ヒビキ・ユウキのガチムチコンビに情報やアイテムを提供して貰ってから2日。素早くて攻撃力もあって回復までこなしちゃう飛行ポケモンのジムに取った対策は、レベルを上げて殴る、という単純明快なごり押しだった。
 とりあえず2匹のHP強化して、後はそれぞれチコリータは攻撃、イーブイは素早さを強化した。イーブイは性格補正でプラマイ0っぽいけど、たぶんポッポくらいなら抜けるだろ。つうか抜いて下さい頼んますよモチヅキさん。
 ゲームと違って回復アイテム禁止なのが痛い。チャレンジャーだけ持ち物OKなのがせめてもの救いだろうか。

 ジムトレーナー倒した後に一旦ジムを出てポケモンセンターで回復したり、ユウキに融通して貰った持ち物持たせたりした。けど不安は尽きない。
 ジムの奥に位置する大きなバトルフィールドで肩にポッポを留まらせたハヤトと向かいながら、俺はひしひしと運ゲタイムな予感に緊張を募らせていた。

「よく来たな、リョウ。改めて挨拶しよう。俺はキキョウジムのジムリーダー、ハヤト。鳥ポケモンのエキスパートだ」

 あれ、飛行タイプのエキスパートじゃないのか? 鳥タイプなんてもんはない。あ、そうか。飛行って言ったらギャラドスやカイリューなんかも含まれるのか。その辺はドラゴン使いの領域だもんな。鳥っぽいポケモンを専門に扱ってますよーってことなのかぁ。

「改めまして、新人トレーナーのリョウです。よろしくお願いします」

 帽子をとって頭を下げる。チコリータは頭を下げるかわりに葉を揺らして鳴いた。

「さあ、いつでもかかってこいよ!」
「っし、頼むぜ、ワカナ!」
「ちっこ!」
「ぽっぽー」

 たしんと足を踏みしめ、首輪に持ち物ケースを装着したチコリータがフィールドへ飛び込んで行く。ハヤトの肩からポッポが飛び上がる。俺は右手首にあらかじめ着けておいたポケギアを開いた。
 宙に浮かぶバトルフィールドは床も遠いが天井も遠い。高く飛び上がったポッポが上空で羽ばたく。こっちが草タイプだから突っ込んでくるつもりなんだろう。

「交代だ、モチヅキ!」
「砂かけ!」

 えっ、そこは体当たりじゃないんスか!? その予備動作はフェイントですか!?
 急降下したポッポは出てきたばかりのイーブイの手前で急停止し、ホバリングした。するとどこからか現れた砂が舞い上がりイーブイにぶつかる。イーブイはぷるぷると体を震わせて砂を払ったが、煙幕と同様に命中率ダウンの効果は残ってるはずだ。
 チコリータを出せば補助技を使わずに攻めてくるだろうと思ってた。だからその攻撃をイーブイに受けて貰ってじたばたの威力を上げるつもりだったんだけど、見事失敗だ。
 さらに言うならハヤトは、ボールホルダーに手をかけた俺を見て急遽技を切り替えた、ようには見えなかった。初めから砂かけを狙っていたのだろう。交代読まれてたのかなあ。

「あくび!」
「砂かけ!」

 指示はほぼ同時でも、相手の方が素早かったらしく、砂かけが先に命中する。ポッポでも抜けないのか、モチヅキさんよ……。
 くありと大口開けたイーブイの口からほわんと白い煙が立ち上り、それはまるで意志があるかのようにポッポへ向かった。どうなってんのあの煙!
 砂かけ重ね掛けのせいで2段階ダウン、60%まで下がった命中率だったが、イーブイは見事に欠伸を当ててくれた。
 イーブイ唯一の攻撃技は、同じく命中率60%まで下げられたじたばただ。が、あの技はHPが下がる程に威力を増すため、HP満タンの現状だと威力は20しかない。しかも命中率60%の技が2回連続で当たる確率は40%くらいだったはずだ。
 相手も俺もまだ控えがいるのに、こんなとこでハイリスク・ローリターンな賭けに出れるワケがない。

「交代だ、ピジョン!」
「交代、ワカナ!」

 欠伸は即効性がない。使用した次のターンが終了してやっと効果が出る。実質2ターン相手の攻撃を受け切らないといけないし、効果が出る前に交代されれば技は無効となってしまう。
 それを知っていたのだろうハヤトは交換して来た。想定内なのでそれに合わせてこちらも交換だ。

「ぴじょー!」
「電光石火だ」
「じょっ」
「急所には食らうなよワカナ! 毒の粉をお見舞いしてやれ」
「ちっこー!」

 回避するために走り出したチコリータの胴体に、横からピジョンが素早く体当たりを決める。ばん! と衝突の音が響いたが、多少よろめいた程度でチコリータは受けきった。
 ピジョンのレベルは13、攻撃力も高いが、チコリータのレベルは14まで上げてあるしHPの努力値もそれなりに集めた。
おかげでHPは半分より多め、3/5程残っている。
 良い感じだ。毒の粉も当たれよ!

