タイプ相性と効果バツグンや半減の話です。


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 マダツボミの塔を目印に住宅地という迷路をなんとか抜け、ようやく辿り付いたポケモン塾はなかなか大きな施設だった。

「お邪魔しまーす」
「失礼しまーす」
「ひのー」
「ちこー」

 観音開きの扉を開けるとそこはすぐに教室で、数人がかけられる長机と長椅子たちが並び、10歳くらいの子供たちがお喋りをしていた。押さえた扉をヒビキたちがくぐると、教卓で準備をしていた先生らしき人がこちらに向かってきた。人好きのする笑顔で出迎えてくれる。

「キミは一昨日の! ジム戦は勝てましたかー?」

 エセ外国人口調で太めというゲームのドットの特徴を体現したジョバンニ先生だが、その顔の彫りの深いこと。外国人だったのか。

「はい、おかげさまで」

 話よくわかんなかった、と言ったヒビキのお礼は、教えてくれたっていう好意に対するお礼なんだろうな。

「今日は俺もお話を伺いたくてお邪魔させて頂きました」
「オーウ! 礼儀正しい子でーす。今から授業なので席に着くといいでーす」
「え、あの、入塾してませんけど……」
「この講義は塾生向けではありませーん。遠慮せずに聞いていってくださーい!」

 そういうことなら。基礎は大切だからな。つうかゲームとこの世界の差異を確認したいし、是非とも拝聴させて貰いますかね。

「俺は受講してくけど、ヒビキはどうする?」
「僕も聞いてくよ」
「2人とも熱心ねー! いいトレーナーなれまーす」

 にこにこ人が良さそうなジョバンニ先生は一際嬉しそうに笑った。





 講義が終わり、授業中はボールに入っててもらった2匹を確認する。状態異常で眠りになってやんの。相当退屈だったんだなあ。しばらくそっとしておこう。

「リョウくん、わかった?」
「んー、だいたいは」

 基礎の基礎しかやらなかったから、情報はあまり得られなかった。質疑応答タイムもあったから上等な部類に入るんだろうけど、圧倒的に時間が足りなかったなあ。
 ちなみにヒビキはノートを取りながらぽかんとしていた。これは俺が妙な質問を連発したからだと思う。他のやつもぽかんとしてたしな。

「わかる範囲で説明しようか?」
「うん、お願い」
「ねえ、私も聞いていい?」
「え? ああ、いいけど」

 声をかけてきた少女に答えれば、僕も私もと子供たちが集まってきてしまった。

「ええと、俺よりジョバンニ先生に聞いた方が……」
「ワタシもアナタの話に興味ありまーす。実際のトレーナーの話を聞くのはいいことでーす。フォローしまーすので、話してくださーい」

 人集りに近付いてきたジョバンニ先生がそう告げたせいで、俺が講義をするはめになってしまった。人に物教えた経験なんかないんだが。

「ええと、じゃあ授業の復習みたいな感じでいい? わからないところを解説するよ」

 いいよと頷かれて、いいのかよと内心突っ込んだ。つかそれなら先生に聞けばいいのに……そう思ってジョバンニ先生を見やると、実ににこやかに頷かれてしまった。俺がやれって事ですか。

「まずはバトルの時、ホルダーの右端や左端や一番上。――今、ジョウトでは連れ歩きキャンペーンを展開してるから、連れ歩いてるやつだな。そいつが一番最初にバトルへ出るのはいいよな?」

 これはみんな理解している。ゲームならメニューから設定するポケモンの並び順は、この世界ではホルダーの並び順をトレーナーカードが認識するようになってる。
 左利き用ホルダーやチェーン型のお洒落ホルダー、両脇に付けるタイプと様々なホルダーに対応するため、右端・左端・一番上の内のどれを最初に出すか、その設定は変えられるようになっている。とにかくトレーナーカードやポケギアのメニューで一番上に表示されたやつを出すのが鉄則だ。
 ちなみに一番上以外を出すこともできるが、対人戦ではその時点で負けとなるし、それを繰り返すとペナルティがあるので注意だ。
 それから連れ歩きキャンペーンってのは、ジョウトのトレーナー向けにポケモンリーグが展開しているキャンペーンだ。たぶんだけど、ウツギ博士が一枚噛んでると思う。だって博士の研究内容とキャンペーンが一致するなんて出来すぎだろう。

