リョウくんが落ち込んでいる。一目で分かるくらい落ち込んでいる。いつもは多い口数も、自分から話題を振る積極的な所も、育て屋に来てからはなりを潜めている。まだ疲れているのか、それとも大人ばかりで萎縮してるのかと思ったけど、一休みしても、僕とコトネと3人になっても口数は大して変わらなかった。





「――うん、大丈夫だよ。きちんとするって。うん、うん。じゃあおやすみなさい。……はぁ」

 母さんとの通話を終えて、ポケギアをポケットへしまいながら溜め息を着いた。昨日の今日だから母さんが心配するのわかるけど、ちょっと心配しすぎだ。怪我だって大したことなかったのにさ。
 ちょっと脱力して、縁側に腰掛けて夜空を見上げる。ワカバより星が少ない星空は、コガネの方の空が妙に赤っぽくて明るい。あれは「夜でも明るい街の光が夜空に反射してるんだろう、あれだけ明るければ星もあんまり見えないなあ」ってリョウくんが言ってた。地上が明るいと星までくすむなんて知らなかった。地元じゃ考えられない。
 ホー、ホー、とどこかでホーホーやヨルノズクが鳴いている。まだまだ少ないけど、虫の声も聞こえる。すぐそこが都会なのに、ちょっと郊外に出ると自然に溢れているのが不思議だった。コガネは都会で、コンクリートと高層ビルだらけだって思ってたから。
 ぼんやりと空を眺めてとりとめなく考え事をしていたら、背後で障子が滑った。振り返るとコトネと視線があう。

「電話?」
「うん」
「お母さん?」
「そう。全然平気なのに、ちょっと心配しすぎ」
「うん」

 上の空な返事。僕の隣に体育座りして、それきり黙った。今の会話はただの前置きで、話しかけるきっかけに過ぎなかった。その証拠にコトネの横顔は真剣で、本題をどう切り出すか、一生懸命に考えてる表情だ。僕相手に相談を迷うような神経は持ち合わせていないから、どう話題にすればいいのかとか、話す内容とか考えを纏めているんだろう。

「……んー、ねえ、ねえ。落ち込んでる、よね?」

 結局、ずばっと切り出してきた。主語がなくても分かる。リョウくんのことだ。今晩中に来るだろうと思っていた話だったから、用意していた答えを返す。

「まだ立ち直れない、って言ってた」
「うー、リョウくんのせいじゃないのに」
「僕もそう言ったんだけど、納得できないみたい」
「そんな……どうしたら元気付けてあげられるかなあ?」

 答えられなかった。どう慰めたらいいのか、全然わからない。
 リョウくんは今までの友達とは違うタイプだ。しれっとした顔で嘘吐いて僕らをからかうし、はやし立てたりもするのに、悪い事をしたと思ったら謝ってくれて、次からはしないでくれる。色々知ってるのに、可笑しなところで疎い。でも、それをからかわれても素直に教えてと言って相手の毒気を抜いてしまう。気が強くてすぱんと言いづらいこと口にしてちょっと怖い時もあるけど、意外と優しくて、不意に気遣った言葉をかけてくれる。思いも寄らないところから優しさを差し出して来る。根本的に彼は優しい。
 それから、失敗を責めない人だ。悪い事は悪いとはっきり言うけど、怒って責め立てたりしない。他人を許せる人だ。
 年上の強い人だと思ってた。でも今、その彼がすっごく落ち込んでる。

「自分の事、責めてるの。やっぱ年上だからかなあ?」

 私たちが怪我したの、自分のせいだと責めてるのかな、と聞かれると、ちょっと違う気がした。

「あー……どうだろ。……僕と同じ新人トレーナーだって、納得してるから、コトネを先輩って呼んで相談したり、年下の僕ら新人と仲良く出来たんじゃない?」
「ううーん、そっか。あんま年上って感じしないもんね」
「あはは」

 ふと不思議に思った。学校で一学年上はすごく大人だと思ってた。友達って言うか、先輩だった。でもリョウくんは、年が違うのに友達って感じがする。大人だって思うことも多いのに、なんでだろう?

