コウキの現在地はコトブキシティだった。バトルにはあまり興味がないらしいけれど、コンテスト会場のある町まではジムにも挑戦するそうだ。ジムバッジが無いと移動に必要な技が使えず、回り道や公共機関を利用しなくちゃいけなくなって不便な思いをする。そもそもコンテストにしても、良い成績を残すにはそれなりのレベルが必要なはずだ。高レベルで覚える技を使ったほうが高得点を得られる、はず、たぶん。コンテストの事はよくわかんないけどさ。
 話がずれた。とにかく、次に目指す町への道中に短い洞窟があるってんで、早速メリープとピチューを交換した。メリープは問題なく送り出したけれど、俺とピチューの方はと言えば、Wi-Fiルームを出てもまだボール越しの対面となっている。どうやら相当怯えているらしい。出そうとしても断固出てこないので、仕方なく今日も休日だ。
 寝込んでいた期間と懐具合を考えれば賞金貰いに行くために、もといジムバッジ獲得に向けてレベルアップを図りたいところなんだけど、今回主戦力にしたいメリープが居ないんじゃいつになることやら。

「どーすっかなあ」
「コトネ、なんかできる事ある?」

 ポケモンセンターのロビーに設置されているソファ。人見知りピチューを預かるってんで幼少期からポケモンと触れ合っているコトネとも合流し、ピチューのボールを眺めながら唸る様に呟くと、ヒビキがコトネに話を振った。

「うーん、そうね。とにかくピチューが警戒ゆるめるのを待つしかないよ。ボールから出たくなったら出られるように、人の少ない落ち着いた部屋で、お水と乾燥フード部屋の端っこにおいて、取りあえずリョウくんに慣れるのを待つの」

 貰ってきた猫にする対応みたいだな。新しい環境に慣れるのを待ってあげるのが最優先なわけだ。

「まずはボールから安心して出てこれる環境を作るんだな?」
「うん、そう」

 いい案を貰ったけれど。

「つっても、この時間じゃまだ部屋借りれないな」
「あ、そっか。うーん、じゃあ、どうしよう」
「ちょっと待ってて、心当たりがあるから相談してみる」

 ポケモンセンターの宿泊施設の開放は夕方からだ。外でもいいから静かなところを探そうかと考えたところで、ヒビキがポケギアを取り出した。

「この町に親戚でもいんのかな」
「さあ? 聞いた事ないよ」

 少しして話が付いたらしく、にっこり笑ってヒビキは立ち上がった。

「OKだって。ガンテツさんのお家にお邪魔させてもらおう」

 わーお。ヒビキってばあの頑固そうな爺さん宅に突撃かます気か! 屈託がないというか、物怖じしないと言うか。





 ガンテツさんは思ったとおりちょっと気難しい人だった。とはいえ、それはポケモンを思う気持ちは人一倍だからで、ピチューの境遇に同情して怒ってくれた。その説教の行き先が俺だったのがちょっと納得行かなかったけども。慣れない正座で足が大分痛かった。
 それはさておき、結果から言えばピチューは出てきてくれた。見慣れない人間たちのことは警戒しているようだったけれど、面倒見の良さを発揮したマリルとイーブイがなにくれと世話を焼き、ミミロルとコトネのピチューが積極的に誘って打ち解けたようだった。じゃあ俺も、と近付こうとしたら逃げられてしまい、チコリータに「余計なことすんな」とばかりに睨まれたんだけどな。
 それで少し安心して宿泊施設に戻ったらまたボールに篭っちゃって、ご飯時もでてこない。しょうがないのでコウキに連絡して泊まりは延期にした。ひとまずはボールから出てきてくれただけでも良しとせねばなるまい。

 一方、コウキの方も芳しくなかった。違う洞窟ならもしかして大丈夫かもと思ったんだけど、メリープは恐がって入るのを断固拒否したそうで。元の町のポケモンセンターから通信してきたコウキに申し訳なくて謝ったら、お互い様なので気にしないでほしいと笑っていた。そりゃそうなんだけど、分かっていても謝ったりなんだり、気持ちを表すのが礼儀だと思ってるのでお礼も言っておいた。明日からも世話になるしな。

