刹ニルで七夕!







細長い紙切れと色とりどりのサインペン。極めつけに仰々しく立て掛けられ人工的な飾り付けを施されている笹とくれば、イベント事の大好きなこの男が立ち止まらないはずがない。


「なぁ刹那、短冊書こうぜ短冊!」


案の定ニールはその足を止め、抱えていた買い物袋を投げ出しそうな勢いでもって簡素な作りの七夕コーナーへと駆け寄った。
深みのある落ち着いた声音は最早形無しだ。

商店街のど真ん中。買い物帰りであろう人達の往来が激しい中で、恥ずかしげもなくはしゃいでみせる24歳。

全く、どうしようもない。

そんなところも可愛く思えて仕方ない、なんて思考が意図せず浮かんでくる辺り、本当に。


「ほら、刹那も書けって!」


買い物袋の中を覗き込みながら暫くの間日光にさらされる羽目になった野菜達に同情の念を送り、傷まなければいいがとその行方を憂いていると、唐突にニールが件の形無し声で話しかけてきた。

こちらを振り向いた彼の手には水色の短冊と緑色のサインペン。つい反射的に受け取ってしまった七夕セットを見つめ、溜め息を吐く。


「ニール、お前は何を書いたんだ」


隣から覗き込んでも自分にはさっぱり分からない。生憎と彼の国の言葉で書かれているようで、内容を伺い知ることが出来ないのだ。
おそらくは意図的にそうしたのだろうが、その真意は全く掴めない。ただただ綺麗な笑みを浮かべるニールを見やり、無言で尋ねる。

「ん? んー…、刹那に可愛い彼女が出来ますように」

「何だそれは。第一それはお前自身の願い事じゃない。今すぐ消せ」

「何だよー、せっかく心配してやってんのに」


年不相応に頬を膨らませるニールから解読不能な短冊を奪おうとつま先立ちをするものの、その願いは叶わなかった。認めたくはないが、子供と大人の差だ。

奪い損ねた短冊はニールの手によってかなり高い位置に結び付けられた。……そこまで意地になって取り上げるつもりはないのだが。
そう思いながらも一際高いところで揺れているニールの短冊を見上げて、そして。


いい加減手持ち無沙汰になってきた短冊に、自分もペンを走らせる。すっかり使い慣れた日本語で四つの漢字を書きなぐれば、隣にいたニールは頓狂な声を上げた。


「……戦争根絶ぅ? 一介の高校生が願うには壮絶過ぎる願いだな…。もっと何かないのかよ」

「ない」


とは言ったものの、裏面にはしっかりと自分本位の願いが書かれている。ニールがこちらから目を離した隙に書いた、自分自身の最も望んでいる願い事。
いや、願いと言うよりも決意と言った方が正しいだろう。

『ずっとニールの傍にいる』──それは、今何よりも星に誓いたい事。

今はこうして平和な土地にいるが、昔は少年兵として戦地を駆け回った事もある。此処に来たばかりの頃はこの平和な地にすら上手く馴染めず、昔のトラウマにばかり気を取られていた。そんな自分の心を解きほぐしてくれたのは、他ならぬニールだ。

どこまでもひた向きな彼に、恋をしている。

ニールだって、自分とほぼ同じような境遇なのだ。幼い頃に両親と妹を自国で起こったテロで亡くし、今は異国の地で弟と二人暮らし。毎日が楽しいと言ってはいるが、ふいに物悲しげな表情を見せる時もある。


そんなニールを、ずっと傍で守りたい。いつでも、いつまでも笑っていられるように。


勿論、その願いは自分自身の手で叶えるつもりだ。
星に願いっぱなしでは、叶うものも叶わなくなるだろう。


「さっきの話だが」

「え? あ、何だ?」

「彼女はいらない。お前がいれば、それで良い」



淡々とした口調でそう告げるとニールは驚きに目を見開いて、それからふわりと朱色に色付いた顔を逸らした。予想通りの反応に瞳を細めて笑い、自らの短冊を差し出してニールに預ける。己の決意を書いた面を表にして、彼に見えるように。


「……あぁ、短冊な! どこに吊るすんだ? せつ、……」


仕切り直しだと言わんばかりに張り切って短冊を受け取ったニールは、今度こそ固まってしまった。やっと落ち着いてきた頬の赤みが再びふわっと浮かんでくる。

渡した短冊をしっかりと大切そうに抱えて、──おそらく何と言うべきか迷っているのだろう──暫くの間ふよふよと視線をさ迷わせた後、ふーっと猫のような溜め息を溢す。


「……刹那。これ、俺がもらっても良いか?」

「……ああ。好きにしろ」

「じゃあ、これはお前にやる」


若干高い位置にあるせいか笹飾りとして馴染みきっていなかったニールの短冊は、書いて吊るした本人によって笹から取り外された。
先の自分と同じようにその短冊を半ば強引に押し付けると、下に下ろしていた買い物袋を再び持ち上げ直ぐに早足で歩き出す。


「意味は、帰ってティエリアにでも聞け」

「……いや、直接お前の口から聞かせてもらう」

「なっ、ずるいぞ!」

「何なら俺も、自分の願い事を声に出して言ってやる」

「……っ、勘弁してくれ……」

前を歩いていくニールを追い掛けながらそんな会話を交わす。
どんどんと際限なく染まっていくニールの頬を心配しつつ、願うまでもなかったらしい自らの願い事に苦笑した。

どうせなら──

(……身長が伸びますように、の方が良かったか)









『ずっと、ニールの傍にいる』


『刹那とずっと一緒にいられますように』



お願いするまでもありません













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