ゴロウが悔しそうに唇を尖らせる。
「くっそー、やっぱ1匹じゃダメかぁ」
「そんなことないだろ。素早いし必殺前歯とタイプ一致電光石火は強いよな。怒りの前歯だって覚えるし」
「え?」
「ん?」
コラッタをボールに戻したゴロウと俺は、顔を突き合わせてきょとんとしてしまった。
「必殺前歯ってなに?」
虫取り少年の問いに頷くゴロウ。知らないでコラッタ育成してたのかよ。
あーでも、最初はそんなもんか。俺だって小学生の頃はひどかった。フシギバナに葉っぱカッターと蔓の鞭とソーラービーム覚えさせてたもんなあ。攻撃技を草タイプばっかり3つとか、今なら考えられない。いや、ゲームの話だけどさ。
「必殺前歯は怯みの追加効果がある技だよ。コラッタは素早いから先制攻撃できるだろ? 怯みが発動したら相手は1ターン無駄にすることになる」
それを見越して先制技や交代も有り得るから、一概には言えないけどな。怯み率もたったの1割と、決して高くはないし。
「お前、もしかして塾通ってる?」
「いや、塾は行ってないけど……調べたらわかるだろ?」
昨晩、ポケモンセンターに泊まった時に談話室で聞いた話によると、ポケモンのデータは出回っているとのことだ。ネットで無料とはいかないが、書店にはトレーナー向けの参考書という形で攻略本みたいなのがあるらしい。
「弱そうに見えたのに、ずっけーよー」
「あはは、見た目で判断すんなってことだよ。あ、忘れるとこだった。賞金」
「わかってるよ、ほら!」
互いのトレーナーカードを近付ける。賞金は勝負がついた後、トレーナーカードで通信してやり取りする。カードと言っても少し厚みがあるそれは、中に精密機器が入っていて、両面が液晶のタッチ画面になっている。DSもびっくりの技術だ。
このトレーナーカードを作ると同時に口座が作られて、勝負の際にはそこの預金の半分を動かすのだ。初回は必ず1000円入れてなきゃいけないから、俺が負けたら500円払うことになる。本当はヒビキに負けたから残金500円になってなきゃいけないんだけど、初バトルと旅立ちに興奮していて渡すのをすっかり忘れていた。次にあったら直接渡すつもりだ。
本当にうっかりだったんだけど、踏み倒してしまった事実が心にのし掛かってたりする。たぶん、ヒビキはそんなこと気にしないんだろうけど。
後ろめたさを振り払って、ゴロウからの賞金を確認する。
「……うわぁ」
「うわぁってなんだよ!」
そのまんまの意味だよ。32円だぞ、32円。32円てお前。もっかい言っちゃうぞ、32円。
「あちゃあ」
「あちゃあって言うなよ!」
「ひえー」
「なんだよもう!」
「いやぁ、返そうか?」
「いらねーよ! 勝負は勝負だ、もってけドロボー!」
「なんかカツアゲしちゃった気分なんだけど」
32円て。給料日前のサラリーマンといい勝負、にはならないか。俺は所持金0円になった奴を知ってる。どっちにしろ底辺だが、大人なのにすっからかんになった奴の方へ軍配は上がるだろう。ダメな方向に。
「あはは、負け込んでるからなー」
「うっせーやい! なぁ君、番号交換しよーぜ」
なに、なんで呼び方がお前から君になったの? どんな心境の変化?
「番号って、ポケギアの?」
「当たり前だろー。携帯なんか高くて持てないよ」
この世界にも携帯電話はあるし定額制だ。でもトレーナー割りが適用されるポケギアの方が、トレーナーにとっては格段にお得だったりする。特にトレーナーカードを作ってから1年は、余計なことに使わなきゃ月々980円で済む。余計なことってのは無料通話分オーバーってことだ。つうわけで。
「謹んでご遠慮させていただきます」
「え、ええっ!? なんでだよ?」
「だってお前、無駄電話してきそうだし」
「無駄電話なんかしないよ」
「そうか? コラッタが必殺前歯覚えたら嬉しくて電話すんじゃないの?」
ゴロウは言葉を詰まらせ、ぴくりと右手を動かした。右の腰のモンスターボールホルダーには瀕死のコラッタがいる。
うん、沈黙は時に何よりも雄弁だよな。
「じゃ、そういうことで」
「わーまってまって、番号交換してくれよ! な?」
「いやぷー」
「いやぷー!?」
ゴロウはぎゃわぎゃわ騒ぎながも、しっかりと服を掴んでくれちゃってる。やめろよ、伸びるじゃねえか。強行突破はもちろん、不意打ちで逃げることも叶わない状態にすんな。
まったく、服の端を握っていいのは可愛い女の子といたいけな幼児だけだっつーの!
