て屋さんしてるの。そこでね、たまに里親募集することがあるのよ。そこに混ぜてもらう事できないか聞いてみるね」

 なんと。救世主がこんなところに存在していたとは。

「有り難う、さっそく有り難う。頼って悪いけど、お願いします」
「やだ、頭下げたりしないで! 私もリョウくんにはお世話になったし」
「なんもした覚えがないんだけど」
「怪我した時、助けてくれたじゃない」

 んー? コトネがシルバーに突き飛ばされて足くじいた時に背負った事かな。

「大したことじゃないだろー。女の子が困ってたら手を貸すのは当たり前じゃん」
「そう、か、な? って、え、え、女の子って、えっと」
「あはは、なに慌ててるの〜」
「や、なによヒビキ!」

 コトネは腰を浮かせると手を伸ばして、照れ隠しのようにべちっとヒビキを叩いた。ヒビキもそれを避けずにしっかり受け止めてる。仲良しだなあ。

「リョウくんもなにニヤニヤしてんの!」
「いいや、仲良くていいなって。俺も入れてー」
「よーしよしよしよし」
「ちょ、頭が、ぐらぐらしてるから!」
「よしよしよしよし」
「コトネちゃん、首もげる、もげる」

 ふざけて言ったらヒビキが笑いながら容赦なく頭を撫でてきた。それを見たコトネも手を伸ばして、ニヤニヤした罰とばかりに激しく撫でて来て、しばらくの間俺は強制的にヘドバンをやらされたのだった。首鞭打ちになるかと思ったっつーの。


前話 ヤドンと人情の町