「……本当にモチヅキに任せとくだけでいいのかしら。私たちに出来ることはないのかな」
「そうだね……」

 コトネも知らなかったけど、モチヅキはこの育て屋出身だった。捨てられたタマゴから孵って、ポケモンセラピストの元へ里子に出されて、そこからリョウくんの所に来た。ポケモンセラピストの元では傷付いた人を慰めていたらしいから、僕らよりよっぽど適任だ。
 それでも僕らはリョウくんの気持ちを軽くしてあげたい。でも、リョウくんを元気にできる方法が浮かばない。

「大丈夫って言ってもだめだよね。気にしないで、元気だしてって言っても、意味なかったし」
「そうだね。力になるから頼ってって言いたいけど、今の僕らじゃ説得力もない」
「うん……」

 僕らもリョウくんと同じだ。ピチューも、友達も助けられなかった。全滅だった。リョウくんはそれを責めたりしなかったのに、なんで自分だけをあんなに責めるんだろう? それがわかったら、力になって上げられるだろうか。

 黙りこくったところへぱたぱたと軽いスリッパの音が響いてきた。顔を上げると、部屋の明りでうすぼんやりと明るい廊下をおばさんがやって来るところだった。その顔がにやにやとした笑みを浮かべる。

「あら、こんなとこで2人で内緒話? お邪魔だったかしら?」
「や、何言ってんのお母さん!!」
「うふふ、照れない照れない。まだ寒いんだから早く部屋に入りなさいね」
「わかってるよ、もう!」
「で、何か悩みごと?」

 コトネを軽くからかってから、面倒見の良いおばさんはしゃがみこんだ。

「う、うー」
「内緒にしとくから、母さんに話してごらん?」

 僕らが幼い頃から変わらない、ほっとするような、曇りのない明るい笑顔でおばさんは優しく促してくれる。僕らが喧嘩した時とか、それぞれ個別に話を聞いて仲直りの手伝いをしてくれるような人だったから、今回も良いアドバイスをくれるんじゃないかって期待が膨らむ。

「コトネ、いい?」
「……よし、うん! 相談しよ」
「わかった。リョウくんなんだけど、事件の事で落ち込んでるんだ」
「リョウくんのせいじゃないのに、ピチューの事とか、私たちを守れなかったとか、すごい気にしてるみたいなの。私たちは大丈夫って言ったんだけど」
「だから励ましてあげたくて」
「うーん、そっか」

 おばさんは少し困ったような苦笑で、一度言葉を切った。

「そうねえ……。あんたたちのことだから、もうあの子を励ましたんでしょう?」
「うん、だけど全然だめだったの」
「リョウ君はなんて?」
「ええっと、ありがとうって。でも落ち込んだままなの」
「そう……。じゃあ、少し待っててあげればいいのよ。あんたたちの言葉は届いてるはずだから」
「でも……」
「時間をあげれば、きっと落ち着くから。大丈夫、励まして貰ってありがとうって言える子なんだから、信じてあげなさい。あんたたちより年上だからね、その分、納得するまで時間がかかるのよ」
「え、ええー? そういうもん?」
「そういうもんよ」
「うーん……」

 コトネは不信そうに、あっけらかんと言い放ったおばさんを見ている。僕は、わからなくて何も言えなかった。

「でも、昨日からずっと落ち込んでるの。いつも明るいのに」
「そう……もしかしたらの話だけど、リョウくんはいつも明るく振舞ってるだけなのかもしれないね」
「え? それって、無理してるってこと?」
「少し違うわね。明るい部分も、ああやって落ち込んで浮上できないのも、どっちもリョウくんの本当じゃないかしらね」
「うん? ん?」

 コトネが首を傾げている。僕もわからなくて、おばさんの説明を待った。

「あんたたちは素直だからねえ、まだちょっと難しいかもしんないね」
「えー、なにそれ! わからないって思うなら教えてよ、お母さん! 私たち、ほんとにリョウくんのためにって考えてるんだから」
「本当にそれはあの子のためになるのか、よく考えなさい。立ち直るのに必要なのは、励ましの言葉だけじゃないのよ」

 よくわからなかったけど、おばさんの言葉がずしんと胸に落ちて、僕は言葉を失った。隣のコトネも、言葉を無くしたみたいに口を閉じてびっくりしてる。励ますのが本当にリョウくんのためになるのかって、考えもしなかった。おばさんが言うみたいに納得するのに時間がかかるなら、僕らが励ますのはうっとおしい事なのかもって、そう思ったら胸がぎゅっと縮こまるようだった。
 おばさんが僕らの頭に手を伸ばして撫でた。子供の頃から知っている手はいつもと変わりなく優しくて、さっきの衝撃が和らいだ気がした。

「あの子が助けを求めたら手助けしてあげればいいのよ。リョウくんはしっかりしてるみだいだからね、それくらいでいいんじゃないかって、母さんは思うけどね」
「うー……」

 コトネが悩むあまり唸る。僕も、どうしたらいいのか余計にわからなくなった。