「ちー……こっ」

 頭の葉が毒々しい紫の靄をまとう。それはくるりと回転する葉に導かれ、素早く離脱しようとしていたピジョンへ飛んでいった。
 ポケギアで確認すればピジョンは毒状態。これでピジョンは毎ターン最大HPの1/8を削られる。攻撃で削りきれなくても、ターン終了時に止めをさせるかもしれないってことだ。
 レベルが均衡してるとこういう補助技は馬鹿にできない。

「風起こしだ、ピジョン」
「ぴっ」
「良く当てた! 戻ってくれ。頼むぞイーブイ」
「じょーっ」
「ぶいっ」

 ピジョンが力強くホバリングして、交代したてのイーブイに風起こしが決まる。
 イーブイもHPの努力値を集めただけあって、半分より上、3/5ほど残して止まった。これでじたばたの威力は40になったかな?

「電光石火!」
「じょっ」
「かわしてくれ! じたばただ!」

 ピジョンは一度飛び上がると素早く反転し、風を切って急降下。勢いをつけたまま地上すれすれを飛翔し、イーブイの正面から突撃してきた。一方イーブイは、避けるどころかピジョンに向かって駆け出している。しかし真正面から食らわない様に右斜め前方へだ。
 風起こしと電光石火の威力は同じだが、ピジョンのステータスなら電光石火の方が威力がある。そして特防より防御が低いイーブイは、特殊技の風起こしより物理技の電光石火の方が被ダメージが多い。
 これで瀕死になるかも知れない。だから、かわすのなんか無理だってわかってても、少しでもダメージを軽減して欲しくてかわせと言ってしまった。
 今ならサトシの気持ちがわかりそうだ。

 衝突の僅か手前で、イーブイはピジョンの左の羽の方へ勢い良く踏み切った。
 ぱぁん! と、チコリータの時より軽めの衝突音が響く。
 お互いの胴体がかすめるようにぶつかり、それぞれ左右に弾かれつつも体制を崩しきる事はなく、そのまま前進してく。
 ポケギアに表示されたHPバーはイーブイのだけが一方的にぐんぐん減って行く。グリーンだったのがイエローになり、レッドゾーンに突入……残り3ドットで止まった。
 ウワアアアア、危なかったんでないかい!? 心臓ばくばくしたぞっ!
 イーブイが斜め前へ踏み出してた事で衝突のタイミングと狙いがずれて威力が削がれたのか?

 イーブイは右斜め前にころりと一回転して、それで完全に体制を整えた。とても後ちょっとで瀕死になるとは思えない俊敏さを持って、反転して駆け出す。
 その間にイーブイの首輪に付いた持ち物ケースが輝いたのが見えた。HPが1/4を下回った事で、持たせていたチイラの実が発動したのだ。これで攻撃力が1段階アップだ。じたばたの威力も100か150になってるはず!

 一方イーブイの左横を抜けたピジョンは、ざざざ、と痛そうな音を立て、やや右に傾く形で体制を崩しながら地面に降りた。
 翼を2、3度羽ばたかせて体勢を立て直すとすぐに舞い上がろうとしたが、羽ばたきと共に地面を蹴りつけたところでイーブイが追いすがってくる。
 逃がさないとばかりに背後から首筋へ噛みつき、間を置かず手足を振り回し始める。
 ばし、ばし、ばしばしばし! と、滅茶苦茶に振り回される手足は、ピジョンが全力でもがいてイーブイを振り落とすまで当たり続けた。
 ピジョンのHPは半分より少し下回り、さらに毒状態のせいで追加ダメージが発生し、残り2/5程になった。それでもまだイエローゾーン――30%以上は残ってる。

 思ったよりダメージが入らない。おまけにポッポは無傷なのにこちらは2体とも傷付いている。
 そして素早さで劣るイーブイは次のターン、攻撃する暇も無く倒される。交代しても先手を取れないチコリータなら、結果は同じ。1ターンで敗北するか2ターンで敗北になるか、違いはそれだけだ。
 状況はすこぶる悪い。

「リョウ、ジムバトルに降参はないぞ」
「わかってます」

 面白そうな笑顔を浮かべるハヤトの近くにピジョンが舞い降りる。それに向かってイーブイは姿勢を低くし、踏ん張って臨戦態勢のまま指示を待ってくれてる。
 指示を出しあぐねている俺に、ハヤトとピジョンは余裕の表情だ。

