20分くらい雑談した頃にメールが来た。相手はもちろんユウキで、今入る、と書かれていた。

「来るってさ」
『もしかして、あれ、かな?』

 エリートトレーナーのユウキ、と頭上に書かれた空手王のホログラムがこちらにやってくる。なにこのガチムチ祭り。パンツレスリング始まるの?
 ちょっと帰りたくなったけど、立ち上がって挨拶を交わす。

「こないだぶりです。ユウキさん」
『待たせて悪かったな。――初めまして、ミシロタウンのユウキだ』
『初めまして、ワカバタウンのヒビキです。よろしく』
『ああ』

 軽く頭を下げ合う2人。空手王ヒビキがにっこり人好きのする笑顔を浮かべ、空手王ユウキはクールな笑みを浮かべた。同じ見た目なのに表情一つでえらい違いが出ている。
 つうかこのホログラムといい転送システムといい、ほんっとオーバーテクノロジーだよな。

「取り敢えず座ろうか」
『うん』

 ソファに並んで座る。俺が真ん中になったために、なんつうか筋肉の圧迫が凄まじいです。いや、透けてるしホログラムだと分かっているから実物よりは暑苦しくないんだけども、心理的圧迫といいますか。

「無事入れて良かったですね」
『ああ』
『すぐに通信回復して良かったね』
『ああ』

 なんだか会話が続かない。さっさと話進めるか。

「早速ですけど、ユウキさんはどんなポケモンが欲しいんですか?」

 懐からユウキが図鑑を出して広げる。見慣れないデザインだ。俺、ルビー・サファイア・エメラルドはやってないからなあ。

『博士がいってた。図鑑同士は通信できるらしい。先にデータ交換しよう』
『へぇー、どうやって?』

 ヒビキも図鑑を広げる。赤と黒のそれは画面越しに何度も見たデザインで、奇妙な感じがした。図鑑がおかしいとかじゃなくて、図鑑が手元にない事が違和感の原因だ。ポケモンをプレイする時必ず持ってる物がなくて、それを他人が持ってる事への違和感。

『ここのボタンを押すんだけど』
『どれー?』

 自分の思考に耽りそうになったが、ガチムチが俺を挟んで会話してる光景に引き戻された。勢いがちょっと強すぎて顔が引きつりそうだ。つうかお互いの手元を覗き合うもんだから、なんか、もう、俺の左右でマッスルがひしめき合ってて、目が合ったら死んでしまいそうだぜ。
 マッスルサンドなんつう日常でまず有り得ない状態は、俺が席を立てば解決すんだよな。通信すんなら隣り合って座ったほうがやり易いだろうし、これだけ近くに居てもホログラムだからぶつかる事もないし、立ち上がるか。

「俺、どこうか」
『もう終わるからいいよ』
『リョウくんも図鑑見る?』

 もたもたしてる間に通信し終えた空手王たちが離れる。うん、ガチムチの間から逃げるチャンス逃したね。

「せっかくだし見させて貰おうかな」
『すごいよ、ユウキくんの図鑑見たことないポケモンばっかり!』

 ユウキとデータを交換したヒビキの図鑑は、凄まじい数のポケモンが出会ったことのあるポケモンとして登録されていた。
 ただしヒビキのは全国図鑑にバージョンアップする前のジョウト図鑑だから、他地方のポケモンのナンバーなんかは確認出来ない。捕まえてもいないからか詳細なデータも登録されていない。

『ふあー、なんか目が回りそう……』
「すげー数だな。……ん? フシギダネ!?」
『あれ? フシギダネって、カントーじゃなかったけ』
『カントーの人に交換して貰ったんだよ』

 あ、そうだよな。御三家ったって主人公しか持って無いわけじゃないんだよな。俺だって連れてるし、ゲームにだって御三家持ってるトレーナーは居るんだ。そんな驚く事じゃないか。

「あー、エネコ可愛い。グラエナ格好いいな」
『詳しいの?』
「いや、ホウエンはあんまり」

 流し見しつつユウキを横目で伺うと、まだ少ないであろうデータをじっくり見ているようだった。ヒビキが気になるポケモンのページで手を止める度に、どんなポケモンか知ってる限り説明し、ユウキが見終わるのを待った。