「勝負をすると経験値が入る。ポケモンを入れ替えると、一度でも戦闘に顔をだした奴にも経験値が入る。これもいいな?」
「はい!」
「なに?」
「トレーナー戦だと相手も複数手持ちがいるけど、1回だけ出せばいいの?」

 この1回だけってのは、たぶん相手の最初の1匹に対して出せば、相手の2匹目3匹目の経験値も分けて貰えるのか、って意味だろう。

「いや、1回ごとに出し直さないとだめだ。あと経験値は分割されるから、相手1匹に対してこちらが3匹も4匹も出すと、その分経験値は分散する。ちなみに2匹だして1匹が瀕死になると、瀕死になった方へ経験値は入らず、残った方へ全部振られる。――次いくぞ」
「待って! ノートとるから!」

 質問がないので次に行こうとしたら引き止められた。軽い気持ちで集まったらしく最初は聞いてるだけだったのに、いつの間にかノートをとり始めている子が増えていた。ヒビキは最初からそのつもりだったらしく、すでに書き留めている。
 あああ、なんだかちょっと大事になってきたような。

「そろそろいい?」

 止められなかったので続けるとしますか。

「次は上手なバトルの仕方だな。レベルに差があっても、タイプ相性によっては逆転する事もある。これはいいな?」

 ここにいるトレーナーは駆け出しではあるけど、基本は大丈夫そうだ。

「じゃあその理由とかを説明するな。まず、ポケモンがそれぞれタイプを持ってるのはわかるよな? 草とか炎とか水とか」

 みんな頷いたけど、一応説明しておく。

「草は火に弱く、火は水に弱く、水は草に弱い。これがタイプ相性。で、タイプ相性ってのは相手によって1/4から4倍にまで変動して、さらに効果がないのもある。効果がないのは、ゴーストタイプにノーマルタイプの技を使った時や、その逆。あと格闘タイプの技はゴーストに利かないけど、ゴーストタイプの技は格闘タイプに等倍――1倍というか、まあ普通に効果がある。あとは地面タイプに電気技も無効だし、飛行タイプに地面技も無効、鋼タイプに毒技も利かないな。次行っていいか?」
「待ってー」
「はいよ」

 かりかりとノートをとる音と、ひそひそ確認しあう声がする。手持ち無沙汰なので俺もノートを手に取り、次に説明するプランをなんとなく立て始めた。

「次、攻撃技の効果についていくぞ。通常、果抜群なら2倍、いまいちなら1/2だな。さっき言った、じゃんけんみたいに3すくみを描く草と炎と水は、それぞれタイプ相性が良ければ効果が2倍、悪ければ1/2になる。4倍や1/4は、複合タイプのポケモンにだけ起こる現象だな。例えば、ヒワダタウンへ向かう途中にいるウパーは水と地面の複合だ。水タイプも地面タイプも草に弱いから、草タイプの技は4倍になる。んで通常なら地面タイプは水タイプに弱いから2倍だけど、水タイプは水タイプを半減するだろ? だから複合タイプのウパーに水技で攻撃すると等倍になる。OK?」

 みんなが顔を上げたところで、俺は問題を出すことにした。教えると言った以上、一方的に説明しただけではだめだろう。説明を受けただけだと身に付かない。自分で考えて答えを出さなきゃ意味がない。

「んじゃここで問題。さっきの話を踏まえて考えてくれよ? まず、自分の手持ちに電気タイプがいるとしよう。で、相手はウパーだ。水タイプは電気タイプに弱いから電気技を出すとするが、地面タイプは電気技を無効にする。この場合のダメージはどうなると思う?」

 意見は3つ出た。
 1.等倍になる
 2.無効になる
 3.基礎となるタイプに依存する。
 正直、3の意見には驚かされた。発言した子は、進化すると複合タイプになるポケモンを知っていてその思考に至ったらしい。
 たとえ話だが、コイキングの時は水タイプだから、ギャラドスに進化して水・飛行タイプになると、水が基本的なタイプになり、飛行は副次的なタイプになる。だから効果が弱くても地面技は利くんじゃないか。ウパーもどちらかが基礎タイプなんじゃないのか。
 なんつうか、目から鱗だった。ゲームシステムとして答えを知る俺なんかじゃ思い付かない、柔軟な思考だ。本当にここはゲームの世界なんかじゃなくてみんな生きてるんだなあ、と明後日な感想が浮かぶ。
 って、物思いに耽ってる場合じゃない。