 ジムリーダーを親に持つユウキに聞いたんだけど、ジムリーダーってのはトレーナーの指標であり、チャレンジャーをただ全力で叩き潰すのではなく、チャレンジャーに合わせて必ず勝利のチャンスを作るらしい。
 きっとそれは今、この待ってくれてる時間。ここまでされて、負けたくはない。
 考えろ、考えろ、突破口は在るはずだから!
 ――ピジョンは、後一度なら十分に毒を耐えられるだけHPを残してる。交代すれば速攻でとどめを差しに来るだろう。ウチの2匹より素早さで優るピジョンの攻撃は、たぶん風起こし。
 ならば1つ、仕掛けてみよう。賭けるならきっとそこしか、チャンスは1回しかない。

「どうした、まだ来ないのか? 終わらせてしまうぞ」

 ばさりと、再びピジョンが舞い上がる。とっさに俺はイーブイをボールに戻した。

「交代だ。行け、ワカナ!」
「ふ……大空を華麗に舞う鳥ポケモンの凄さを見せてやる。ピジョン」

 余裕の仕草で、すっとこちらを指差すハヤトに従い、ピジョンがこちらに飛んで来る。

「風起こしだ」

 バトルフィールドの端、俺のすぐ目の前に出てきたチコリータは足を踏ん張り、俺まで煽られる強力な突風を耐える。
 腕で顔を庇いながら手首に付けたポケギアを窺えば、みるみるHPが減って行く。
 腕の隙間から覗く狭い視界の中でちかりと小さな光が見えた。
 倒れてもおかしくない攻撃に曝されても、1/4程のHPを残してチコリータは耐えきって見せる。効果抜群の飛行技のダメージを半減させる木の実を持たせていたのだ。

「バコウの実か」
「あったり、さすがジムリ。さあワカナ、反撃するぞ! 突っ込め!」
「ちこー!」
「風に乗ってきたところだったが、羽休めだ」

 ピジョンは毒でHPが30%を割り込んだのだろう。さっきのターンでレッドゾーンに突入していていた。あの状態では体当たりにしろ葉っぱカッターにしろ、流石にチコリータの攻撃を耐えきれない。
 ハヤトの近くに舞い降りたピジョンは、ばさりと羽ばたいた。
 幻の白い羽が舞い落ちて地面に積もる。羽休めは最大HPの半分を回復する技。白い羽が舞い落ちるごとにピジョンのHPが回復していく。

 ぃいよっしゃ、テンション上がって来たああああ!!

「葉っぱカッターだ、ワカナ!」
「ちこっ!?」
「何!?」

 突っ込めと言ったから体当たりだと思ったのだろう。ハヤトはもちろんチコリータまで驚かせてしまったが、それぞれすぐに行動へ移る。
 チコリータは急停止して頭の葉を一回転。緑の光を纏う葉っぱを宙に浮かべる。ハヤトは素早く指示を出す。

「ピジョン、受けて立て!」
「じょっ」

 ハヤトの指示に従い、ピジョンは翼をたたんだまま足を踏ん張る。食らう事は避けられないと悟って、急所には食らうまいと身構えたのだろう。

 ところで、技には様々なルールとリスクがある。
 例えばHP回復技の眠るは、HP全回復する代わりに3ターン眠り状態になる。その間にできる事は少なく、さらに3ターン経過は、アイテムを使わない限り絶対に架されるルールだ。戦局を覆すような技にはそれ相応のリスクが潜んでるって事だ。
 ピジョンが今披露している羽休めは1ターンでHPを半分回復する優秀な技で、一見リスクもない。が、実は付け入る隙がある。それは、そのターンが終わるまで飛行タイプではなくなる事。そのルールは1ターン、自分と相手の技が出し終える、その瞬間まで。
 つまり、このターンだけは草タイプ半減じゃなくなるワケだ!

「思いっきりやってやれワカナ!」
「ちー、こっ!」

 ぶん、と、頭の葉が音を立てて回転する。それに操られるように葉が勢いよく飛び出して行き、目標を違えることなく次々にピジョンへと殺到して行く。
 ポケギアに表示されたHPがみるみる削れて、そしてハヤトがボールに手を伸ばした。

「お疲れ、ピジョン。良くやってくれた」

 ピジョンがふらりと傾いで尻餅をつく寸前、ボールへ吸い込まれた。


 いよっしゃああああ! 倒してやったぜえええええ!! マダツボミ倒しまくった甲斐があったぜええええ!!


「ぃやったー! ナイスだワカナ! 愛してる!」
「ちこっ!?」
「もうまじ大好きっ!」
「……ちこー……」

 フィールドの中央でチコリータが気まずそうに顔を伏せたけれどそんなの関係ないぜ。今すぐ抱き締めてキスしてやりたい気分だ。

「おい、もう一体いるのを忘れてないか」
「あ」

 しまった、狙い通りの展開に運べたもんだから嬉し過ぎて、なんかもう終わった気がしてた。


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