見送りに来てくれた先生や看護士さん達に挨拶していると、イーブイを抱えたセラピストの先生がやって来た。イーブイは寝坊助で朝7時じゃまだおねむもおねむ、先生の腕の中でよだれ垂らして寝こけている。起こさないように優しく撫でて、俺はシルバースプレー片手に歩き出した。

 裸一貫どころか戸籍作成からスタートとなった俺には国から補助金が出ていたけれど、何枚かの着替えとトレーナー必需品であるトレーナーカード、GPSの付いたポケギアを購入したから残り5000円しかない。
 それを見かねたのか先生たちからお餞別という名目で、ポケギアの拡張データであるマップ、ランニングシューズ、寝袋、雨合羽、日持ちする携帯食などなど融通して貰えた。お陰で初めての道でも迷うことなく、3時間程で目的地を望むことができた。
 近付くごとに草むらを揺らす風が強くなり、俺は帽子を深くかぶり直す。

「はー、ここがワカバタウン」

 始まりを告げる風が吹く町と言うだけあって、潮の香りを含んだ気持ちのいい風が吹いている。ストールもぴろぴろはためきまくりだ。
ゲームよりはずっと広く、民家も多く見てとれたが、町というには閑散とし過ぎている。そんなワカバタウンに入って直ぐの所に、目的のウツギ博士の研究所はあった。ゲームから想像していたより大きい。
 全国展開を唱うフレンドリィショップやポケモンセンターさえない町では、鉄筋コンクリートの大きな住宅は問答無用で目に付く。

 やっべぇ、なんか無性にテンションあがってきた。本当に冒険の旅に出ちゃうのか俺。

 インターフォンを鳴らすべく興奮気味に大股でウツギ研究所へ近付く。そうだ、その前にちょっと確認。
 実はウツギ博士から御三家を貰えると聞いた時から、ポケモン以外にも期待してることがあった。こっそり研究所の左側を覗いてみる。と、赤髪の少年が、堂々と研究所を覗き見しているところだった。
 おお、本当にいる……さすがゲーム(?)。
 正直、居たら良いな〜くらいの軽い気持ちで、本当に居るとは思っておらず、思わずまじまじと見つめてしまった。しっかし、あんな堂々と覗いてて良く見咎められないもんだ。

 覗き魔を更に覗くと言う、通報されたら任意同行させられてしまいそうな状態は、少年が俺に気付いた事で終わった。逃げる間も視線を逸らす間もなくこっちへやってくる。
 おーおー、眉間の皺が物凄いことになってるね、ブルドックみたいだよ。
 大股で近寄ってきた少年は俺を突き飛ばそうとしたけれど、想定内なので一歩後ろに下がり避ける。少年はつんのめってたたらを踏んだ。

「大丈夫か?」
「うるさい!」

 すかさず聞いてみたら怒鳴り返されてしまった。お前の方がよっぽど煩いと言い返す間もなく、少年は町の外へ飛び出して行く。
 って、おおい、ポケモンも持たずに行ったぞあの子。大丈夫なのか? あ、なんか飛び跳ねて……おおー、顔面から転んだ。…………起き上がらないな。いや、起き上がれないのか? もしかしてポケモンにフルボッコにされてる? 助けを呼ぶべき?

 ウツギ博士に知らせるか迷っていると、背後から扉が開く音。
 振り返るとヒノアラシを連れた少年が出てくるところだった。その見覚えのある姿にテンションはうなぎ登りだ。

「こんにちは。ウツギ博士に用事ですか?」

 至極特徴的な前髪の少年がにこっと笑う。白いフード付きトレーナーの上に細身の赤いジャケットをきっちり着込み、黒の七分丈パンツは大人の男がやると大惨事になる事請け合いの向こうずね見せスタイル。紛れもなくHGSSの男主人公だった。なんだかにこにこしてて感じの良い子だなぁ。

「初めまして、俺はリョウ。ウツギ博士にポケモンを貰いに来たんだ」
「じゃあ僕と一緒だね」

 なんだか嬉しそうに笑う男主人公の足元で、ヒノアラシがぽかんと口を開けて俺を見上げていた。

「僕はヒビキ。この町に住んでるんだ。こっちはヒノアラシのヒノノだよ」

 主人公にデフォルトネームあるって知らなくて適当に付けた口なんだけど修正されてんのな。ってかゲームの世界そのままじゃあないんだろうか。情報が少な過ぎて判断付かないな。
 頭の片隅で考えつつヒノアラシにも「こんにちは」と笑いかけたら、背中からぽっと小さな火を出して、ヒビキの後ろに隠れてしまった。