 そんなこんなで俺たちもコウキもまだ先に進めておらず、しばらくはこの町を拠点にすることになりそうだった。俺の理由としては、ヒワダタウンはヒビキがロケット団を追い返しておいてくれたお陰で町はゆったりているし、次は大都市のコガネシティだ、そんなとこではピチューも落ち着かないだろうと考えての事だった。それに、虫タイプのジムをどうやって攻略するかってのも思いついてないしな。電気タイプに頼りたいけど、ピチューじゃ無理だろうなあ。
 チコリータは苦手なタイプで、イーブイもイーブイも決定打を持っていない。それにジムリーダーのツクシの手持であるストライクは、先手で攻撃してすぐボールに戻って違うポケモンと交代するという、とんぼ返りって技を持っていたはずだ。あれ、結構面倒なんだよな。チコリータを出す度にやられたら何もさせてもらえないまま落とされる危険がある。うーん、とりあえずレベル上げて、進化も視野に入れて……ああ、攻略本や攻略サイトがほしい。





 ピチューとメリープのトラウマ克服2日目、ヒワダではちょっとした問題が起こっていた。尻尾を切られてポケモンセンターで保護された野生のヤドンたちが生臭いって事だ。事件発生後にトレーナーたちの手を借りて一度丸洗いされたらしいけど、時間がたったせいか臭う臭う。宿泊施設で世話になっているトレーナーの発案で丸洗いすることになった。
 ヒワダタウンポケモンセンンター、その宿泊施設にある大浴場。水浴びには早すぎると言うのに、結構な数のトレーナーが短パン姿で集まった。そこここからじゃぶじゃぶと水音と遊んでいるような歓声が聞こえるけど、着々とヤドンは丸洗いされていく。

「ほおら、逃げんなよヤドンー。綺麗にしてやるから、おいこら」
「やぁーん」
「わー、あははは、ヤドンってあんな早く動くんだね、あはは」
「そりゃあバトルすんだし、ある程度はスピード出るだろ」

 石鹸で滑るのをいい事に手を掻い潜って逃げ出したヤドンを、けらけら楽しそうに笑いながらヒビキとチコリータとマリルが追う。因みに他の手持はガンテツ宅で遊ばせて貰っている。ふわもこのイーブイとミミロルは乾かすのが面倒だし、ピチューたちはうっかり電気を出したら皆が効果抜群になってしまうし、ヒノアラシとココドラに至っては水が苦手だ。

「そっか、なんか町でのんびりしての見てるとバトルするなんて思」

 もう少しでヤドンに手が届くというところで、マリルがヤドンに水鉄砲をびしゃーっとお見舞いした。攻撃目的ではないので手加減はしたのだろうが、余波でヒビキとチコリータもずぶ濡れになっている。とどめにヤドンが身震いして、俺を含め結構広範囲のやつらが冷たいと悲鳴をあげ、もしくは身を竦めた。マリルのトレーナーであるコトネが周囲に謝って、それから呆れた視線を本人に向ける。

「マリルぅ……」
「りる……」

 以心伝心、反省している様子のマリルに周囲が「大丈夫!」「どーせ最初からぬれてたし」とフォローを入れたけれど、頭からびしょ濡れなやつもいる。

「盛大にやられたな、ヒビキ。そのまんまじゃ風邪引いちまうぞ、一旦着替えてこいよ」
「んー、僕は大丈夫。どーせこの後お風呂だし、ぶっくしゅ!」
「大丈夫じゃねーじゃん」
「む、鼻かんでくるー」

 ヒビキはマリルの一撃で洗い流せたヤドンを連れて脱衣所に向かう。水浴びは好きな癖に洗われるのは嫌がっているヤドンたちが、暢気で間抜けた顔に似合わない敏感さでドアの方へ視線を向けた。

「こちらリョウ、ヒビキ、急げ、そこにはヤドンの大群が向かっている!」
「了解! エクストリーム!」

 脱走するべく出口に向かうヤドンたちをそれぞれが引き止めている内に、ヒビキは無事に脱衣所へ抜けた。続きが気になるエクストリームの一言を残して。続きがうかばなかったのか、エクストリームをエスケープと勘違いしてるのかはヒビキにしか分からないだろう。





