モココのふわふわの毛に埋もれてうとうとしていたトゲピーは、ぱたん、と冷蔵庫の閉じる音にキッチンを見やった。
 キッチンカウンターから戻った人間の手には、鮮やかなオレンジで満たされたコップがあった。ジェットコースターのレールのようにくるりと一回転するストローは、小さなラインストーンで飾られて歩く振動にキラキラと煌めく。

 ぱっちりと目を開けたトゲピーが人間に向かって走り出し、ころりと転がった。助け起こそうとモココが慌てて立ち上がるが、トゲピーは丸いフォルムのせいでころんころんと転がって行ってしまう。
「あらら、大丈夫?」
 しゃがんだ人間が片手でトゲピーを抱き上げる。たった今転んだことなど忘れたように、トゲピーはオレンジ色のジュースへと小さな手を伸ばした。
「飲みたい?」
 と笑う人間にきゃっきゃと歓声で答え、落ちてしまいそうなほどに手足をばたつかせて喜ぶ。それを眺めるモココの複雑そうな顔に、人間はにっこりと楽しそうに笑って見せる。

 テーブルへジュースを置いた人間は、周りの物を少し避けてから長座布団に座った。トゲピーが早くとねだる。モココはキッチンへ向かった。
「はい、どうぞ」
 人間は優しい笑顔でトゲピーが飲みやすい位置にコップを持っていってあげた。
 きらきら綺麗なストローと好物の甘いジュースを飲めることにご満悦のトゲピーは、においを確かめもせずに勢いよくストローを吸って、一拍置いてからぴゃっと飛び上がり、盛大に顔をしかめてぺっぺっと舌を出した。
 それを見た人間は堪えきれないとばかりに大爆笑した。キッチンから戻ったモココが、オレンジ色のジュースを注いだコップをテーブルに置く。そして目を白黒させるトゲピーを、人間の膝からテーブルの上へと移動させてあげた。

 モココに薦められたコップと人間の持つコップを見比べて、トゲピーはきょろきょろとした。
 どちらもオレンジ色だが、よくよく見れば色の濃さが違う。モココの持ってきたジュースは黄色味の強いオレンジで、人間の持つジュースは赤味が強い。
 自分が騙されてオレンジジュースじゃない何かを飲まされたことに気付いたトゲピーは、うるうると目を潤ませた。

 まだ笑い続けている人間に代わり、モココが本物のオレンジジュースを勧める。トゲピーは泣きそうな膨れっ面をしながらも中身の匂いを嗅いだ。何度も何度も嗅いでから、慎重に一口吸い上げる。
 いつもの甘くて美味しいオレンジジュースだと確認したトゲピーは、ぱっと顔を輝かせて夢中でジュースを飲んだ。
 その様子を見ていた人間は、良い反応だわ、と呟きながらテーブルに突っ伏し、息も絶え絶えになって笑い続けていた。それをたしなめるようにモココが人間の二の腕をぺちっと叩いたが、笑いは全く収まらない。
 モココは小さく溜め息をついた。