「色んな意見が出たけど、答えは一つ。無効が正解になる」

 当たり外れを喜ぶ子供たちに言葉を重ねる。

「でも柔軟な思考は大切だよ。タイプ相性だけで判断すれば負けることもある。例えばノーマルタイプの嗅ぎ分けるや見破るって技は、本来なら効果のない技を相手に当てられるようにする。つまりゴーストタイプにノーマル技や格闘技が当たるようになる。タイプ相性だけを信じるんじゃなくて、相手が何を狙ってそのポケモンを出したか、どんな対策をするか。考えながらバトルするのは大事だと思う」

 つっても読み切れないのが当たり前だ。当たったら御の字ってとこなんだよなー。
 一応外れた子のフォローのつもりだったが、居残りするほど真面目な子ばかりだったせいか、俺の言葉を書き留めている子が多く見られた。
 やめろ、恥ずかしいからやめろ! とも言えずに、俺はひたすら耐えるしかない。先生役なんて簡単に請け負うもんじゃねーな!




「えーと、そろそろお終いでいい?」
「まって、授業中に言ってたダメージの計算式は?」

 そろそろ俺、限界です先生……。
 そう思ってジョバンニ先生を見ても、先生はにこにこ笑って頷くだけだった。あああ、まさか確認のために聞いた何気ない質問が自分の首を絞めるとは!

「計算式って言っても精密なもんじゃないんだけど……。そうだな、まずは、タイプ一致がわかる人いる?」
「そんなの基礎じゃないか」

 後ろからかけられた声に振り向くと、眼鏡をかけた塾生らしい男の子がいた。

「タイプ一致と言うのは、ポケモンのタイプと技のタイプが同じ時に威力が上がる現象だよ。わかったらさっさと出て行ってくれ。邪魔だよ」

 邪険にされても何も返せなかった。確かに金を払って塾に通うような子からしたら、いつまでもたむろしてる俺たちは邪魔で邪魔でしょうがないだろう。

「場所変え…・・・」
「なんだよ偉そうに! 頭でっかちのクセに!」
「基礎も知らないようなトレーナーにはなりたくないんでね」

 場所移動を提案しかけた俺を遮って短パン小僧が短気を起こしてしまう。元々ピリピリしていたらしい塾生は挑発するように切り返してきた。見事なまでに売り言葉に買い言葉だ。
 言い合いをどう止めようか迷ってる間に、姿を現し始めた塾生と非塾生の喧嘩になってしまった。つうか止めろよ、ジョバンニ先生!

「ちょうどいい! そこまで言うなら僕が知識の重要さを見せてあげるよ。そこの君」

 ヒートアップしていく雑言の応酬を呆然と見ていた俺にお声がかかる。

「君がお山の大将だね? その鼻っぱしら、僕が折ってあげるよ」

 至極偉そうな物言いで挑発してきた塾生に、俺の周囲は益々ヒートアップしてしまった。肝心なハズの俺といえば、リアルでは聞いたことのない言葉に面食らって目をしばたかせていた。だってなあ、鼻っぱしらって。普通に生きてたらそうそう言われる機会ないと思うぞ。お山の大将もな。

「なあ、俺そんなに偉そうだったか?」
「え? うーん……ちょっとだけ」
「まじか」

 視線が泳ぎ気味のヒビキの答えに驚いてしまった。そうか、俺、偉そうだったかあ。

「君も僕を舐めてるようだね?」
「え、いや、ごめん。そういうわけじゃ……」

 ただ事態に思考がついて行かないだけです、と言う言葉は発せられる事なく俺の喉に引っ掛かって消えた。塾生がみなまで言わせずに表へ向かい始めたからだ。そのまま出て行く事はせず、わざわざ扉の前でこちらを振り向いた。

「早くしなよ、ノロマ」
「望むとこだ! やっちまってくれよ兄貴!」
「頑張ってお兄さん!」

 分かり易い挑発に非塾生が爆発するような勢いで騒ぎ立てる。拒否権はなさそうだ。っていうかなんで俺が非塾生代表扱いされてんの?


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