ウバメの森には、所々に一里塚が建っている。森を貫く道に沿って昔立てられたらしいが、結構な数が失われてしまっていて、何キロ進んだかを計算するには適していない。
 大きな石で出来た一里塚には漢字で何かが彫られてるが、達筆すぎて俺には判読できない。順路や距離なんかを示してるのだろうか?
 そんな頼りない一里塚ではあるが、位置がゲートで貰った地図に載っているので、きちんと数を数えていれば自分がどの一里塚の所にいるかわかる。看板もあるし、まず迷う事はない、はずなんだが。

「今ここでしょ? あれ、近道じゃない?」
「いや、現在地はこの辺だろ。あれは道じゃないって。道だとしても獣道じゃねえかなあ」

 ゲートで貰った地図をヒビキと2人で覗き込んでると、こうやって人は道に迷うのかと思う。なんか知らんがヒビキさんよ、細い道に突っ込もうとするのはやめてくれ。地図通りに進めば森を抜けられるんだから。
 とはいえ、ヒビキも方向音痴の自覚はあるようで、最終的には俺の判断を尊重してくれた。「リョウくんがそう言うなら信じるよ」と能天気に笑ったヒビキの足元で、ヒノアラシがうんうんと何度も頷いていたのが可笑しかった。きっと繋がりの洞窟では相当苦労したのだろう。
 これで迷ったら、俺の立つ瀬がなくなるなあ。

「ところでさ、コトネちゃんの言葉ってどれだけ信じていいんだ?」
「ん? んー、そーだねえ、あんまり信用ならないかも。一回電話してみよっか」
「頼むわ」

 コトネとはぐれてからそれなりに時間が立っている。祠へも、順調に行けば20分ほどで到着するところまで来ているはずだ。木の実を拾ったりしながら進んでいたコトネがこんな遠くまで先行できるものなのか、そして方向音痴のコトネが自分の位置をキチンと把握できていたのか、疑問に思うには十分な時間と距離だ。
 ポケギアは数コールで繋がった。前置きもなく手短に「今どこ?」と尋ねる。ポケギアから不明瞭なコトネの声がごにょごにょと聞こえる。少し近付いて聞き耳を立てる。

「はあ? 祠に着いた? 移動したの? もー、動くなって言ったじゃん」

 憮然としたヒビキの声に続いて、コトネの声が漏れ聞こえた。たぶん、『ごめん、でも祠に向かっちゃったほうが解りやすいでしょ?』と言ったのだと思う。

「いーけどさぁ。で、無事着いたんだ? うん、わかった。じゃあ行くから」
「早くて20分くらいだよ」
「早くて20分くらいだって。今度こそ、そこでじっとしてて」

 はあーい、と元気な良い子の返事を聞いて通話を終わらせたヒビキは、まだ少し呆れているようだった。

「コトネちゃん、迷子じゃなくて良かったな」
「うん、うん? うん、迷子じゃあないか、逸れただけだし。心配かけてごめんね」
「いや、そもそもコトネちゃんが消えたのに気付かなかったのもいけなかったんだし。それより無事に合流できそうでなによりだ。ヒビキくんが気にすることじゃないよ」
「そうかなあ……。ありがとう」

 自分が悪いわけでもないのに謝るってことは、ヒビキにとってコトネは身内扱いなんだろうか。普通、ただの友達のために謝るってことは、あんまりしないように思う。ゲームでは幼馴染って言うよりは同い年のお隣さんって感じだったけど、この世界ではもっと踏み込んだ感じなのかなあ。……そーいや、ゲームだと幼馴染は敬称付けで呼んでくるんだよな。でもヒビキたちは呼び捨てだ。
 あ、そうだ、学校にピジョットタクシーで通ってたってことは、遊び相手はワカバタウンの子供が主だってことじゃないか? だとしたら、同い年の遊び相手は限られるな。

「なあ、ワカバタウンってさ、ヒビキくんとコトネちゃんと年が近い子ってどのくらいいるんだ?」
「ん? んー、年が近いって、どのくらい?」
「同い年の子は?」
「僕とコトネだけだよ」
「なるほど」
「なにがなるほど?」
「うーん、なんつうか、ヒビキくんとコトネちゃん、仲良し、っていうか、気の置けない感じだと思って。だから、家族ぐるみの付き合いなのかなって、って、すまん。立ち入ったこと聞いたな」
「ううん、別に隠すことじゃないから。でも良く分かったねえ。ワカバは人が少ないから、遊ぶとなると年関係なくみんなで遊ぶんだ。大人もみんな顔見知りで、たまに来る親戚の人の顔も知ってるくらい、距離が近いんだ。けど、これって普通じゃないんだよね?」
「俺の住んでたところでは、まずありえなかった。でも、じーちゃん家とかはそうだったなあ。田んぼとかで遊び回ってると知らないおばあさんが、秋野さんちの孫け、どれ、お菓子でも食べてきな、って。俺が誰なのか知ってる感じ」
「ああー、そうそう、そうなんだよ。町ぐるみ、家族ぐるみってかんじなんだ」
「納得したわ。そりゃ仲良くもなるわな」
「うん」