「ごめんな、こいつ照れ屋ですぐ隠れちゃうんだ」
「可愛いな、めっちゃはみ出てるし」
「そうなんだ。本人は隠れてるつもりみたい」

 うわぁナニソレすげぇ可愛い。口には出せないけど頭足りてなくて可愛い。

「お馬鹿で可愛いだろ?」

 俺がせっかく慎んだ感想を、ヒビキは輝かんばかりのイイ笑顔で言い放った。ヒノアラシが、がん! とショック受けながら見上げてるけど、いいんだろうか。

「なんか和むよね」

 あわあわしてるヒノアラシを見ながらの追い討ち。ヒビキって結構イイ性格してんだな。でもま、

「わかる、可愛いくて和むよな。撫でてもいい?」
「うん、いいよ〜」

 しゃがんでヒノアラシに手をのばす。緊張した面もちで固まっていたけど、うりうり撫で回すとすり寄ってくれた。

「照れ屋のわりには懐っこくないか?」
「う? うーん……まだ良くわかんない」
「そっか、今日会ったばかりだもんな」
「うん。でも今日からずっと一緒だよ。な、ヒノノ」
「ひの〜」

 またぽっと背中から火が出て、俺は反射的に手を引いた。ヒノアラシは照れたらしくヒビキの背に隠れてしまう。

「大丈夫だった?」
「平気、撫でてたの頭だし」

 心配そうに聞いてくるヒビキの後ろから、不思議そうな顔がのぞく。火傷させそうになったとは気付いてないんだろう。何かある度に火を出すんじゃ、躾が大変そうだなあ。

「ところでさ、ヒビキくんたちはこれからどっか行くところ?」

 立ち上がって聞いてみる。たぶん今からポケモンじいさんの所へお使いなんだろうけど、確認は大事だ。

「うん、ちょっとヨシノシティの先までお使いなんだ」
「まじで? 大変だな。結構遠いじゃん」

 当たり障りのない事を口にしながらも、内心はゲームのシナリオ通りの展開に喜んでいた。この後もシナリオ通りに進んでくれれば、俺は頭の可笑しい人を卒業だ。

「そう、だから今日はポケモンセンターにお泊まりなんだ」

 何もかもが初めての経験なんだろう。興奮と期待がない交ぜの楽しそうな笑顔。こちらまで心が弾む。

「じゃあ帰宅は明日なんだ? あのさ、俺は明日ポケモン貰う予定なんだよ」
「じゃあ、僕が1日だけ先輩だね」

 ああ、小学生くらいの時って誕生日が1日違うだけで「俺のが年上〜」なんて喜んでたっけ。なんかアレ結構鼻に付いた覚えがある。
 けれどはにかむヒビキからはそう言うのを感じない。っていうか微笑ましい。これはヒビキの性格のせいなのか、俺が年を食ったからなのか。

「そう、だからヒビキ先輩、帰ってきたらバトルしようぜ」

 言った途端にヒビキは、少し目を見開いてフリーズしてしまった。なんか変なこと言ったかな。

「だめかな?」
「え? ううん! 先輩って言われてびっくりしただけ」

 ヒビキは再びにこーっと人好きのする笑顔を、今度は満開で見せた。

「なんか先輩っていい響き!」

 子犬みたいなはしゃぎっぷりにこちらの顔も自然と緩む。今時こんなピュアな子は天然記念物だろう。俺がショタがバイだったら危うく恋が始まる所だったな。ウホッ! いいショタっ子。あれ、10歳ってショタでいいんだよな?

「ヒビキ先輩かわいい〜」
「ありがとー、よく言われる。でもね、僕男前だから。そこんとこよろしく」
「ほほぅ……どこらへんが?」
「全部!」

 だめだ、この子犬系少年のどこに男らしさがあるのか理解できん。
 すっかり和んだ空気へ割り込むように、どこからか音楽が聞こえてきた。反響して不協和音になっているがフレーズに聞き覚えがある。多分ワカバタウンのテーマだ。

「もう10時だ。そろそろ行かなくちゃ」
「ああ、今の曲って時報か。変な時間になるんだな」
「そうだよね。あと8時と4時にもなるんだ」

 なるほど、その時間には思い当たる節がある。ゲームではなかった親切設計があるらしいな。

「たぶんポケモンの活動時間に合わせてじゃないか?」

 はっとした後、真顔で見つめられて少し戸惑った。なんだなんだ、今度はどうしたんだ?

「…………リョウくんって天才?」
「……ヒビキ先輩が天然入ってるだけに一票」

 この子、1人でお使いに出して大丈夫なのか?


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