「何か欲しいやつ居ました?」
『取り敢えず、メリープかな』
『じゃあ捕まえておくね』
『ああ。ヒビキは?』
『んー……』
「こう多いと目移りしちゃうよなあ」
『そーなんす!』

 ヒビキ、ちょいちょいネタ挟んでくるんだよな。ジョウトっ子だからだろうか。

『じゃあ後でメールしてくれればいい。ポケギアにデータある?』
『なんのデータ?』
『ポケナビとポケギア通信できるようにするやつ』

 あ、そうだ、ホウエンの通信機器はポケナビだ。
 ってそんな事はどうでもよくて、またもや始まったガチムチサンドイッチが厳しいです。なんでこんな席順になったんだろう。そんなの2人を仲介したのが俺だからに決まってるよなあ……。

 現実逃避気味の俺を挟んで、ユウキがヒビキにデータカードを送り、受け取ったヒビキがインストールした。ユウキの許可を貰って、アドレスと番号は俺がメールで送る。これで次からは俺抜きでも通信できるな。
 ……今更だけど、これって良かったのかな。いや、まあ、パルパークの代わりと思えば。うん、これで未来変わったりしないよな? ポケモン交換くらい大丈夫だよな、きっと。

『リョウ?』
「なんですか?」
『ぼーっとしてたけど大丈夫?』
「ああ、ちょっと考え事してただけだから」
『そっかー』
「そそ。……ユウキさん?」

 ユウキはなんだか訝しげな表情で腕を組み、俺を見ている。
 見つめ合ったら死んでしまいそうだぜってふざけて言ったけど、クールな眼差しは子供らしからぬ迫力でちょっと本気でビビリそう。見かけがガチムチだからかな?

「どうしたんです?」
『……なんでもない』
「? ならいいですけど」
『ヒビキ、俺のことはユウキでいいよ』
『わかったー』
『フレンド登録しようぜ』
『フレンド登録?』

 席を立ったユウキは友達手帳を開き、説明しながら通信マシンへ向かった。

 あの視線はなんだったんだろう? 前後のやり取りを思い返してもなんだか分からない。
 遠ざかったガチムチを見ながらぼんやり考えてると、マシンから取り出した友達手帳を確認してヒビキが固まった。
 ぱちぱちと瞬いてからきょとんとユウキを見やる。ユウキはにやにや人の悪い笑みを浮かべていたが、ヒビキが屈託のない笑顔で何事かを告げると顔を逸らしてこちらに戻ってきた。

『ヒビキど天然だな』
「ああ、面白いでしょう?」
『え、なにその反応。僕、変なことしてないよ?』
「素直だって話。変わった事はしてないかもしれないけど」
『それが変わってるんだよ』
『ふーん……よくわかんないや』

 ユウキの口振りとこの間の話からするに、やっぱりチャンピオンと知れば態度が改まるものなんだろう。トレーナーで在りながら妬んだり羨んだりせず、態度を変えないヒビキは貴重な存在なんだと思う。

「まあいいじゃん、友達増えたんだし」
『うん! ……そんな話の流れだっけ?』
『ボケ』
『ボケじゃないよ!』
「天然ですよ!」
『……それもボケってことじゃん』
「だってなあ」
『事実だろう』

 すぱっと言い切られてヒビキはむっと膨れたけど、言い返さなかった。自覚が芽生えたのか、ただたんに2対1で分が悪いと感じただけだろうか。

「そうだ、ユウキさん、頼みたい事があるんですけど」
『なんだ?』
「ちょっとジム戦に向けて準備をしたくて。ヒビキにも聞きたい事があるんだけど」
『いいよ、なになにー?』

 なぜかにこにこ嬉しそうに笑うヒビキと、クールながらとても親切にしてくれるユウキに、俺は借りを作ったのだった。
 何かお礼しないとなぁ……こんな調子じゃ、財布が風邪引くのも遠くないな。


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