「俺からかければいいだろ?」
「出られなかった時にかけ直すはめになるのがヤダ」
「ワン切りはしないし、ちゃんと留守伝残すよ」
そこまで言われても気持ちは否定的で、だから俺は気付いてしまった。
なんかもう通話料金の問題じゃなく、ゴロウの相手が面倒になって来てる。ごねるやつの相手なんて給料貰わないとやってられんわ。今すぐ鼻くそほじり始めちゃうぞ、コラ。
「用事がある時は取らないけど?」
「わかったって。どうしても話したかったら、ちゃんとかけ直すよ」
相手にかけさせるのはケチ臭いと思うが、背に腹は返られない。俺は生活保護を受ける身だからな。
にしても面倒だなー面倒だなー面倒だなーあ。
「そうだ、もし無駄電話してきたら、すっからかんになるまで叩きのめすか、なんかしらカツアゲしにくるからな」
「か、カツアゲっ?」
ひっくり返った声に、唇の端をにやりと上げてみせる。
「お互いに持ってるトレーナー用品賭けて勝負ってことだ。ま、負けるつもりは毛頭ないけどな?」
うむ、いい提案をした。自分でもわかるくらい満面の笑みが浮かんでいる。絶句してしまったゴロウの肩を、虫取り少年が可笑しそうに笑いながらぽんと叩いた。
「君って本当に変わってるんだな」
「そうか?」
「うん。連れてるポケモンもだけど。チコリータとイーブイなんて、どこで捕まえたの?」
「どっちも人から譲って貰ったんだ」
「だから強いのか」
人から貰ったポケモンは経験値を多めに貰えるから、レベルが上がりやすい。しかし俺の手持ちは違う。
「いや、親は俺だよ」
「タマゴで貰ったの?」
「そんな感じ」
本当は違う。チコリータはウツギ博士からだし、昨日から新しく入ったイーブイはセラピスト先生から託された子だ。
ポケモンセラピストってのは、ポケモンと患者の気が合えば譲ることもあるため、親IDを空欄のままポケモンを持つことができる。と知ったは昨日の事なんだけど、そういうわけでイーブイの親は俺だった。その時に付けたニックネームがモチヅキだ。
ふんもっふとかマフモフとか提案したら、さすがののんき者にも嫌がられた。ので、将来の進化先を加味してモチヅキ、つまり満月と名付けた。
イーブイの性格はのんき。防御が上がって素早さが下がる性格だ。それを生かせる進化先はブラッキーかシャワーズ。
グレイシアも足は遅いけど、ジョウトでは進化できないし、後攻型にするにはHPが心許ない。同じ鈍足なら、攻撃範囲が被りかつHPが豊富なシャワーズの方がいいだろう。しかしそうすると今度はチコリータと攻撃範囲が被る。相性のバランスを考えるならブラッキーがいいんだよな。ジョウトに悪タイプは少ないし、ゴーストタイプとエスパータイプを受けられるのは強みだ。火力不足なのは否めないが、幸いこのイーブイはタマゴ遺伝で優秀な補助技を覚えてる。あくびと願い事、便利だよなー。
「気前のいい知り合いだね」
「本当だよ」
チコリータはもちろん、遺伝技持ちのイーブイなんて出来すぎていて怖い。当面の運は使い切った気がするのが本当に怖いです。
「そういや、君はバトルしないのか?」
「僕はいいよ。負けるのが目に見えてるからね」
苦笑する虫取り少年はいたって軽装だ。まだ春先だってのに半袖に虫取り籠で、その軽装のどこにモンスターボールをしまっているのかわからない。
「そっか。じゃあ俺、そろそろ行くな。今日中にキキョウシティへ着きたいから」
「頑張って」
「あ! 番号交換!」
「諦めたんじゃなかったのかよ!」
またもや服の端を掴まれて、思わず叫んでしまった。
「いい加減諦めろん!」
「めろん!?」
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