 ヤドンを洗い終わって全員で風呂掃除をして、使ったタオルをランドリーに突っ込む頃には大浴場に火が入る時間になっていた。それを見計らったようにガンテツの孫娘がヤドンと連れ立って俺たちの手持を送りに来てくれて、孫娘をコトネが風呂に連れて行く事になった。普段ガンテツと2人暮らしの孫娘は、ここ2日でコトネに随分懐いていた。

 風呂から上がると一番星が見える時間になっていた。ヤドンが付いているとはいえ薄暗い中を幼い子で1人は不安だったので、コトネとヒビキが送りに出た。
 俺はユニオンルームに向かってコウキと通信し、ピチューとメリープを交換しがてら今日の成果を報告しあう。特に進展はなかったが、のんびり行こうと決めているので問題はない。いや、財布は相変わらず大問題を抱えているんだけどな。でも天涯孤独ってことになっている俺んとこには、来月になれば生活保護の一環でいくらか金が入ってくる。取りあえずそこまで節約して生き延びねば。

 通信を終えてポケモンセンターの外に出ると日はすっかり沈んでいた。4月後半に入ったからか、おとといくらいから寒さが和らいできている。夜の風はまだ冷えるけれど、歩いている分には気にならない。

「さって、メシ行こうか」
「めえええええー」
「今日はなんだろうなあ、楽しみだな」
「めえええええりいいいいいいー」

 昨日から俺たちはガンテツに教わったリーズナブルな食堂へ行っている。ちょっと怪しい路地裏にあって店内は狭いが、ポケモンセンターよりも安くて日替わり定食を出してくれるので俺は大助かりだ。
 店に着くと結構な行列が出来ていた。つっても立ち食い蕎麦なみに回転が速いのでそんなに時間はかからないだろう。ポケギアでヒビキたちに先に並ぶとメールしながら行列に加わる。
 立ち止まると夜風が身に沁みた。少し重いのろ覚悟して、もふもふ暖かいメリープを抱えあげる。そうしていくらも進まない内に2人は姿を見せた。

「早かったな、お帰り」
「めりいいいいいいい」
「りるう!」
「ただいまー」
「ただいま。あんまり急ぐ必要なかった?」
「そうだね」

 走ったのか少し頬が上気していたが、息は切らしていない。マリルっつうかポケモンは人間より身体能力が高いから息切れするはずもなく、ヒビキの頭に陣取っているポッポはそもそも動いていないから元気……じゃないようだ。寒いらしくもっふりと毛を膨らませている。

「クルル寒そうだなあ」
「え?」
「わ、まんまるにふくれてる」

 ヒビキはそっと帽子を取ってそこに乗っている寒そうなポッポを確認すると体温の高いヒノアラシを出した。ポッポは元野生らしく人間の常識に縛られないというか、本能のままに動いて、人間の下で育ったヒノアラシを困らせている事が多い。けれど今のようにヒノアラシにポッポがぴったりくっついてまったりぬくぬくしている姿は結構頻繁に見られる。結局のところ仲良しのようだ。

「めりいー」
「こらこら、クルルが警戒してるだろ」

 そこに加わろうと飛び降りたメリープを引き止める。ついでに腕がしびれてきていたので背中へおんぶしてみた。少し腕が楽になった。それに身を乗り出して嬉しそうに頬擦りされると文句なんか引っ込むってもんだ。が、代わりにくしゃみは出た。

「はっぶしゅ!」
「ぷうっ! めりいいー」
「わ、わ、待て、鼻水が! いや舐めようとすんな!」
「だめよ、メリープ」
「ティッシュ、ティッシュ!」

 コトネがメリープを抱えて、ヒビキが俺にポケットティッシュを差し出してくれた。周囲からちょっと笑い声が聞こえたけど気にせず鼻をかむ。行列に並んでいる人の多くはポケモンを連れていて、その笑いには嘲笑なんて含まれて居なかったからだ。子供とポケモンが戯れているのが微笑ましかったのか、もしかしたら同じような事を経験しているからこそ共感して笑ったのかもしれない。


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