 仲良くせざる終えない、とは違うか。お互いしか同い年がいないから、お互いに大事な友達だと思いあってるのかな。なんだか恥ずかしい言い方だけど、そう間違ってはいないだろう。

「学校は? 学年混合?」
「ううん、ヨシノまで通ってた」
「大変だなあ、遠いだろ」
「歩きじゃないから楽だったよー」
「へえ、そりゃ羨ましがられそうだな」
「うん、まあ、そんな感じ」

 なぜだか苦笑したものだから、俺は疑問が増えてしまった。

「なんだ、登校の事で文句言われたのか?」
「や、違うんだけど」
「うん?」
「うーん。あのね、ワカバに学校あったら良かったのにって、思って」
「ああ……それも一長一短じゃないか? 学校が近くにあるのはいいけど、生徒数少ないと運動会とか寂しいんじゃないかな」
「あ、そっか。そうだよねえ」
「なんだ、疎外感でもあったのか?」
「ううーん、別に冷たくされるとかじゃないんだよ、みんな仲良くしてくれたんだ。でも、僕らは他所の町の子だから」
「ああ。放課後もあんま遊べなかったり?」
「そう、夜になっちゃうとタクシー高くなるから」
「そっか。過ごしてる時間が少なけりゃ、自然と距離も出来るわな」
「うん。だからさ、ちょっとだけね、ポケセンとかで同じ学校の子を見かけると、寂しい時がある」
「わかると思う」

 放課後に遊べない、それだけで他の子供たちとは違いが出る。話題に入っていけないことが増える。学校と放課後、それらを子供たちは子供たちの世界で過ごすのに、そこに居られない。思い出を共有できないのでは、お互いに余所余所しくもなるだろう。
 それを寂しく思っても、ワカバの子供たちは自分たちの町に早く帰らなきゃいけなかったのだろう。道端からモンスターが出るこの世界では、ワカバとヨシノの距離でも危険は多い。夜が近付けば近付くほどに視界も悪くなり、危険も増す。足元が見えない、それだけで怪我をする事もあるのだから。
 それに夜間になりタクシーの料金が上がれば、家族に経済的負担をかける事になる。ポケモンを借りて、スプレーして、自転車で駆け抜ける事もできないわけじゃないけど、もしパンクでもしたら大事になる。借りたポケモンは言う事を聞かないし、万が一借りたポケモンよりレベルの高いポケモンが現れたら。そう考えると、登下校だけでも大変な苦労だ。

「あのさ、これ、あんま人に話さないでね」
「ん? うん、わかった」
「ありがとう。……リョウくんは、からかったりしないけど。色々言う人も居るんだ」
「珍しいから、か?」
「ううん、そうじゃなくて。ヨシノの学校って寮があって、そこに入れば皆と変わらず学校に通えたんだ」
「へえ」
「でも、僕、母さんが心配で。母さん、家に1人になっちゃうから」
「ああ、それは、心配だな」
「うん。……これ、内緒にしてね、からかわれるから」
「わかった。でも、可笑しなことじゃないよ、親を大事にするのは」
「……ありがとう」

 ヒビキははにかむような、少し恥ずかしそうな笑顔を見せた。母親思いのいい子を笑ったりするもんか。きっと会えなくなってしまう日を想像できるからこそ、大事にできるのだから、それを笑うなんてしない。

 なんとなく会話が途切れて、俺はこの世界の現実について少しだけ思いを巡らせた。
 この世界で暮らしていくにはポケモンがいないと辛い。町の外はポケモンの領域で、町の中に居ても時折野性のポケモンと出くわす。野生のポケモンが襲ってきた時に普通の人が自分の身を守るには、自分もポケモンを持つしかない。

 町の中だけで暮らして行ける保障があるならポケモンを持たずとも大丈夫だろう。けれど、年を重ねて進路を考える時、あの町では町中でも野生のポケモンが出るから行けない、となると、進路の幅が狭まる。
 だからこそ10代の前半で旅に出て、そこでポケモンとの付き合い方を学んだ方が良いのだろう。旅に出れば色々なポケモンと出会う。学ぶ事も多い。町中で安全に気をつけてポケモンと触れ合うだけでは得られないものを得るはずだ。

 他の国へ行けばポケモンの少ないところもあるかもしれない。でも、どこに居たって、バトルはきっと避けられない。ポケモンは大半が戦う生き物で、時に人が到達出来ないような場所へも、その不思議な力で到達してしまう。どこへでも行ける生き物なのだから、人間がどこに居たってきっと会ってしまう。
 どうあっても付き合って行くしかない。ポケモンがいる世界って、そういうことなのかもしれない。